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4/23 午後

 放課後、約束どおりに体育館裏に行く。心のどこかでほんの少し心配していたが杞憂だったようだ、立花先輩1人である。

「……白石先輩から聞きました。漬物部に参加してくれると」

 昼休み、わざわざ白石先輩の方からこっちの教室に飛び込んできて報告していただいた。正直焦った。

「ああ、話が早くって助かる。俺の名前も聞いてきてくれたんだよね」

「そもそも始めに先輩が名乗らないのが面倒なんですけど、立花優たちばなゆうセンパイ」

「苗字は名乗ったぜ?」

「人の名前はフルネームまで覚える主義なので」

「変わった趣味を持ってるねぇ」

 そうだろうか。

「ここに来てもらったのはサシで一つ質問したいことがあってさ」

「質問だけ、ですか。何です」

 息を吸い込む立花先輩。ふぅと息を吐き何かをリセットするかのように見えた。

「死者は蘇ると思うか」


 予想だにしていない質問が飛んできて、足元が揺らいだかのような感覚に陥る。

「……質問の意図がさっぱり読めないんですけど」

「なに、軽く答えてくれるだけでいい」

「…………ゾンビ映画じゃないんですから。一度死んだ人間が蘇るはずがありません」

「魔法の力があっても、か?」

 その問いに俺は答えることが出来ない。そもそも魔法の存在を知ったのがここ数日前。なにが可能でなにが不可能なのかさっぱりである。

「死者を蘇らせる魔法でも存在するんですか」

「見つかってはいない」

 だが、その言い方は。

「存在するかもしれない、ということですか」

「悪魔の証明になるが。これまで出来ないことが出来るようになった、そうなれば今まで出来なかったことを魔法に期待するようになってしまう」

「俺たちがある意味隔離生活みたいになっているのもそれが原因ですか」

「それはどちらかというと、魔法を扱う危険人物が現れないように監視するほうの役割が強い」

 居心地が悪い。足元に転がっている木の棒を拾い、足元に刺してみる。

「……その死者と漬物部入部に何か関係があるんですか」

「部長の白ネギは分かるよな」

「白石先輩ですか」

「彼女が何で漬物にこだわるかを聞いたことがあるか?」

 一番気にしていた部分ではあった。なかなか聞かずじまいだったが、果たして本人以外の口から聞いても良いものだろうか。

「……おおまかなとこだけ説明する、もしものときは俺が話したって言うことは内緒にしておいてくれ」

 無言で頷く。

「白石の昔の友達がな、漬物が好きだったんだよ。『白ネギの料理はそんなにだけど、漬物だけはおいしい』なんて辛口たたくようなヤツだった」

 呼吸が出来ない。ただ、意外だった。

 つまり、それは。

「白石先輩が蘇生の魔法を探っているんですか?」

 だが、その質問に対して立花先輩は首を振る。

「白石が蘇らせるための研究をしているわけではない。だけど、未だにアイツは過去の人物にひきずられてる。友人がいつか蘇って、一緒に料理が食べれるかもしれないと考えている節がある」

 解らないでいる、ただひとまず言葉を次ぐことはできた。

「俺に、どうしろと?」

「覚えてくれるだけでいい。君が答えたそのままの答えを彼女に示せばいい。死者は蘇らない、いなくなった人物の影を引きずる行為は無意味だと」

「先輩じゃだめなんですか、その役割は」

 なにより俺には重いと思う。恐らく付き合いの長い立花先輩の方が伝えるのが楽だろうに。

「……俺たちの場合はな、付き合いが長すぎるんだ。もちろんその事を伝えようとした時期もあったが、向こうが聞き入れてくれなくてさ。今はそういう話題をだすのも若干タブーみたいになっている」

 見透かされたかのように言われてしまった。

 やや考えて、こう言う。

「死者を蘇らせると言わずとも、人間の意識を呼び覚ますような魔法は出てきていないんですか?」

「見つかっていない、というのが現状の答えかな。無論、まだ研究が行われている分野だから可能性が存在していないとは言い切れない」

 確信を持った声で言い切る先輩。調べたことがあるのだろう。

「だが、在るかもしれない可能性につかまって苦しい思いをするのは自分だ。有って無いような希望ならそもそも必要ない」

「…………先輩は、諦めているんですか。その、白石先輩の友人のことを」

 その質問を聞いた時、立花先輩の表情が一瞬曇ったのを俺は見てしまった。だが、次の瞬間彼はなんでもない風を装う。

「どう、だろうね。心の中では諦めてるのかもしれない」

「そうですか」

 しばらく、お互いにだんまりを貫く。四月とはいえ、まだ外は肌寒さを感じる。風に乗って桜の花びらがこちらに吹いて来た。およそこの場には不釣合いな鮮やかさ。

「先輩は、活動どうするんですか」

 ようやく、当たり障りの無い、思いついたことを口に出せた。

「当面は幽霊部員かねー。何かあったら連絡してよ、メールアドレス交換しよっか」

 それまでの重い面持ちと打って変わって、朗らかにケータイを取り出す先輩。

 そうですね、と頷きつつ校舎の方へ歩き出す。何しろ荷物はまだ学校の中に置いてきた。



「……実家が、もぬけの、殻?」

 教室に戻ってきた俺を待ち構えていたのは、担当教員の通告だった。

叔父一家の失踪。それは、自分にとっての実家が無くなったのと同じ。


 どうやって家に戻りついたのかが分からない。

 しばらく家の玄関で靴を脱いだまま座り込んでしまった。

………………………………………………。

……………………………………………………………………………………。

……………………………………………………………………………………………………………………。


 何故だろうか、どうも現実味が伴ってこない。思い出したように携帯電話を取り出す。

『通話:叔父』

 スマホの画面にしばらく表示される。

 やがて通話が繋がった。

「なんだ叔父さんいるじゃん、変なこと先生からいわれてさー……」

『この携帯は、電源が切れているか、電波の入らないところにいるか、または』

 途中でOFFにする。


………………。

『通話:長兄』

 通話が繋がる。

「……なんだ、携帯電話つかえるんじゃんか……」

『現在留守電話中です。用件のある方はかけなおしてきてください』

 ご丁寧に録音音声だった。……切る。


………………………………………。

『通話:淳兄』

 カチリという通話音。

「淳兄、ちょっとそっち大丈夫なのか……」

『大変申し訳ありませんが、この携帯は』

 聞こえる電子音声相手に、つい悪態をついてしまう。

…………………………………………………………!


『通話:末妹』

 カチリ。

「…………。」

『ツー、ツー、ツー、ツー、ツー……』

………………………………………………………………………。

………………………………ッ!


 手当たりしだいの連絡方法を探す。

 パソコンメール、叔父一家が使っていたSNSアカウント、GPS機能、繰り返しの電話。覚えのある友人への通話。


 だが、どれ一つとして徒労に終わった。


 なんでだ、どうしてだ、おかしい、誰も出ない。誰からも連絡がない。


 まさか、本当に。いや、そんなまさか。だけどもしかしたら。嘘だ、そう思いたい。


 今日の放課後のことを思い出す。


『死者は蘇ると思うか』


 俺は以前、叔父さんから同じことを聞かれた。そのときどのような会話を交わしたか、そこまでははっきりと覚えていない。多分冗談めかした質問だったはずだ。

 だが魔法が実在すると分かった今、その質問はある種重大な意味を持つようになってしまった。


『もしも叔父さんがそんな魔法が使えたら、誰に使いたい』


『…………多分な、翔。お前の家族を取り戻すために使うと思うよ』


 暗い部屋の中、叔父と交わした質問がフラッシュバックする。


――――その日、どうやっても叔父たちと連絡がつくことはなかった。どうやって眠れたのかさえ覚えていない。

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