愛色
昨日のことが嘘のようにいつも通りの君。
何か、私ばっかり気にしてるみたいじゃないか。
「あ、絵具が…」
君が私の髪に手を伸ばす。
「っ…」
思わず君の手を払う。
「あ…ごめ…」
「何かムカつく」
手首を握られる。
「え…だからごめんって、」
「あんたは私に触れるのに私は駄目なの」
何も言えなかった。
「ずるいよ、」
君のこんな表情、初めて見た。
「あんただけ、何もなかったみたいな顔して、」
「詩織、」
やばい、
「こっちのこと、こんなに引っ掻き回しといて何なのよ…」
「詩織、離して、」
やばいよ、
「そうやっていつも…!」
手首が熱い、
「ずっとあんたのことばっかり考えてる自分が馬鹿みたい――」
心臓がうるさい、
「…っん、」
あぁ、また。
また、やってしまった。
柔らかい唇の感触に胸が疼く。
なのに、
「…春香、」
初めて、名前を呼ばれた。
あ、もう駄目だ、
「ぅん…っ、」
ふれてはいけないと、しっていた。
今まで抑え込んでいたいろんな感情が奥から次々と溢れてとめられない、
「っ…ふ、ぅ」
とまらない。
「詩織、口開けて、」
君にもっと、
「もっと、触れたい」
『あたしね、詩織の命になりたかったの』
やっとの思いで伝えたら、傍らの君はポツリと零した。
「私は絵具が欲しかったの」
「…?」
君は何故か泣きそうになりながら、
「私ね、もっといろんな色が欲しいの」
原色だけじゃなくて、と呟く。
「詩織、」
「単色も、混色も、全部、全部欲しい」
わかんないよ。
「全部の色で、私の世界を彩りたいの」
…もしかして、
「…ねぇ、詩織、あたしのこと好きなの」
もう、わからなさすぎてくらくらする。
「…たぶん」
また、胸が疼く。
「私は春香に、」
君の瞳から、透明な滴が零れた。
「命じゃなくて、恋人になって欲しいんだよ、」
…あぁ、そうだった。
私が好きになったのは君の、その美しすぎる泣き顔。
「詩織はやっぱ、すごいね…」
「何、が?」
いつのまにか、考えていたことは簡単に掻き消えてしまっていた。
「…ありがと」
自分のことなんか好きになれるはずないって思ってたのに。
初めて、私が私でよかったなぁ、なんて。
「春香?」
やっと、心から笑えた気がした。
「ふふ、詩織、好き」
「ん、」
つられて君が笑う。
たとえ泣き顔が好きになったきっかけだとしても、君には笑っていて欲しい。
「知ってるよ」
私の世界はここにある。




