少女が知る前の世界状態
はじめまして。
母はわたしを産んで死んだらしい。もともと身体が弱いのに、なぜ出産を決意したのだろうか。それは一生わからないかもしれない。父曰く、母が自ら決意したらしい。父も、母が死ぬことを承知の上だったとか。
わたしなんかを命の代わりに産むとは、母はなんて勇気のある人間だったのだろう。どうでもいいことばかりが頭を埋め尽くす。これでは、死にたいとさえ思えないではないか。死んだら、母に顔向けできないではないか。
母のために生きるということではない。ただ、たまに分からなくなる。父が拾ってきた幼馴染を見ていると、どうでもいいことばかり考えてしまう。それは、きっとその幼馴染には両親どころか、親戚も兄弟も何も無いからなのだろう。
「だれ? その子」
父はわたしを育てるために夜遅くまで仕事をしてくる。貧乏なわけではない。裕福ではない。ただ、たくさんあって悪くは無いからという理由で父は必要以上の仕事をする。わたしが意見できるわけではないし、何より父が無事ならばそれでいい。
父が連れてきた男の子はずいぶんと無表情だった。ここらへんの友達はみんな明るい子ばかりなので、幼いながらもわたしは察した記憶がある。きっと、捨て子だろう。
「これから一緒に住もうと思いたいんだが、レスの意見も聞いておこうと思ってな」
そういう父の言葉には、優しさしかなかった。そんな言葉で言われたら、頷くしかないじゃないか。
「ありがとう。レスも知っているだろう? 柱のおとぎばなしを。この子は、オードの一族なんだよ」
「え……本当にいるの?」
「ああ、そうさ」
捨て子ではなかったらしい。しかし、目の前の光景を疑いたくなる。まさか、本当にオードの姓を持つものがいたなんて。この町に住むおじいさんから聞いたことがある。オードは、柱の危機に訪れるとか。ならば、柱は危ないということになるのだが……。
「ご飯を作ってくるから、自己紹介でもして待ってろ」
二人きりになった。どうやら彼は無口というわけではないらしい。父がいなくなった途端、感謝を述べてきた。
「迷惑かけて、ごめんなさい」
「……ううん、大丈夫だよ。わたしはレスイート。レスって呼ばれてる」
「キルキアリー・オード。キル」
姓に誇りを持っているのだろうか。フルネームで答える。どうやら、キルと呼べ、ということだろう。自己紹介したらどんどん光を帯びてきた瞳に軽く怯えながらも、それはどうやら嬉しいということだろうと解釈させてもらった。
「遊ぼうよ」
「うん。……よく分からないから教えてね」
頬を赤らめながら言う彼に、おもわず笑ってしまった。
これは、少女の物語。この頃は知ることのなかった、少年の終わり。
16年後の真実を、彼女はどう受け止めるのか。