柑橘
「涼風」を先に読むことをおすすめします。
「つきあってください!」
うるうると目をうるませ、こちらを見上げてくる彼女。胸の前で組まれた手は、庇護欲をかきたてる。
普通の男子ならば、「はい!」と即答してしまうだろう。
だが、問題が1つある。
「すまないが……私に同性愛の趣味はないんだ」
私が女だということだ。
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「まったくモテるよな。お前のせいで俺たちに女子がまわってこないんだよ」
野乃が鼻をならす。彼はやつあたりのように、ハンバーガーをほおばった。
私も年頃の子供だ。ファストフードは嫌いではない。
ストローに口をつけると、オレンジジュースのさわやかな味がひろがる。
「私だって不思議なんだ。共学だというのにな。髪をのばしても、効果はなかったし」
「なんかさ、こう。紫草はオーラが違うんだって。女子の理想に合うんだろ」
「オーラ?雰囲気ということか?確かに、私はほかの子と違っているとは思うが……」
だが、それを深く考えたことはない。私は私であるのだから、そういったことに、あまり興味はわかなかった。
ただ――彼が、告白してきた彼女のような、可愛い女の子が好きならば、少し考えるかもしれない。
「つうかさ、今まで何回、告られたんだよ?」
告白、と聞いて思い浮かぶのは――やはり、あの可愛らしい笑顔。
「そうだな――さっきもあったぞ。ショートボブの、なんか守ってやりたくなる子だったな」
「マジ!?それで遅くなったのか。つうか、そんな可愛い子までレズに走るとか……男子諸君を代表して泣きたいな」
ゆっくりとジュースを飲みほす。柑橘系のさわやかな味が、どこなく苦く感じられる。
「妬いた……か?」
冗談の、つもりだった。
「は?いや、俺は会ったこともない奴を好きにはならないぞ?それとも、あれか。俺の知り合いだったのか?」
けど、あまりに見当違いのことを言うものだから、腹がたった。
怒ることは――できないのだが。
「いや、何でもない」
「そうか?つうかさ、お前、そいつらと付き合わねえの?もういっそ、お前もレズになれよ」
「馬鹿なことを言うな。私に同性愛の趣味はない」
私は首をふって否定した。
「それに、私の好きな人も男だしな」
「ゴホッ」
「……大丈夫か?」
野乃がとつぜんむせた。……いい気味だ、と思わなかったこともない。
「ああ、大丈夫。……で、誰なんだ、その好きな奴は」
私は野乃の目を見返した。
好奇心などできいているのではないことは、明らかだ。戸惑い、不安――様々な感情が瞳の中で揺れている。
それがなかったら、曖昧にごまかしたものを。
私は、唇を吊り上げた。
「教えないよ、お前にだけは」
野乃にだけは、教えるものか。
この鈍い男か、私の気持ちに気づくか。それとも、すぐそばにいる幼なじみが、1人の女だということを思い出すか。
それまでは、この名前は胸のうちに秘めておこう。
読んでくださってありがとうございます。
「柑橘」は「涼風」の数ヵ月後ぐらいですね。
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