Rain
短いです。
ちょっとだけ、理久が前を向き始める……かも。
翌朝、いつもより早く家を出た。雨が強かったため、ビニール傘を差していても肩が濡れた。
うんざりしながら通学路を歩いていると、「Amen」の前に、空色の傘を差す黒いシルエット。
言うまでもなく、"夢愛"さんだった。
身動き一つせず、真っすぐ前を見据えて立っている。通りづらそうに会社員や学生が前を通りすぎても、何も感じないようだった。
俺も当然通りづらかったが、通らないわけにはいかない。
歩みを止めず、通りすぎようとした。しかし。
「――あ、……待って!」
静かに高く澄んだ声。
にこりともしないで、こっちを見る。
「想羅が昨日、とても変だった。理由は君。
―――ちがう?」
「……………」
「想羅もボロボロだったけど、君のほうがずっとボロボロだね。
見た目が、じゃなくて」
"ここ"
細くて白い人差し指で、自分の胸を指し示す。
そして、雨の音で消されてしまうほど小さな声で
「こころ」、と言った。ふいに吹いた風で、一層雨が強く当たる。顔に雨粒がかかっても、夢愛さんは拭わず、再び口を静かに開いた。
「君はなにから一生懸命自分を守ってるの……?
君が恐ろしいと感じる物から?
でも、きっと君はその恐ろしいものが"わからないもの"だと思っているのでしょう?とすると、その"わからないもの"って何なのかな。決して自分の手で見つけだすことができないもの?他人が教えて、納得できるもの?
――"ちがう"んだろうね。だけどね、君がどんなに遠くへ逃げても、たどり着いた地に答なんか見つからないよ。
結局、君の心以外のどこかに、答はないってこと。
旅人が自分探しの旅に出るのも、それを知るための一つのきっかけに過ぎない…と、私は思ってる」
長い睫毛に雨粒が乗り、彼女が瞬きをすると、透明なガラス玉になって頬を伝う。綺麗だった。
「偉そうなこと、言うね。
もっと傷ついたり、傷つけたりしなきゃ手に入れたい物は手に入らないよ理久くん。
想羅が君に何を言ったのか、君が想羅に何を言ったのかは、私はわからないけど。
逃げるのは欲しいものから遠ざかることだからよくないと思う。
君が本当に答を知りたいのなら、
その大きさの分だけ傷つく覚悟を決めなくちゃいけないからね……」
「………覚悟、を……」
決めなくちゃいけない。
今のままが嫌なら、抜け出すこと。
逃げるんじゃなく、そのために傷つく覚悟を。
そのために傷つける覚悟を。
合わせられなかった目を彼女に向けた。
ふ、と小さく、本当に小さく口元が綻んでいた。
初めて見た、人間らしい表情だ。
「――いってらっしゃい。
またね、理久くん」
ぎこちなく右手を揺らす。「またね」がこれほど心地よく響いたのは初めてだった。
浅く礼をし、
雨が降る道を歩きだした。
またしばらく時間がかかります(-_-;)
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