シンデレラと王子様
結構長めになりました…。二人が初めてぶつかり合います。楽しんでいただけたら嬉しいです(*^^*)
朝から疲労に襲われながらも、ようやく教室の前までたどり着くことができた。
Amen―アーメン―とあの女が頭から消えない。
走っても走っても影のように付き纏ってくる。
これじゃまるで夢の続きだ。
教室の扉を開ける。
いつもより騒がしかった。
「うそっっ?!!それって本人がやるって言ったの!?無理矢理じゃなくて?」
「うーん、わかんないけど、星村が"羽柴理久はすごーくやる気なんです!!"とか何とかって、先生に話してるの聞いたって鈴木が……」
「えー!!意外すぎでしょ!そんな"王子"とかやらない人だと思ってた!!でも楽しみ、かも…」
「つか、劇なんてやりそうもないよな!
蒼井はなんか、魔法使い役やるってよ。
あの二人、いつの間に仲良くなったんだろうな?
不思議な組み合わせだよなぁー」
「羽柴がカレーパンで餌付けしたらしい」「えっ!蒼井がメロンパンで、じゃなかったっけ?」
…何を朝から話してるのかと思えば……。うるさいな…。
黙ってスタスタと自分の席へ行くと、やっと俺の存在に気づいたようで、話し声が小さくなる。
昨日、放課後に星村風華が来た時から、こういうことになるような気はしないでもなかった。
"クラスの不良がチビ女子に連れて行かれた"なんて、ある意味面白い図だ。詮索しないわけがない。
面倒なことにならなければいいと、天に祈るのみだ。
数分後、蒼井が教室に入ってくると、男女問わずほぼ全員が彼に詰め寄り、質問攻めにした。
「劇出るんだって?羽柴と!」「王子やるってほんとか!?」「やる気満々なの?」「蒼井は魔法使いってマジかよ!!」「餌付けしたのはどっち!??」
訳のわからない質問も混ざり合い、仕舞いには何を言っているのかわからなくなった。
蒼井は質問5問につき1回くらいの割合でなんとか答えていたが、面倒くさくなったのだろう。
へらっと笑って
「お腹空いた―……。
何か恵んでちょーだい」
と言い、質問を強制中断させ、女子から飴やらクッキーやらを貰っていた。
上手く撒いたものだ。
すると
口に飴玉を入れた蒼井がフラフラとやって来た。
甘ったるい苺の匂いがした。
「夢愛さんが、また来てねって言ってたよ」
「…ふーん……」
「もうあそこには…
夢愛さんの所には行きたくない……?」
声色が少し沈んだのに驚いて、蒼井の目を凝視した。ちゃんと目が合う。
「なんで、」
ん――、と蒼井は栗色の髪をワシャワシャと掻くと
「なんてゆーかなーー…。
とりあえず、あの人は変わり者だけど悪い人じゃないってこと。
それだけは理久にわかっててほしいなって。
そーれーにー」
軽く微笑む。
飴玉がパキッと、口の中で割れる音がした。
「お客さん来なくて、すーっごい暇なんだって。
たから、また行ってあげてよ―」
その言葉と甘い匂いを残し、フラフラとどこかへ行った。ガリガリ飴玉を噛みながら。
蒼井の細長い背中をしばらく見つめ、そして教室の窓へと視線を移した。
雲が一つもない、とても綺麗な空色が眩しくて、目を閉じた。
‖‖‖‖‖‖‖‖‖‖
「―――となる。
じゃ、羽柴。この問題解いてみろ」
時はいつしか4時間目の数学。
担当の町田が応用問題の中でも、一際ややこしいのを俺に解くよう命令する。
いつものことなので気にはしない。
良い意味で俺を試してくれているのだと、知っている。
「はい」
返事をし、前に出る。
チョークを持って淡々と式と書き連ねていく。
自信があるわけでも、ないわけでもなかったが、とりあえず町田が頷いて「よし」と言ったのでよかったと思う。
席に戻る際、蒼井が机に俯せになって寝ているのが見えた。
町田もそれに気づき、大股で蒼井の所まで歩いていくと、教科書で軽くパシンと頭を叩いた。
「う゛――――……?」
ゆっくりと頭を上げる蒼井だが、目は眠そうに半開きで、また眠ってしまいそうだった。
周りのやつらがクスクス笑う。見下すわけじゃない。嫌な笑いじゃない。
皆が"認めた"蒼井想羅だからこその、穏やかな笑いだ。町田だってそれを面白がっている。俺には無くて、蒼井にはあるものの一つ。
蒼井想羅という人間は、誰からも好かれるということだ。
だから
だからこそ、俺みたいな奴に関わる意味がわからない。
あの日、屋上で倒れたあいつを運んだだけだ。
それだけだったのに何故。消えない疑問が頭を支配し、退屈な授業など全然聞いていなかった。
そして、昼休みに入る。
教科書やらノートやらを片し、コンビニで買ったパンを片手に教室を出ようとすると蒼井が呼び止めた。
「理ー久ーー。一緒に屋上行こー」
やや周囲から変な目で見られたが、こいつは全く気にしない。もしくは気づいていない。
「いやだ」 とは言わなかった。蒼井に言いたいことがあったからだ。
* * *
屋上に着くと、思わず空の青さに目を細める。
風が少し強めで、オレンジと栗色の髪がどちらも靡いた。
このまま何処か遠くへ飛ばしてくれていいのにと、現実的に有り得ないことを考えてしまった。
早速口を開こうとすると、蒼井は直進し、転落防止のために張られている緑色のフェンスを軽々しく乗り越え、淵に立った。
風が、吹く。
このままじゃ、蒼井が空に溶けて消えてしまうんじゃないか。
妙な感覚が心臓をざわめかせる。
「―――…つまんなかったんだ。ただ生きてるだけなんて」
なに、を言ってんだコイツ。思考回路が上手く回らない。目の前にいるのは蒼井なのか。それすらも怪しくなってきた。
「…ってね」
くすりと笑うと、俺にこっちへ来るよう言った。
"蒼井想羅"としての形をちゃんと取り戻していたことに胸を撫で下ろす。
変な言い方だけど。
「中学生のとき、屋上で今と同じことして夢愛さんにぶん殴られた…」
「……、なんでだよ」
素直に、何も考えずに出てきた言葉に驚いた。
「俺にだってさ、いろーんなことがあったんだよ。
それで、ちょっとばかしグレちゃって。
あ、別に怒鳴り回すとか、喧嘩しまくるんではなくてー、一人で悶々と落ち込んでた」
蒼井がグレるといった感じを想像してみたが、全然想像できなかったのでやめた。そういえば、こうやって蒼井が自分のことを喋るなんて初めてだな、と思ったりもした。
多少の息苦しさを感じつつも、蒼井の横に立ち、ただ黙って話を聞き続けたのはそのせいかもしれない。
「…なーんでだかは自分でもわかんないけどねー、死んでもいいかなーなんて思っちゃったんだよね。
"屋上から飛び下り、中3男子"とか、なかなか衝撃的じゃない?
んで、ある日の放課後、一人で屋上行ってフェンス越えて、さあ行くぞって時に全身黒服の女の子に腕捕まれた」
"夢愛さん"のことを言っていることは、すぐにわかった。
「もんのすごーい怒ってて……"この大馬鹿もんが"とか怒鳴られて。
あんまり必死で言うもんだから飛び下りるのやめて戻ると、今度はグーで思いっきし殴るし。
"なんだよ"って睨んだら、胸倉捕まれて
"命なんてものは呆気なく消える。消えるけど、自分から消そうとする奴は、私が許さない"って。
―いっぱい叫んでた。
俺、その時初めて夢愛さんに会ったんだけど、こんな容赦なく言いたいこと言ってくれる人も初めてで、
気づけばほとんど毎日あの店行ってる。 ……で、今じゃ俺はこんなに前向きに笑ってられる。すごくない?」
へらっと、こっちを向いて笑う。一度死のうとした蒼井想羅はどこにもいなかった。ひょいっとフェンスを軽く飛び越え、こっちへ戻る。
俺が何か言うのを待つように、隣に立つ。
我慢ならなかった。
なんで―――…
「――なんで俺なんだ。
ここでこの話聞いたり、昼飯食べたりするのが、なんで俺なんだよ。
お前は前向きに笑えるようになって、誰からも愛されるような人間なのに、わざわざ誰からも好かれてない俺に関わる。
意味がわからない。
お前にプラスになることなんか一個もない。マイナスでしか有り得ない。
俺、いきなりお前のこと殴ったりするかもよ?
それでもいいわけ?
哀れみとか気遣いだったら、本当にもういいから。
もう関わらない方がいいから。
…言いたかったのはこれだけ。じゃ。」
口早に言って立ち去るつもりが、そうはいかなかった。蒼井に肩を捕まれた。
顔を見ると、少し怒っているような気がした。
「なに言ってんの?
俺、カワイソーだとか思ってこんな風に話したりしないし、そんな面倒なことやりたくない。
話したいと思ったから話した。
関わりたいと思ったから関わった。
それだけだよ。
一体なにをそんなに構えてんの、理久」
"何ヲソンナニカマエテンノ、リク"
聞かれているのに答えられなかった。
"構えてる"………?
わからない。
"何を"?
わからない。
「わからない」
お前も、自分のことも、何もかもわからないことばっかりだ。
わからないことは怖い。
怖いのはわからないからだ。
どす黒い感情が立ち込める。
「―わかんねーよ、そんなの」
力無い言葉が洩れた。
ヘドロみたいにドロドロと、嫌な後味が残る。
肩から蒼井の手の重さが消え、いつもの、あの一定のトーンで
「……もし、俺がむかつくんなら殴っていーよ。
でもそんなんじゃなくて、色んなこと吐き出したくて、俺じゃヤな時はあの人のトコ行ったらいーと思う」
突き放した言い方でも、同情の言い方でもない。
そう言って、へらっと寂しそうに笑った。
返答はせず、俺は黙って屋上を出た。
言いたいことは言った。
でもスッキリなんかしない。かえって複雑な感情に巻かれた。蒼井のせいだと思った。
他人と深く関わりたくないのに、いちいち怒ったり寂しそうにしたり笑ったりするから。
しかも大きな問いを俺に残して。
"何をそんなに構えてんの"……。
理由はわからない。でもただひたすら恐ろしいのだ。
何がと聞かれても、明確な答えは見つからないだろう。けど、俺は恐ろしい。
だから逃げた。
わからないモノを尋ねてきた蒼井から。
考えを巡らせながら白い階段を下りていると、向かい側から見覚えのある坊主頭がやって来た。
…多分、教室で机を蹴り飛ばした奴だ。
あの時は他に何人かいたが、今は一人のようだった。蒼井が
「一人じゃ何もできないんだろ」的なことを言ったのと関係あるのだろうか。
「おい、羽柴。ちょっと顔貸せ」
大きく太い声が飛んできた。
反抗心剥き出しの瞳を無関心に眺める。
「いいよ」
………………………
人通りのない体育館裏。
坊主頭が選んだ場所はそこだった。
向き合うやいなや、そいつは俺の胸倉を掴み、奇妙な笑いを浮かべながら言った。
「この間、殴りたきゃ殴れって言ったよな。
蒼井はいねぇし、逃げるなら今のうちだけど、どうする?」
ああ。そういうこと。
この間殴り損ねた分を殴りたいと?
他人事のように思う。
「面倒くさいから、こうゆうの、これで最後にしてほしいんだけど」
「ああ、そーか……よっ!!」
腕を大きく振りかぶって、右頬を殴られる。
痛みより熱さが最初にきて、口の中に血の味が広がった。あまりにも力が強く、俺は後ろの体育館の壁に思いっきり背中を打ち付けた。
「―――ッいって…」
間を空けず、次は腹に撃ち込んでくる。
膝を着いて咳込んでいると、再度胸倉を掴まれ左頬を殴られた。
左の次はまた右、そのまた次は左。
なんども、なんども。
「―なんでやり返してこねぇんだよ……ッ!!」
「………っっ。なに、言ってんだよ。お前から殴ってきて、"なんでやり返してこないんだ"?
はっ、馬鹿じゃねーの。
俺はこんなことする気ない。面倒くせーし。
さっさと終わらせてくんない?」
相手の地雷を踏んだらしい。顔を真っ赤にして再び殴りかかってくる。
叫びながら
「そういうお前の態度が気にいらねぇんだ。
やる気もねーくせに勉強も運動も完璧にやって、
しまいには親が弁護士だからってお高く止まりやがって!!死ぬ気で努力してる奴がどんだけ悔しい思いしてんのか、考えたことあるか!?俺らにとっちゃ、お前は邪魔なんだよ。
飄々とやってきて、意図もたやすく1番取ってく。
ふざけるなよ!
なんか言ってみろ!!」
何度も何度も殴られ、視界はもう、歪んでよく見えなかった。
痛みも麻痺して感じない。けどコイツが何を言っているのかは理解できた。
"邪魔なんだよ"
そうだな。
俺は言い返す立場にない。その気力も、ない。
よくはわからないけれど、多分俺が全て悪い。
やられるままにやられた方がむしろ楽だし。
「……げほっ………」
血にむせる。
相手の息も結構上がってきてると思う。
興奮状態が冷めつつある。ふと、幼い頃の記憶が途切れ途切れ、脳の片隅に映し出される。
『"相手から殴ってきた"それだけの理由でやり返すんじゃない!!強くなれ、理久。どんなことがあっても、他人を傷つけることは許されないんだ。どんなことがあっても、絶対に』
幼稚園に通っていた頃。
初めて友達と殴り合いの喧嘩をした。今となっては、叩き合いと言った方がいいかもしれない。
相手から叩いてきたのに対抗して叩き合いになった。そして、その頃から弁護士として仕事をしていた父親に、ひどく怒られたのだ。
…てか、本当なんでイマサラ。
「くっ……そ…!!なんなんだよ…お前っ!!!!」
俺を気持ち悪そうに見てくる視線。
―では、一体どんな理由があれば、人は人を傷つけていいのだろう。
弁護士として高い位置にいるという父親は、はたしてその問いに答えられるのだろうか。
「………ッく、はっ」
どうにもこうにも、さすがに怠くなってきた。
膝を地面に着いた体制から立ち上がると、頭に鋭い痛みが走った。…気持ち悪……。
ぐるぐるする頭はとてつもなく重かったが、耐えられないほどじゃない。
まだ平気の範疇だ。
「―いいよなぁ、親が有名だと結構顔利くだろ。
先生たちの視線もやっぱ俺らとちげーし。
幸せ者だよな。
怖いもんなしで。
そーいえばお前、中学卒業危なかったらしいじゃん。ははっ、無事卒業できたのも、親の権力か?」
幸せ者…………?
どうしても聞き流せなかった。気がついた時には坊主頭の襟足につかみ掛かっていた。そいつの目が、大きく見開かれる。
「…………親が弁護士だから幸せ者?お前、今そう言ったか?
馬鹿じゃねーの。
俺がそんな幸せそうに見えんのか?悪いけど、お前が思ってるほど幸せでもない。いつだって親と比べられるし、あんたらみたいなのに絡まれる。最悪だ。
だから他人に幸せ者だとか決め付けられたくない。
何も知らないくせに、勝手に羨ましがって逆ギレすんなっつーの。
俺が嫌いなら、もう俺に面みせんな。
それができないんなら、
俺を殺してよ」
相手がぎょっとしたのが、雰囲気でわかった。ほんの冗談のつもりだったのに。大袈裟な。
何秒間か睨みつけ、そいつを捨てるように手を離す。一発殴ってやりたくもなったが、面倒くさくてやめた。不思議なことに、そいつは何の反撃も反論もしてこなかった。
有り難いことではあるのだが。
どこか傷ついたような顔をした坊主頭を置いて、校舎側へ向かう。
足元の草を気にすることなく歩いていると、木陰に人の姿があった。
小柄で赤眼鏡。
肩に少しかかる髪が、何故か寂しそうに見えた。
俺に気づくと驚いた顔でこっちを見てきたが、すぐにそれは直り、いつもの顔に戻る。真っすぐ俺を見たまま、近づいてくる。
意外だ。
さっき殴られて、相当ヒドイ顔になっているはずなのに目を背けずに近づいてくるなんて。
しかも女子だ。
「うはー!すごいねこりゃ。顔、めちゃくちゃ腫れてるよ。真っ赤!
大丈夫、じゃないよね、これは」
星村風華はポケットからハンカチを出すと、素早く俺の頬に当てた。
目をしかめて避けようとしたら怒鳴られた。
「よけないで!王子に傷がついたら本当ーに困るんだから!!どうせあんた、自分で処置しないだろうし」
「じゃあ、保健室行くからいい」
「……嘘でしょ」
まったくもってその通りだった。
保健室にはあの女保健医がいる。
マスカラバチバチの派手な先生が。
気軽に話し掛けてくるからかえって苦手だ。
でもそれは、星村風華でも同じだった。
「………なんでいんの」
「羽柴理久に用があったから。廊下で見かけたからついて来たの。そしたら喧嘩始まったから、ここで待ってたんだけど」
悪びれる様子もなく真っすぐこっちを見て言い切った。怒る気にもならない。溜息混じりで「用件は?」と聞くと、眼鏡の奥の瞳が確かに光った。
に、と歯を見せて笑いながら、胸を張って答える。
「シンデレラの配役、昨日、あんたらが帰った後に正式に決まったってことと、劇の日程がについて知らせたかったの。
女子バレー部とサッカー部の三年生が、高校最後の思い出にしたいって集まってくれた。
で!!日程は約一ヶ月後にある、ここ、若草第一高等学校の伝統行事!!"青春祭り"て、一日目の最後から三つ目のプログラムで組むことになったから!
実行委員にはなってもいいけど、ちゃんと予定空けといてよね!!」
手際よく近くの水道でハンカチを濡らし、傷に押し当てながら一度も噛むことなく言い切る。そして、どこからか大きな絆創膏を取り出し、頬にぺたんと貼られた。
「…俺、王子役どころか、劇に出るとも言ってない。勝手に決めんなよ。すげー迷惑だ。
ってかあんたさ、俺が劇なんか出たらどうなると思ってんの?
盛り上がるとか思ってるわけ?
―んなはずないだろ。
蒼井はともかく、俺は違う。劇に出る気ないから。
やる気も何もないから。
劇自体、どうなってもいいし」
すぐに反論してくると思った。今までそうだったように。
でも、今日は違った。
本当に悲しいとでも言うように顔を歪ませ下を向く。泣くのだろうか。
頼むからやめるなと、泣いて頼んでくるのだろうか。―しかし、そうではなかった。深く決心した目つきで、ぐっと顔を上げ、強い感情一つで立ち向かってきた。怒りではない。
強い感情一つで。
「別に、盛り上がるなんて思っちゃいないわよ。
校内一有名な不良が出る劇でしょ?下手したら誰も見に来てくれないし、たとえ来てくれたとしても静まり返るかもね。
でもね、そんなことはどうでもいいの、本当のところは」
意味深なことを言う星村風華に目をしかめると、彼女は不敵に笑った。
「だって私がさせないからね。絶対あんたを歓喜と感動の渦へ巻き込んでやる。で・も!
羽柴理久、あんたが劇に出なきゃ意味ないの。私はどんな手使っても、あんたをステージに上げるから!
恥かきたくないなら、台詞覚えてよね!」
そう言ってさっさと走って行く。ああ、そういやもう午後の授業が始まる時間だなと思った。
それにしても、どういう意味なのか。
――"どうでもいいのよ、本当のところは"
あいつが作った台本の劇だろ?盛り上がることが趣旨なのは当然のことなのに、あいつはどうでもいいと笑いながら言った。
――"羽柴理久が出なきゃ意味がないの"
俺が出なきゃいけない理由…?そんなのない。ないはずだ。
ただ、油断ならないのは自信たっぷりに俺をステージに上げると言ったことだ。本当に何をするかわからない。気をつけなければ、とこの時思った。
****************
放課後。
今日は水曜日だ。星村風華が月・水・金は特訓だと言っていたが、全く行く気はなかった。
しかし今日も、そいつはきた。
わざわざ二年一組の教室から三組の教室へ走って。
教室中がざわめく。
「おいっ、星村!お前…その、マジなのかよ?あの、劇やるって」
男子生徒が一人、星村風華に聞く。
「えぇ。何をそんなに驚いてるの?シンデレラよ?
現代風シンデレラよ?
絶対素敵なんだから、楽しみにしてて!!」
にっこりと満面の笑みを浮かべ、無駄な宣伝までする彼女は、昼休みのことなど微塵も感じさせない。
逃げようとすれば、女子の割には力があるようで、腕を掴まれて簡単には振りほどけない。本気で振り払うこともできないことはないが、女子相手にできるはずもなく、やはり今日も演劇部へ強制連行された。
蒼井はというと、星村風華に加担することもなく、虚ろな目で俺たちの後ろを歩いた。
「しっつれいしまーす!」
馬鹿でかい声を出しながら、勢いよくドアを開ける。すでに部室には部長の黒田先輩と副部長でシンデレラ役の深瀬先輩、それと何人かの三年生がいた。
見たことない人ばかりだ。
深瀬先輩がふわりと髪を揺らしながら椅子から立ち上がり、華やかに微笑んだ。
「ふふ、今日も元気ね風華ちゃん。
いらっしゃい、羽柴くん、蒼井くん」
「おお!!こいつらか、王子と魔法使いは。
いーじゃねーか!目立つし!それにしても、あの羽柴理久か!もっと感じ悪いのかと思ってたぜ。
いやー、すげえオレンジなのな!」
一段とキャラの濃い先輩が俺を見るなり言い、髪をワシャワシャと触ってくる。眉が濃く、目力がある。
輪郭もゴツい。後に、この人は王子の父親役だと知る。ぴったりだ。(存在感が)
「……こんにちは…」
「あっはっは!礼儀正しいなぁ、おい!」
なんで笑うんだ…。
「どーもー……」
横から蒼井が気のない挨拶をする。途端、黄色い声が聞こえはじめた。
「あたし知ってるよー、二年三組の蒼井想羅くんだよね?噂通り、キレーな顔してるねー」
「私も知ってる!背高ーい!!何センチあるの?」
女受けする顔だとは思ってたけど、先輩にも知られてるのは知らなかった。
一気に場が盛り上がり、徐々に落ち着くのを見計らって、黒田部長が口を開いた。
役設定の確認をし、役一ヶ月後に控えた青春祭りのプログラムについて話す。
ほとんど星村から聞いたことだったのであまりよくは聞かなかったが。
それらを一通り話し終えると、黒田部長は眼鏡をくいっと上げ、
「――それで、肝心なのが衣装なわけだけど、
事実問題、この部の部費で全て揃えるのは無理だ。…というより、小道具作るだけで精一杯なんだよ。
みんな知っての通り、演劇部は三人しかいなくて廃部寸前だからね…。
それで、誰か衣装になりそうなドレスとかスーツとか持ってる人いないかな?」
「うーん……。スーツなら兄貴のがあるけど、ドレスはさすがになぁ…」
「あたしも―」
まあ、そうだろう。
ドレスなんか持ってる家庭、ないだろう、普通。
「………あーのー、俺ん家に何着かありまーす…。使えるんならどーぞ。
多分、大丈夫と思いまーす…」
緊張感のないスローな声。片手を挙げてそう言ったのは、蒼井だった。
注目が蒼井一人に集まる。
「あんたそれ、本当…?」
疑い深げな星村に、蒼井は小首を傾げ「うん」と一言頷いた。
「母親がそっち関係の仕事してるから、やたらと持って帰ってくるんだよねー。そろそろ捨てたいとか言ってたしー…ダメとは言わないと思う」
辺りに歓声が上がった。
「よし、これで今のところ問題は全て解決した。
あとは僕らの努力しだいだ」
心から嬉しそうに黒田部長が言う。
黒田部長だけではない。
副部長も、星村風華も、周りの三年生も皆、すごく楽しそうに笑っていた。
俺は、自分だけがその輪に入っていけないことを、何となく感じていた。蒼井も先輩たちに囲まれているが、何も変わらない。変に力を入れないし、空気を和ませる。
その日は、劇に使う花や飾りなどの小道具を作る分担を決めただけだった。
窓の外がうっすらと青紫色になった時、俺達は解散した。
昼休みのことがあってか、蒼井とは一度も言葉を交わさなかった。
次回の話は、実はちょっと気に入ってたりします。自己満足ですが(^^;)




