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薬屋

夢愛さんは素敵な人です。



その日、夢をみた。


おかしな夢だった。

走っても走っても辺りは真っ暗で、先が見えない。

立ち止まると足元がぐちゃぐちゃになって沈み込んでいく。それに怯えて走るのだが、体力の限界になったのか上手く前に進めない。

その時、誰かに腕を引っ張られた。

どうにかして顔を見ようとする。しかし、そいつ自身が全身真っ黒で全く見えない。

ただぐいぐいと前へ引っ張るのだ。

それで、やっと周囲が薄紫色程度に明るくなると、その人物の正体がわかった。

蒼白とも言えるだろう、すっとした肌に、長めの前髪。虚ろな瞳。

異常なまでに伸ばされた黒髪を、無造作に大きな飾りのついた髪留めで括っている女。

駅前の小さな店の前で椅子に座っていたあの女だった。



――夢はここで終わり、俺は静かに目を覚ました。

多少、なんであの女が夢に出てきたのかという点で驚きはしたものの、理由はわかるはずもないためその疑問は放棄した。

そして、行きたくもない高校へ行くために、準備を始めた。





* * *


登校中、夢のこともあってあの黒い女の店、"Amen"を無視していくことはできなかった。

いつもよりもマジマジと、しかも立ち止まって店を眺めた。

くすんだ赤い屋根が唯一の目印だ。華やかさも目立つ要素も、その小さな店にはなく、そればかりか看板には店名が控え目に書かれているのと、消えそうな字体で「You can get desire here」――貴方は此処で希望を手に入れることができる――と、あるだけで、具体的に何を売っているのかわからない。

木の扉には"close"とある。(当たり前ではあるが、今は早朝なので店はほとんどやっていない。)

少し背伸びして店の丸窓から中を覗く。

しかしあまりに薄暗くてよく見えない。



「あっれ――?そのオレンジ頭………理久?」

全く緊張感のない、気の抜けるような声に後ろを振り返った。


「……蒼井、か」

正直蒼井でほっとした。

すると蒼井が店の扉の前に立ち、ドアノブをガチャリと回した。

チリン、チリンと可愛らしい鈴の音が二回鳴った。

唖然として、動きを止めた俺に、蒼井は小首を傾げ

「どーしたの、そんなびっくりして。

中、入れるよ?」

手をひらひらさせ、店の中へ招き入れられた。

改めて薄暗いと感じた。


店には木製の大小様々な棚があり、その上には書物、花瓶、小物、蝋燭、古めかしい人形――特に多くあったのが、大きさ・色・形がバラバラの、蓋付きのガラスビンで、中には飴玉みたいな物が入っている。…なんだこれ?


「夢愛さーん。

おはよーございまーす」


迫力のない声が、空気中に溶けてゆく。

その声に答える者はいない。


"ゆあ"。

どこかで聞いたことがある気がした。


「蒼井。お前、ここ来たことあんのか?」

細い体を翻し真っ直ぐこっちを見据えると、なんてことないように答えた。

「ん?毎日、だよ。毎日来てる。いーところだよ、ここは」

ほんの少し嬉しそうに笑ったように見えた…蒼井の割には。




「―――想羅?」



店の奥から静かで高めの、不思議な声がした。

姿が見える前に、それはあの真っ黒な女だとわかった。


「朝来るなんて珍しいな。何か用?」


面倒くさそうに聞こえる女の言葉は蒼井に対して、しかし女の視線は明らかに"よそ者"の俺に注がれていた。「お前は誰だ?」とも「あの時の奴か」とも取れる、何を考えているのかわからない瞳。長すぎる黒髪に、黒のロングスカート。

所々に白いレースがついている。


「……おはようございます」

礼儀としてとりあえず挨拶をしてみる。

女はこっくりと頷いた。そして

「Amen―アーメン―へようこそ。店長の夢愛、です。

えっと…ハシバリク……くん?」

無駄な感情、愛想とか興味とかが感じられない。

今までに例がないくらいの無愛想だった。

蒼井はふわふわしてて掴み所がない変な奴だが、人間が好きなのだと伝わってくる。だけど彼女は違った。

俺の名前は蒼井にでも聞かせられたのだろう。

「はい」 と答えると、蒼井が口を開く。

「理久、ここは薬屋。

全然お客来ないんだけどねぇ…。夢愛さんは俺らより2つ年上でー、変わり者だけど悪い人じゃないよ」

「………薬?」

店内を見回すが、それらしい物は一つもない。

「これ」

ひょいっと、蒼井が一つの小瓶を手に取り、俺に手渡した。瓶の冷たさが手の平をつたう。

中を覗くと青紫色の玉が五つほど入っていて、キラキラと輝いていた。

「これは?」

「え?だから、薬だよ?」

「……こんな薬見たことない。何の薬…?」

「うーんと……

夢愛さん、これ何の薬?」

蒼井が尋ねると、すぅっと目を細め、ゆっくりゆっくり近づいてくる。

「キズ薬No.21。

効果は感傷を癒す。

副作用はなし。強度は中の下」

「だってさ、理久」

"感傷を癒すキズ薬"?

どういうことだ。よくわからない。

わかるとしたら、この薬屋は全く普通じゃないということだ。

ふと"夢愛さん"に視線を向けると、多分、目が合った。

多分、というのは、この人が常にどこを見ているのかわかりにくいから。というか、この人は現実なんかみちゃあいない気もする。現実の奥の、更に奥を見通せそうなくらいの。

不思議だ。


「君には……

これかな、」

ゆっくりと"夢愛さん"は歩きだし、カウンターから5歩くらいの所の棚から、サイコロ型の瓶を取り上げるとその折れそうなほどに白く、華奢な指で蓋を開ける。やや低めの音がした。

「No.6。《無題》」

カラコロと乾いた音をたて、彼女の手の平に赤い玉が落ちた。

いや、赤と言うより夕焼け色と言った方が近いかもしれない。思わず目を見張る。所々ひびが入ったような感じで、しかしそれがまた美しい輝きを生み出しており、傾け方を変えると

オレンジがかって見えたり、黄色がかって見えたり、時には濃いワイン色にだって見える。

魅力的で、少し怪しげな玉だった。


「……物足りないのでしょう?この退屈だらけの世の中が。

騒音が鳴り響く日々が。

名も知らぬ何かを探し求めてる、ずっと。

ねぇ、

君の探している物がここにはあるかも………って言ったら、 どうする?」




時が

止まった。


そんな気がした。

何秒、または何分かが経過した後ぼそりと「これ、いる?」と問われ、一瞬、ほんの一瞬だけ躊躇ったが

「いらない」

と一言断った。何故か声が震え、気持ち悪くなる。

――この女、苦手だ。


全てを見透かされているような目が、とてつもなく恐ろしい。

常人じゃない。

嫌だ。気持ち悪い。


「……失礼します」

一礼し、足早に店を出ると、いつの間にか俺は逃げるように走り出していた。




「行っちゃった……。

また来てね、って言えなかった…」

「そう思ってるなら、にっこり笑えばいいのに――…。俺が伝えときますよ」

「――ね、想羅」

「はい?」

彼女の表現が微妙に寂しげになる。

「私は、やっぱり何を考えているのかわからなくて、恐ろしくて、……気持ち悪いらしい。

彼はもう、来ないかもしれない」


―"大丈夫ですよ"。


その言葉はいらなかった。言葉に出さずとも、彼女はわかっている。


「…ありがとう」


ほら、伝わった。

普通の人よりも、他人の感情に敏感なあなただから。

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