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灰かぶり

新たな出会い。そして…。



「羽柴理久っ!ちょっといい?」


帰宅部の俺が帰ろうとしている時、突然呼び止められた。

よく通る、大きくはっきりした声とは裏腹に、声の主は身長150㌢くらいしかない女子だった。

赤いフレームの眼鏡をかけている。


「なに」


早く帰って寝ることしか考えていない。

まさか喧嘩の申し出ではないだろうが…さっさと終わらせてほしい。

「あーやっぱりイメージ通り!!背丈、オレンジ頭、目つき、顔!

全てを通してパーフェクト!お願いっ、演劇部に入って!!今なら即主役の座だから!」

お願いではなく命令に近い。

てか………"演劇部"??

頭の中に、ロミオとジュリエットが繰り広げられた。

―大声で台本を読むだけじゃなく、感情移入までするあの"演劇"……?


「ありえない。断る」

反射的に口をついて出た。生まれてから今まで、ステージで何かを演じたことなんて幼稚園の時くらいなものだ。

そういうのとは無縁だった。面倒くさいし。



なのに、翌日の昼休みまたこの女子が会いに来たということは、諦めていないからだろうな。

赤眼鏡の小さいそいつは、俺と蒼井想羅が屋上で昼食をとっている最中に現れた。

錆び付いていて重い扉を勢いよく開けて。


「羽柴理久っっ!!この台本を一週間のうちにさっさと暗記して!」

よく通る、発音のいい声が響き渡る。

「……オトモダチ…?」

相変わらず抑揚のない蒼井の声。興味は特にないらしく、そう言った次の瞬間には食べかけだったサンドイッチを口に入れ、モゴモゴさせていた。

俺は蒼井に首を振ってみせ、そいつは無視して昼食を再開させた。

「ちょっと!無視しないでよ!!」

肩を怒らせ、ズカズカと接近してくる。声量がすごくて耳が痛い。

なおも答えようとしない俺を、小さな女子が見下ろす。

「はいっ」


いきなり持っていたものをバサバサッと下に落とす。驚いて見上げると、最初に胸ポケットのクラス章に目がいった。

更に見上げると、まっすぐ俺を見据える二つの瞳と目が合った。

にっ、と強気にそいつは笑った。

「私、2年1組星村風華!

演劇部唯一の2年!

改めて言うけど、あんた!演劇部に入りなさいよ!」

全く改まってないし。

こういう奴、ほんと苦手。

「昨日、入らないって言っただろ。聞いてなかった?」

軽く睨んでみたが全然動じる気配がない。あー面倒くさい。

「すごーい理久。人気者なんだねぇ……。

かーっこいー……」

無表情のまま蒼井が手を叩く。コイツ、何も聞いてない…。

「そうよ!ずっと目を付けてたの。今更譲れな……って、ん!?」

大きな目を更に見開き、蒼井をまるで品定めでもしているかのようにじっ、と見つめる。

事実、その通りで、目を輝かせながら

「あんた、もしかして蒼井想羅?ねっ、あんたも劇に出てみない?!今ならおいしい役あげるし!!」

そいつは蒼井の手を両手でしっかりと握り、にっこり笑う。蒼井の人気は、ここまできてるのか…。「ほんと――?嬉し―…」

「よっしゃっ!部員二人、Getッ!!」


―は?"二人"?

誰がやるって言ったよ。

蒼井はいいとして、俺は断ったはずだろ。

身勝手な奴だ。

口に出すのも面倒で、俺はそのまま無言を貫いた。

コイツがやる気でも俺がやらなければいいこと。

そうすれば、いつか諦めるしかなくなるだろうから。

「で!!台本の内容だけど、今からざっと話すからちゃんと聞いててよ?

まず人物設定ね!――…」

テキパキと話すコイツを、ぼーぜんと眺めた。

蒼井はというと、いつもと変わらない様子でいた。

星村風華はそんな俺達の前でニコニコしながら話す。

「メインはなんてったって、平凡な暮らしの少女シンデレラ!そして、羽柴理久がやる王子!あとは魔法使いね。

シンデレラは儚げで麗しく、更に、根は強くって感じで、王子はやっぱり目立ってワイドルが理想!

それでー、魔法使いはあくまでミステリアス!謎めいた美しさがほしいところね。次、話の流れね。

最初のシーンはシンデレラから。お姉様方にこき使われても、負けずに掃除をしている所からよ。

そんなある日、シンデレラの前に一人の魔法使いが現れて、こう言うの。

"ああ、可哀相なシンデレラ。望みを三つ言いなさい。私が叶えてあげましょう"」

胸の前に手を添え、役にでも成り切っているのだろう。台詞を音読する。

「…………ねえ」

蒼井が突然口を開いた。首をかたりと傾けて

「シンデレラとか王子とかって……もしかしてやるのって"シンデレラ"?」

「え?言ってなかったっけ?『現代風シンデレラ』をやるのよ!」

現代風……

シンデレラ………

なんだそれ。

しかも俺が王子、とか言わなかったかコイツ。

…ぜってーやんねぇ。

「――えーと……フーカでよかったっけか?名前。

一体どこが現代風なの――?」

「風華です。このお話はね、まず根本的に原作と違うのが、王子とシンデレラの出会いの場所が、大企業の社長やその親類のパーティだってところ!

要するに!シンデレラ=本名、鈴乃宮アリス。義父さんが○○企業の社長。ちなみにシンデレラは養女で、日本人と英国人のハーフよ。

で、王子=本名、王子(オウジ) (ナオ)。超大企業の社長の一人息子。後を継ぐように親に言われているけど、さらさらその気はない一匹狼で不良。

この二人が、身分とか立場とかの壁を越えて愛を育んでゆくの!!

超大作になるに違いないわ!」

目を輝かせて語る。

完全に自分の世界にめりこんでいた。

「わ――すごーい。

感動ものだね、ね、理久」

「べつに…」

心なしか、蒼井は楽しそうだ。微妙なウキウキ感が伝わってくる。ほんと、微妙だが。それからしばらく、星村風華の熱弁は続き、昼休み終了の鐘が響き渡るとぴたりと話をやめ、

「じゃ、この台本あげるから授業中にでも読んどいてね。放課後また来るから!」

と早口で言い、1冊の台本を残し、去って行った。

蒼井がペラッと、若葉色の表紙をめくる。

「へぇ…これ、さっきの子が書いたんだ――…。

うわー、台詞いっぱいあるー。覚えられっかなぁ、俺…」


楽しそうなのか、面倒くさそうなのか…

相変わらずコイツはわかり分かりづらい。

栗色の髪のように、ふわふわと曖昧で掴み所がない。俺は無言で立ち上がり、ドアへと歩を進めた。

「理久」

やや大きめの声で蒼井が俺を呼ぶ。地面に座ったままの体勢で。

「忘れモノ」

そう言って若葉色の台本をヒラヒラとふる。

空虚な二つの瞳が俺を見る。軽く睨みつけ、吐き捨てるように

「俺はやるなんて言ってない。放課後はさっさと帰るから。お前が持ってれば?やるんだろ、劇」

「――そっか」

間の抜けたような返答。

なんとなく予想はしていた。蒼井は他人を強制はしない。

そして俺はドアノブに手をかけ、屋上を出た。



* * *


――放課後。


さっさと鞄に教科書類を詰め込み、教室を出ようとした所、アイツ――星村風華と鉢合わせになった。

肩で大きく呼吸を繰り返し、髪が乱れているのを見ると、全力で走ってきたようだった。

「はっはっは……。

に、逃がさないんだか、ら!!ずーっとずーっと、目ぇ付けてきたはまり役なのにっ!」

目が怪しい光を放っている。がっしりと右腕を捕まれ、逃げるに逃げられない。クラスの奴らの視線が嫌なほどわかる。面倒くさ…

「あー、捕まっちゃったね、理久」

後ろから声。

蒼井だ。

「よしっ、じゃあ蒼井想羅は羽柴理久の左腕持って!!部室に行くわよ!」

言われるがままに蒼井は俺の左腕を掴む。

両腕の自由が利かなくなった。

そして、

そのまま演劇部部室に強制連行された。






「っっ部長〜〜〜〜!!

やりましたよ!"現代風シンデレラ"のはまり役見つけてきました!!」

生き生きとした声で、星村風華は黒ブチの地味な男に叫んだ。どうやら部長らしい。

「えぇっ、本当!?――って、えぇっっ!!?」

黒ブチ男が、俺の方を見るなり頓狂な声をあげる。

名札の緑ラインが目に入った。…三年生か。

「ちょ、待っ……?!星村さん?このオレンジ頭、羽柴理久!?3秒目が合ったら殺されるって噂の!」

慌てふためく部長に対して、星村風華は笑顔で

「あ、はい!王子役に適するとみて頼んだら、快くOKくれました!!

あと、こっちは魔法使い役にどうかと思って。

もー、すっごいやる気なんですよ―」

全くの嘘を難無く言ってのけた。部長だって半信半疑だ。

「じ、じゃあ、はじめまして。部長の黒田です。

よろしく…」

怖ず怖ずと挨拶をする部長。ペコリと頭を下げる蒼井。

「…先輩」

俺に声をかけられ、部長さんの肩がびくつく。

「なっ、なんだい?」

「俺、やるなんて一言も――」

「よーし、じゃあ早速台詞を読み合わせよう!

そこに立って!」

弱気の部長にそれを引っ張るちび女子部員。これが、この演劇部では普通のようだ。

「――二年生の羽柴くんね?ごめんなさいね、この子、強引だから。

でも、お願いね?」

突然肩を叩かれて振り返ると、一際華のある黒髪ウェーブの女子が立っていた。口元を優しそうににっこりと綻ばせている。

―――副部長か。

周りに三年生らしい人物がいないことから、そう思った。と言うか、おかしい。部員数だ。

部長、副部長、星村風華で三人。"三人"なのだ。

俺と蒼井を入れても、この部室にいるのは計五人。

他の部員の影がない。

まあ、今日がたまたま休みなのかもしれない、か。

「さっ!みんな揃ったことだし、始めましょう!!」

………"みんな"……?

「……部長…さん。他の人達は休みですか」

「え??これで全員だよ?」「……………」

五人で?

シンデレラをやるつもりなのか?

―――無理じゃねーの。


「ほーらっ、羽柴理久!ボサッとしてないでこっち来てっ。

じゃ、副部長からどうぞ!!」

「おい、お前、この劇の登場人物全部で何人だ?」

「なに、今更。

あんたとシンデレラと魔法使い、それから王子の執事とシンデレラの義理の母親と姉、あと王子の父親、その他エキストラ的な人を5名だけど?」

計13人。ここにいるのは5人。半分以上足りない。

しかし星村風華は「それが何か?」とでも言いそうな顔でシラッと言ってのけた。

「……フーカー、人数足りなくない――?」

スローに蒼井が尋ねる。それに対して胸を張って答える。

「大丈夫!他の部活の人達に協力してもらえばいいことだし。

とりあえずシンデレラと王子と魔法使いが決まっていれば問題ない!

じゃあもう始めるからね!」

当てがあるのかよ、コイツ。そう思いつつ、隙をついて逃げようとしたが、星村風華がうるさいので面倒になった。

つまり、俺は台詞読みに付き合った。

最初はシンデレラ役の副部長:深瀬小夜子先輩の台詞から始まる。

「"お義母様、こちらのお掃除は終わりました。次は何をいたしましょう?"」

台詞は全て頭に入っているようで、台本を持たず身振り手振りを加えている。

「"あらそう?じゃあ次はこっちを掃除して頂戴!今日は大企業の△△社長の奥様がいらっしゃるのよ。

塵一つあれば許さないからね!!」

滑舌の良い、迫力ある声が響く。

―星村風華だ。

赤眼鏡が意地悪そうに光る。そのあまりの強さに軽く身を引いた。

そしてここで、部長:黒田さんのナレーションが入る。

「"シンデレラは英国人と日本人のハーフ。

三年前、大企業の社長によりこの家へ養女としてやってきました。

社長は美しいシンデレラを可愛がりますが、社長の妻や娘たちはシンデレラが気に入りません。

毎日毎日、意地悪ばかりしていました。そんなある夜のこと――…"」



次の、シンデレラの義父、義姉二人の台詞を、仕方がないので星村風華が読み上げ、蒼井が見事なまでの棒読みだったので注意され、いつしか場面はパーティ会場になっていた。

王子の台詞の順番が回ってきたので、読むだけ読んだ。

部長の黒田先輩が固唾を呑んでこっちを見ている。


「………"なんで俺がパーティなんかに出なきゃなんねーんだよ。

俺は親父の会社なんか継がないし。

愛想笑い振り撒くとか御免だ"」

「だめだめっっ!!

羽柴理久、声ちっさーい!もっと声張って!

そのいかにも機嫌悪そうな感じはOKだけど!」

この後も何度かダメ出しをくらい、星村風華の無駄に馬鹿デカイ声を聞かせられることになる。

そしてラスト。

彼女に言わせれば、"最上級なハッピーエンド"がやってきた。

正直、ほんと、

もう帰りたかった。


「"王子様。私はあなたを愛しています。本当に、心から好きです。

貴方はこんな平凡な私を、愛してくださいますか?"」

ふわり、と薔薇の花が舞うように読む深瀬先輩。

大抵の男は、こんなふうに言われたら間違いなく落ちる。

今は台詞の読み合わせをしているわけだから、

誰に向かって読んでいるかていうと、それはもちろん王子で、その王子のシンデレラへの返答を俺が読まなければいけない。

……読まなければいけない………のだろうか。

こればかりは俺でも言うのを躊躇う。

だが、今のこの沈黙にも耐えられ難い。

短い溜息を零し、そっと口を開く。


「――"平凡なんかじゃない。俺にとって、あんたは光だ。初めて見た時からあんたは他の奴より輝いてた。愛想笑いじゃなくて、本当に笑ってた。

…世界で1番綺麗だよ。

アリス、悔しいけどあんたが俺も大好きだ"」



「「「…………………」」」


重苦しい沈黙が下りた。



「………びっくりした―。ココ、理久ぜーったい読まないと思ってた―。

ね、フーカ」

「……………っっ」

小さな体を震わせて

「…な、んか………いい!やっぱいい!!

ここ、読んでくれるなんて思わなかった…!!

どうでもいいとか言ってたのに……嬉しい………」


ついには泣き出した。

深瀬先輩が寄り添い、よしよしと宥める。なんか大袈裟じゃ……?


「いやぁ……ごめんね羽柴君。でも、彼女がこれだけ気に入っちゃったんじゃ…ね。でも本当、さっきの場面よかったよ。

ごめん。だけど、よろしく頼むよ」

嫌みを感じさせない苦笑で、俺に右手を差し出す黒田部長。

握手を求めているらしいと気づく前に、俺は反射的に部長の手を握っていた。

9割ほど「早く帰りたい」という気持ちで。


後々その握手は

「俺、王子役頑張ります」という意味を含んでいたことを知ったのは、帰り道、

一緒に歩く蒼井に

「理久、部長さんに王子役として認められちゃったねぇ……」

と言われた時だった。

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