家とサンマと黒い女
羽柴家登場。
あと、結構な重要人物も。
「お帰り―…ってあんたまた喧嘩!?」
家へ帰ると、なにかが焦げる臭いと母親のやや笑いを含んだ怒り声がした。
今日も家にいたのは母と妹だけだった。
父は仕事が山のようにあるから、当然なのだが。
「あんたももうちょっと愛想よく笑うなら、喧嘩なんか吹っかけてこないんじゃない?
ま、そういうわけで理久!スーパーで秋刀魚三匹買ってきて!」
「……なんでそーなる」
帰ってくるなりこうだ。
料理が破滅的にできないくせに、母はやろうとする。
「お兄ちゃん…お腹空いた……」
リビングからトテトテと5歳の妹がやって来て、俺の足にしがみつく。
泣かれると面倒だ。
しょうがない…。
「……秋刀魚三匹だけ?」
渋々言う俺を見て、母は満足げにニヤリと笑う。
なんかムカつく…
「あとはー、キャベツとニンジンと、あ、そうだ缶びーる!それぞれ一個ずつ買ってきて!はい、これで足りるだろうからお願いね」
渡された千円札をポケットに押し込み、一応自分の財布も持って再び家を出た。それにしても…
あの料理オンチ。
料理は俺が作るって言ってんのに。
毎回炭にされる食べ物がかわいそうだ。
スーパーまでは徒歩10分。走れば5分ちょっとで着いてしまう。
毎朝通勤・通学ラッシュで賑わう駅も、そのスーパーの近くにあった。
駅の横を通り過ぎようとした時、異様な人を見た。
夏が終わりに近いとはいってもまだまだ暑いこの中、真っ黒なロングコートを羽織り、小さな木の椅子に両膝を抱え頭を埋める、ほっそりした女がいた。
艶やかな黒髪が無造作に縛ってあった上に、その黒髪が異常なほど長いので、彼女は本当に真っ黒だった。唯一黒でないものは、大振りでキラキラと輝く髪飾り。
太陽の光に照らされて、女は消えそうだった。
スーパーへ行くにはこの道を通らなければいけないのに、なんだか少し怖くてしばらく動けずにいた。
「ゆーあーちゃんっ。
ゆあお姉ちゃん!!」
スーパーの方向から小さな足音を立てて、髪を二つに結わえた女の子がやって来て、女に抱き着いた。
「ん……あぁ美優ちゃんか。おはよ」
「もーっ、ゆあちゃんったら!今は朝じゃないよ。
だめでしょ、こんな所で寝てちゃあ」
可愛らしく怒る女の子の頭を、女は不器用な手つきで優しく撫でた。
「うん、ありがとうね。
今日も……いつものでいい?」
「うんっ」
とてもゆっくりとした動作で椅子から立ち上がり、女の子の手を引いて、赤い屋根の小さな小さな家に入って行った。
一瞬ちらりと目が合った気がしたが、気のせいだったらしい。
パタン、と音を立ててドアが閉まった。
「……やべ、秋刀魚買わなきゃ」
早足でその家の前を通り過ぎた。
思わず見てしまった赤い屋根の看板には、消え入りそうな字で
"Amen―アーメン"
と書かれていた。
スーパーで買った秋刀魚は無事に俺が焼き、少し遅めの夕食になった。
今日はやたらと変人に会うな、とぼんやり思いながら寝床に着いた。




