ソラとリク
よろしくお願いします
「ゲホッ………」
口いっぱいに鉄の味。
気持ち悪……。
「――何だってんだよ」
あまりの理不尽さに呟く。腕、肩、腹、足、その他もろもろ。
鈍い痛みがじんわりと広がる。
今日は五人だったな。
先週よりマシ、か。
腕時計を見る。
午後1時53分を指していた。授業はもう、とっくに始まっているだろう。
「…………は―」
自分は一体、何をやっているのか。
体をコンクリートに預ける。ここは屋上だから、真っ青な空が視界いっぱいに―というか空しか見えなかった。
綺麗、だと思う。
だけどそれだけだ。その事実は、決して俺の中を満たすことはない。
ただ、自分の感情の扱いが分からなくなった時は、こうして何も考えずにいれば楽だった。
わずかだが、自由な時間。
いつもはここで、一人のまま時間が流れていき、次の授業には教室へ戻るといった感じなのだが……今日は違ったようだ。
「あっれ――、先客―?」
だるそうで、それでいてやや棒読みの喋り方。
栗色のふわふわした長めの髪で、180はあるだろう身長。同じクラス…だと思う。
名前はわからない。覚えるつもりもないけど。
「…………」
目が合った。
突然そいつがへらっと笑ったかと思うと、そのまま地面にぶっ倒れた。
「………おい、」
返答はない。
恐る恐る近づいて脈を確かめる。
死んではないようだった。しょうがないので俺はそいつを担ぎ、保健室へ向かった。
俺より大分背があるにもかかわらず、不思議なほどに軽くて、運ぶのは容易なことだった。
「…空腹と寝不足と疲労ね、原因は。
てか羽柴、今授業中だろ。なんか血ぃでてるし。喧嘩もいいけどとりあえず授業には出とけな。後々不便になるから」
全く保健医らしくも女性らしくもない喋り方で、彼女、葛村綾乃は言った。
面倒くさそうな態度を隠そうともしない。それに加えて見た目の派手さだ。他の先生からの風当たりは相当なものらしい。だが生徒からの評判は悪くはない。歯にモノを着せぬ物言いが、返って親近感が湧くようだ。今こうして話すのも初めてな俺は、よくわからないけど。
「別に好きで喧嘩してるわけじゃないですよ。向こうから一方的に来るだけ」
「…ふーん」
マスカラで華やかに飾った目が、意外そうに開かれた。
「ねぇ、オレンジ頭の超不良男子・羽柴理久って本当にあんたのこと?」
「あー…多分そうですね」
「すっげー有名人になってんのな。3秒間目合わせたら殺される、とか」
「……殺す………?」
くだらない。
「ま、とりあえず顔出しな。そんな顔で戻ったら余計怖がられる」
言いつつカラカラと笑う。美人のくせに、笑い方はまるで子供だった。
「いえ。いいです俺は。…失礼します」
「そ?ならいいけど。
お前本当、サボり過ぎんなよ。あと眉間!皺寄ってて怖すぎ」
「?はぁ、」
そんなもんか?
ガラッ。
教室のドアを開けると、一気にざわつきが収まった。もう慣れたものだが、相変わらず気分が悪い。
やっぱり、課外必修クラスなんか止めておけばよかった。一瞬の沈黙の後、パラパラと話す声が聞こえてくる。嫌でも耳に入ってくるこの声たちが、俺は嫌いだ。
「羽柴だ…」
「あの怪我、また喧嘩かよ…」
「そういえばこの間のテスト、校内トップだったよね―すごいなぁ」
「でもさあの髪、嫌な感じだよな」
「やっぱ家の格が違うし?調子乗ってんだよ」「いいなー」
「やめろよ。聞こえるって」
全部聞こえてる。
家の格?
親が弁護士だからって、そんな変わるものか?
調子乗ってるわけでもないんだけど…
軽く目眩と吐き気がする。…気持ち悪い。
いい加減慣れたらどうかと思う。もう夏も終わりに近いんだし。
けれど胸の中を渦巻くこの気持ち悪さは無くならなかった。
悲しくなんかない。本当に。
ただ哀れなだけ。
自分?他人?
いや、多分どちらもだ。
人間なんて一人で生きて行けるくせに、回り道ばっかして、愛情に甘えて、誰かに寄り添ってもらわなきゃ歩くこともできないんだな。
愛されたいと泣きわめく、ただの子供。
愚かで哀しくて儚くて弱くて。
綺麗事が正しいものであって欲しいと、さ迷い続ける。
道徳的には非難されるだろうか。
死にたくなったら死んでもいいと思う、なんて言ったら。
本人が望んでいるなら他人がどうこう言う必要なんて何処にもないと思うんだけど。
俺は死ぬ理由がないから
今こうして生き続けてる。でも、ただ生きてるだけじゃ足りなくて。
2分後、先生が来て授業が始まった。
いつも通りぼんやりとノートをとり、問題を解く。
指名されて黒板に書いた答えに丸がついた。
なんか褒められたかもしれなかったが、無機質な丸が俺を嬉しがらせてくれない。
かと言って、悲しくもなかった。
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「「あ、」」
放課後、帰ろうと下駄箱にたどり着いた時、ちょうど靴を履いて出て行こうとする栗色フワフワ頭が視界に入り思わず声を上げた。
それは向こうも同じだったらしい。
「昼間の恩人さん……?」
表情一つ変えず、声のトーンも一定だった。
よくよく見てみると、いやに色白で綺麗な顔をしている。女子なら皆好きそうな。
「その節は、どーもありがとう。どうやら空腹だったらしく意識がぶっ飛んだよーです」
「…………別にいいけど。それじゃ」
立ち去ろうと背を向けると、そいつはやはり一定のトーンで
「ちょい舞って。あ――、え―と、ハトバリク君?俺、2年3組の蒼井想羅とゆー者です。今後ともよろしく」
「……"羽柴"理久なんだけど」
「やだな――、冗談に決まってんじゃん」
なんだコイツ。
へらへらしてて変な奴。ってか同じクラスだし。
ボケてんのか?
いちいち語尾伸ばすのがカンに障る。
「バーイバーイ………」
にこりともせず手を振る蒼井想羅に俺は「ん」と一言言って昇降口を出た。
辺りは明るいオレンジ色で染まっていて、俺は全身オレンジ色になってしまった。この高校に入学してきた頃を、ふと思い出す。
髪はまだこんな色ではなかった。元々茶色っぽかったけど、わざわざ目立つほど明るくしたのだ。
…目立つため。そのためだけに。
何の気もなしに、出たばかりの昇降口に視線をやる。"蒼井想羅"はまだそこに立っていた。
目が合う。
蒼井は、何?と言うように首を傾ける。
俺は気まずさで、すぐに前を向き直し、一度も振り返ることなく歩きはじめた。
***** * * * *
「―――羽柴理久、くん。
夢愛さんが好きそうだな―」
夕日に混ざった少年を見て、呟いた。




