うつろう夕焼け、少年は。
「理久ってさぁ…」
昼休み。
今日も蒼井と屋上にいた。昼食を食べ終え、日の光でまどろんでいると、
蒼井が眠そうな目でこっちを見てくる。
なんだ、と言おうとすると、
「じつは、女顔だよねー。ははは」
「…………あ?」
へらへら笑う蒼井を、俺は思い切り睨みつける。
「喧嘩売ってんの?」
「えーちがうってー。
なんてゆーか……褒め言葉だよ?」
「やめろ。嬉しくない」
本当に、嬉しくない。
すると突然、階段をドタドタと上る音が近づいてくる。
勢いよく扉が開き、
立っていたのは赤眼鏡のチビ女―星村風華だった。
ただ、
おかしなことに顔が青ざめている。
「………大変なのっ!!
二人とも来て!お願い!!」
表情を強張らせたまま、俺と蒼井を縋るように見つめる。一目で動揺しているのだとわかった。
「フーカ、どうかしたの?」
微妙に驚いた感じで星村風華を見る。しかし、そんな蒼井の声もあまり聞こえてないようだ。
無言で俺達の腕を引っ張っていく。
そうして着いたのは、演劇部部室だった。
開きっぱなしのドアから中に入る。
「……昼休みになって、少し小道具の整理しようと思って来たら…こうなってた」
段々と彼女は落ち着きを取り戻し、状況を説明し始めた。まぁ、現場を見れば大体の見当はついたのだが。
「うわ――、ひっど―」
目を細めて言う蒼井。
視線の先には、昨日作った物から作成途中の物まで、小道具がバラバラに破壊されていた。
それだけではない。
黒田部長が部費で買ったといういくつかのペンキ缶が、蓋の開いた状態であっちこっちで死体のように転がっていた。
中の液体は言うまでもないが、床に散らばって取り返しがつかない。
嵐が来たかのような、酷い有様だった。
ふと、劇の張りぼてに使う予定だった板に、なにかが書かれていることに気づく。
趣味の悪い、赤く毒々しい文字。
"王子 死ね"
おそらく赤いペンキで書いたのだろう。
太く乱雑な字だった。
呆れる思いで、溜息をついた。蒼井も星村もその文字に気づいたようで、顔を見合わせた。
なんとなく、こういうことになるとは予想していた。高校入学から数ヶ月、毎日のように「面貸せ」と言って喧嘩を申し込んでくる奴ら。
そいつらが、今回俺が劇に出ると聞いて(しかも王子役)黙っているわけがなかった。
赤文字は、部室がこうなったのは俺のせいだと、明らかに示していた。
原因は、他の誰のせいでもない。そう思っている時、頭をパシッと叩かれた。
「変なこと考えてるんじゃないでしょうね?
この原因があんたでも、悪いのはやった人なんだから。それに!!王子に死なれちゃ私が困るの!
もちろん、今から劇辞めるとか言っても辞めさせないし、何がなんでもステージに立つからね!!」
星村風華は威勢よく言い放つ。横に立つ蒼井は微笑を浮かべ、続けて口を開く。
「元気だねぇーフーカ。
とりあえずー、片しとく?」
「そうねっ、さっさとやっちゃわないと!ほら、あんたもボサッとしてないで働く!!」
二人が床の掃除を始める。不思議でしょうがなかった。なんで……
「なんでそんなに頑張るわけ?このまま俺が王子やったら、またこういうことされるかもとか、辞めたほうがいいんじゃないかとか、思わないのかよ」
「まーたそんなこと言って!!そんなの、劇やりたいんだからに決まってるでしょ!?」
真っ直ぐに俺を見据える、赤眼鏡の奥の瞳が光った。とても簡単な答えに唖然とする。
唖然として、どういうわけか清々しかった。
縺れた糸がスルスルと解けていく。そんな感じがした。
* * *
「……すみませんでした」
放課後。
他の劇のメンバーが帰るのを見計らって、俺は黒田部長を呼び止めた。
相変わらず、多少怯えていたが、にっこり笑って「な、なにかな?」と残ってくれた。
「劇の…道具とかペンキ、駄目にされてたのは俺のせいです。すみませんでした」
謝らなければと思っていた。許されたいわけではないが、黙っていられなかった。
「………え?」
眼鏡の奥が真ん丸になる。
「やっぱり、俺はステージに立つべきじゃないです。またこんなことになるかもしれません…。俺、やめます」
大きく見開いた黒田部長の両目は、段々と細まり、何故か微笑みに変わっていた。
「だめ。王子役は羽柴君だ。これは変えるつもりないよ」
なぜ、
問い掛けようとすると
「…正直言うと、僕は最初、あんまり賛成ではなかったよ」
申し訳なさそうな顔だった。
「ごめん。君を偏見した。何も知ろうとしなかったんだ、僕は。君を傷つけるような態度を取ったと思う。本当に、すまなかった」
深々と頭を下げられてしまい、どうすればいいのかわからない。
「そんなこと………俺、別に傷ついてなんか、」
ない。 傷つけた覚えはあっても、傷つけられた覚えなんか。
「――ほんと、羽柴君見てると、噂は当てにならないなって思うよ」
クスクス笑いながら、「部室はちゃんと鍵掛けるし、心配いらないよ」と言って、俺を先に帰るよう促した。
「…いいんですか、本当に」
念を押したが、彼はゆるぎない表情で
「いい。羽柴君は仲間だ」
笑って言うのだった。
* * *




