日蔭の少年
仲直り………かな?
「あ」
教室に入るとそこにはもう蒼井がいて、他には誰もいなかった。
いつもは遅刻ギリギリで教室に入ってくるというのに珍しい。
苦々しい表情で蒼井が近づいてくる。
何か決意のようなものを秘めたような、妙な緊張感があった。
「――俺さー、なんてゆーか……
昨日理久にもう関わるなって言われて、これでもショックだったんだよね。
俺は、理久といるの楽しいし、仲良くしたいなってのがあるのに、
理久は違うんだーみたいな……。
そーれーにー、俺、感じ悪いこと言っちゃったかなーと思って。
だから……
スミマセンでした」
細い体を折って、深々と頭を下げる。
変な図になってるだろうな…。
「あとさー、一個だけ答えてほしいんだけど。
理久は俺のこと嫌いだったり、する?」
微かに不安げな顔。
…に見えるだけかもしれない。
人間なんて、表情に全て思ってることが出るわけじゃない。腹の中で何を考えているかもわからない。
優しい人間って何だろうか。嫌な人間って何だろうか。人間ってやっぱり謎だらけだ。確かなこともない。
目の前に立つ、この蒼井想羅なんか特に普通じゃない。
一層謎が多い。信用できないかもしれない。
もしこっちが信じても、蒼井はそれを呆気なく裏切るかもしれない。
でも、
「……お前は変人だ。
何考えてるんだか全然わからないし、100%信用してるわけでもない。つか俺自身、どう思ってるかわかんねんだよ。
ただ、べつに嫌いじゃない………と思う。
昨日、悪かった。
忘れて。」
蒼井はしばらくぽけっと、何を言われたのかわからない様子だったが、突然吹き出した。
「――っははは!あーよかった。
あ、でも変人はヒドイ。
じゃあ今後とも、どーぞよろしくお願いします」
いつものヘラヘラした笑い方じゃない。
腹を抱えて笑う蒼井を、不思議そうに見ていた。
(なんで、笑ってんだ。
やっぱりコイツ変人だ。)
―――――ガラッ。
教室のドアが開く。
はっとして、俺と蒼井に気づいたらしい。
動きがぎこちなくなったのは、恐らく俺のせいだろう。
「あ、う、よっ!
お二人さん!!邪魔だった!?」
俺が言えた立場ではないかもしれないが、チャラチャラした感じの奴が引き攣った笑顔を浮かべて言った。蒼井が顔を上げる。
「おー、おはよー長野」
「いやいやいや!!長崎だから!!!
"長"しか合ってねぇから!!いい加減覚えろよな!」
コイツ…
横目で軽蔑的な視線を蒼井に送る。
本人は気づかないようだった。
「蒼井、お前大丈夫なのか?そんなんで劇のセリフ覚えられんのかよ?」
「へーき。ノープロブレム。ダメな時はカンペ用意してくれるって言ってた」
「ふーん?……」
チャラ男の視線が俺に向けられる。なんだと思って目を合わせると、びくっと肩が跳ね上がり、一歩後ずさりした。
「わっ、スンマセン!!
命だけは勘弁……」
「……………は?」
そういえば、と、ある噂を思い出す。―"羽柴理久と目が3秒合うと殺される"…
「なーに言ってんの、長…崎。理久もおっかない顔しないで―」
「だって、そういうウワサだし。長と崎の間を空けるな」
ゴニョゴニョと小声で蒼井に何か言うと、今度は蒼井の口が開かれる。
「理久、こっち向いて」
言われるがままに顔を蒼井のほうへ向けると、無言でじっと目を見つめてきた。俺も別に、逸らそうとはしなかった。
「………はい、3秒経過。
ね?ただの下らない噂でしょ?」
「うっ、あ、あぁうん…」
チャラ男は言葉に詰まり、目をキョロキョロさせると「じゃーな、また…」と言って足早に逃げて行った。普通こうやって、俺には関わらないようにするものなのだ。普通は。
蒼井と星村風華が異常なだけで。
「理久ー、長野は別に悪い奴ではないんだよー……。ただ、ちょーっと噂を本気にするとこがあって、
純粋なだけなんだよー」
「いや、特に気にしてないからいい。―名前、長崎だったと思う」
「……え。」
周囲が段々と賑わってきた。
「おーい!蒼井ーちょっとこっち来てくんね?」
遠くの席から、また違う奴が蒼井に手招きする。
「あー……うん。いま行く―。あ、そだ。理久、」
突然細長い人差し指が目の前にやってきたかと思うと、そのまま軽く眉間をつつかれた。
「…なんだよ」
迷惑そうに顔をしかめる俺に、蒼井は「だめだめ」とおどけたように首を振って見せる。
「眉間にシワ寄せて睨むの止めたらいいと思うんだよねー。
気ぃ張ってさ、疲れちゃわない?じゃ。」
ぼやくように言って去る。……シワ?
前にも言われたような。
意識してるつもりはないが、他人がそう言うなら確かなのだろう。
時間も時間なので、続々と人が集まってくる。
「わー……、羽柴また怪我してる。喧嘩かな」
ぼそぼそと聞こえてくる話し声を、俺はことごとく無視した。
……だからいいって言ったのに。
昨日殴られた所は、今朝にはもうすっかり腫れは引き、赤くなっているだけだった。それを、母が無理矢理シップを貼ったのだ。
「―――ねぇねぇ!
蒼井くん劇出るんでしょ?魔法使い、だっけ。
当日みんなでさ、一緒にその衣装着て写真撮ろうよ!!」何人かの女子が蒼井に詰め寄っている。
「えー……。
面倒くさーい…」
机に肘をつき、頬杖をついている蒼井は本当に面倒くさそうだった。
だが、女子はめげない。
「そんな〜!!撮ろうよ、写真。蒼井くん、絶対カッコイイって!!
ね、いいでしょ?お菓子いっぱいあげるから〜!!」
ぴくりと、蒼井が反応を示す。
「……お菓子?」
「うん!!模擬店色んなのあるし、きっとおいしいよ」
「へぇ……。
お菓子くれるなら、いいよ」
よっしゃ!!と、女子たちがガッツポーズを作る。
…完全にはめられてやがる。
そんなこんなで、今日も退屈な生活が始まった。




