青春パンクよ、俺たちの想い出をぶっ殺してくれ
ホラー……なのか?
いろんな感情を詰め込んだお話です(^◇^;)
夏のホラー2026「音」参加作品。
世界の破滅は訪れなかった、2000年、夏——
少年は高校生だった。
分厚い黒縁メガネ越しに見た花火は、淡い夢から醒めるほど鮮明だった。
中岡花火鑑賞の穴場と言われる糸鋸山は、多くの観光客や地元の若者、グループやカップルで溢れていた。
その中にあの子の姿を見つけて少年の胸は高鳴った。
しかし、その手が隣に立っているバスケ部の佐土原と交わっている事に気付いて、鼓動は虚しく絶えた。
少年は坂を駆け降りる。
ふざけんな!
ふざけんなよな!
脳を貫く花火の音が断続的に鳴り続ける。
その輝きに目を向ける心の余裕など、もはや少年にはなかった。
教室の隅から見つめる、あの子の横顔。
初めて微笑みかけてくれた時の、柔らかな眉と控えめなえくぼ。
僕のイヤホンの片方を耳に当て『うるさい曲』と言って笑った時、ほのかに香った汗の匂い。
ふざけんなよ!
鼻水を啜る音が、花火の何万倍も騒がしい。
やがて——
渓谷を渡す長い橋のまで来た時、少年の視界に黒い影が映り込んだ。
その黒い影は橋の欄干に手をかけ、身を乗り出すようにして遙か下の渓流を見下ろしているように見えた。
ゆっくりと、前後に揺れている。
橋から身投げでもするかのように。
近付くと、その身体は花火の光を反射しチラチラと光っていた。
まるで全身を土砂降りの雨で打たれたような。
もしくは、川で溺れたような。
その影はゆっくりと後ろを振り返り——
目が合った。
この世のものとは思えない、黒炭を擦り付けたような、ぐしゃぐしゃの目だった。
——殺シテヤル……。
——殺シテヤル……。
影は呟いていた。
悪意を固めて形作った、錆びついた刃ような声だった。
少年は、その得体の知れな存在の横を駆け抜ける。
しかし呪詛の声は止まない。
走り続ける少年の後を、いつまでも追い続ける。
——殺シテヤル……。
——殺シテヤル……。
——殺シテヤル……。
——殺シテヤル……。
「ああ……俺だってぶっ殺したいよ!!」
少年は叫んだ。
追いかけてくる得体の知れない存在など、今の少年とっては瑣末な問題だった。
今この時、命をかけた想いが砕け散った。
顔のいい男が、スポーツが出来る男が、コミュ力の高い男が、モテない奴から全てを奪っていく。
そんな世の中の理不尽に対する怒りだけが、少年の中で猛り狂っていた。
少年はMDウォークマンを取り出し耳に当てる。
あれは、夏期講習の気怠い午後。
少年以外は誰もいない教室を、バカみたいにデカい入道雲が覗き込んでいる。
ウォークマンから流れ込む爆音に心を委ねていると、背中に猫の肉球のようなくすぐったさ。
『何、聴いてるの?』
それは初めて、少年にだけ向けられた言葉だ。
左耳のイヤホンを外す。それを細い指先が摘んで、鼻の蕾のような耳へと押しつけた。
『なんだか、うるさい曲だね』
はにかんだ笑顔が眩しかった。
あの夏の日から、俺は——
「うああああああああ!」
少年は再び、がむしゃらに駆け出す。
ウォークマンから流れるのは、あの日聴いていた青春パンク。あの子が『うるさい曲』て言った、世の中の理不尽に唾を吐きかける失恋ソング。
走りながら左のイヤホンを外した。
それを受け取ってくれる、細くてしなやかな指先は、もうない。
ドラムロールのような破裂音が全身を包む。
花火はクライマックスを迎え、目玉の超大型ワイドスターマインが不死鳥のように夜空を彩っていた。
——殺シテヤル
——殺シテヤル
激しい呼吸、心臓の鼓動、花火の音、叫び、呪い、そして青春パンク。
音楽は歪み、爆ぜ、ぶっ壊れていく。
しゃがれたヴォーカルのシャウトに、少年は自分の声を重ねた。生まれた瞬間の赤子のような、喜びと恐怖が入り混じった泣き声だ。
「ぶっ殺してやる!!」
——殺シテヤル!
「ぶっ殺してやる!!」
——殺シテヤル!
二つの声がぐちゃぐちゃに混ざり合う。
俺だけに向けられた、あの子の美しい笑顔が、未練がましく脳裏を掠める。
「美しい想い出なんて、全部ぶっ殺してやる!!」
足がもつれ、ガードレールにもたれかかった。
頬から流れる汗と、瞼の隙間から滲み出る汗が混ざり合い、お気に入りのTシャツの首元を濡らした。
振り向くと、得体の知れない存在は無言で立ち尽くしていた。真っ黒な目に花火の光が吸い込まれ、輝きを取り戻したかに見える。
「あんたは……ぶっ殺せたか?」少年は尋ねた。「自分の中にこびり付いた、美しい思い出の残りカスを……」
得体の知れない存在は、何にも言わない。
でも、少年が親指を立てると、少しだけ微笑んだように見えた。
また、花火が空へと打ち上がる。
同じように、得体の知れない存在も光の玉となり、天へと昇っていく。
右耳からは爆音が流れ続けていた。
「——うるさい曲、か」
少年は呟いた。
その曲はムードもへったくれもへし折る、ただの剥き出しの魂だ。
死んでしまいたいほどの理不尽を、汚い言葉であけすけに叫んだ、クソみないな人生に捧げる鎮魂歌だ。
でも無粋さが、今の少年達には優しく響く。
ぼやけて歪んだ視界の中でも——
涙でぐしゃぐしゃに汚した世界の中でも——
やっぱり花火は美しかった。
お読みいただきありがとうございます(*´Д`*)
久しぶりに青春パンクなるものを聴いていて、ふと、当時の青臭さみたいなものを小説にしたくなりました。
夏ホラーが『音』なのでホラー味を加えたら、変な事になりましたがどうでしょうか?




