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ノンアルの言い訳

掲載日:2026/03/29

A氏の車は、エンジンをかけるたびに祈りが必要だった。


「頼むぞ……今日だけでいい」


キーを回す。

ガガガ……ブンッ。


「よし、来た」


「毎回それやるのやめようぜ。車に謝ってるみたいで怖いから」


助手席のB氏は、缶を開けた。

プシュッ。


「おい、それ何本目?」

「一本目。まだ朝だから」

「“まだ朝だから”の意味がわからない」

「安心しろ。ノンアルだ」B氏はラベルをひらひらさせる。

A氏はちらっと見た。確かに書いてある。“ALCOHOL 0.00%”。

「……ほんとか?」

「ほんとほんと。ほぼジュース」

「“ほぼ”ってなんだよ」

「気分」

A氏は少し考えてから言った。

「……じゃあ俺もいいか」

「いいだろ。合法だし」

「合法だな」

プシュッ。

運転席と助手席で、同時に缶が鳴った。

この時点で、すでに何かが間違っている。

車はゆっくりと走り出した。



目的地は日ノ出町。

組織Xとの約束は、10時ちょうど。現在9時50分。二人は初音町の交差点付近を通過したところだ。

「余裕だな」

「余裕だな」

その言葉が出て、ろくなことが起こったためしがない。



信号待ち。

隣にパトカーが止まった。

静かに、しかし確実に、空気が変わる。


B氏はそっと缶を足元に置いた。

「なんで隠すんだよ」とA氏。

「いや、なんとなく」

「ノンアルなんだろ?」

「うん……でも見た目が“飲酒”じゃん」


A氏は前を向いたまま言う。

「もう遅いと思うぞ」


サイレンは鳴らなかった。

だが、赤色灯がゆっくりと回り始めた。



路肩。

「ちょっといいですかー」

A氏は窓を開けた。

警察官はやけに穏やかだった。それが逆に怖い。

「はい……」

「今、飲んでました?」

「ノンアルです!!」B氏が食い気味に答える。

「そうですか」

「そうです!」

警察官は缶を見る。

「……これですね」

「はい!0.00%です!」

「なるほど」


沈黙。


なぜか話が終わらない。

「……あの、問題あります?」とA氏。

「いえ、ただですね」警察官は少し首をかしげた。「紛らわしいので、確認だけさせてもらっていいですか」

「確認?」

「アルコール検査です」

B氏はA氏を見た。

A氏は空を見た。



数分後。

「問題ないですね」

「だから言ったじゃないですか!!」とB氏。

「ええ、そうですね」

なのに警察官は帰らない。

なぜか雑談が始まる。

「これ、味どうなんですか?」

「え?」A氏とB氏は同時に困惑する。

「いや、ノンアルって最近いろいろありますよね」

「いや、まあ……普通に……ビールっぽいというか……」

「ほう」

「……」

「……」

時間が、溶ける。



そのころ。


日ノ出町。

組織Xのメンバーたちは腕時計を見ていた。

「……来ないな」

「来ないな」


10時を過ぎる。


10時10分。


10時20分。


「帰るか」

「帰るか」



同時刻。10時20分。

A氏の車は、ようやく再び走り出した。

「……行くか」

「……行くか」

B氏がぽつりと言う。

「さっきのさ」

「うん」

「飲んでても、ノンアルだから問題ないよな」

「うん」

「じゃあ、俺は悪くないよな」


A氏は少し考えてから言った。

「半分くらい悪い」

「半分かよ」



10時42分。

日ノ出町の約束の場所に到着。


誰もいない。

風だけが吹いている。

「……あれ?」

「……あれ?」

スマホを見る。

既読はつかない。


B氏が言う。

「とりあえず」

「うん」

「もう一本飲む?」

A氏は少し考えた。

「……いいね」


エンジンを切る。

プシュッ。

缶の音だけが、妙に爽やかに響いた。

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