前世が中間管理職みたいな戦国武将、堅実すぎる領地経営と戦争で異世界で名君扱いを受ける
◇1 マイナー武将、転生する
俺の前で浮かんでいる白い翼の生えた女が困った顔をしていた。金髪碧眼だから、南蛮人なのだろう。
南蛮人の女人を見るのは珍しい。だいたい、船に乗ってやってくるのは宣教師か商人でどっちも男である。
「あんたは神か? だから浮いているのか?」
「ええ、まあ、そうです。死者の魂をほかの世界に飛ばす仕事をしています。それはそれとして――あなた、誰ですか? 私はあなたの世界に『一代で領主に成り上がった英雄の魂がほしい』とオファーをかけてたんですが」
あっ……。俺はその時点で、選択ミスが起きたことを理解した。
ところで、選択ミスという自分の生きた時代にはなかった言葉が無意識に頭に浮かんだ。一度死者になると、時代の制約にとらわれずに言葉が出てくるらしい。
「まあ、確かに俺は領主には成り上がったぞ」
「ああ、よかった……。あなたの派遣予定先は戦乱で新しく所領を獲得した武人領主のところなんです。戦って出世した方でないと都合が悪くて」
俺は少し、顔をそらした。
どうしよう……。でも、ちゃんと言わないとまずいよな。
「あの、なんで顔をそらすのですか?」
「俺はたしかに農民に毛の生えた身分の武士から出世して、ちょっとした所領と城を手に入れた――主に事務作業で」
「…………事務作業?」
「俺の仕えた主君は、すごい勢いで全国統一をなさった方の弟だった。羽柴秀長ってわかるか?」
フルネームで言わないと絶対伝わらないと思うので無礼なのは許してくれ。この女神が大和大納言と言って、羽柴秀長と認識できる相手とは思えない。
まあ、秀長様もその跡を継いだ秀保様も亡くなられた後は秀吉様の直臣扱いだが、話がややこしくなるので飛ばす。
で、それから、なぜか今ここにいる。
「大領主の下には事務作業を行う武将も必要だろう? もちろん武士なので、場合によっては戦争に出るが、基本は留守番だ」
女神らしき女性の顔が青くなった。
「ええと……それでも領主になったぐらいだからすごい大物の方なんですよね?」
「いや、それはおそらく言葉のトリックだ。武士というのは原則所領を持っているから、誰もが領主ということになる。100万石の大大名も、100石の奴も、領主には違いないだろ。王様も奴隷もどっちも人間ではあるみたいなもので、領主といえども立場はピンからキリまである」
「あなたの所領はどれぐらいだったんです?」
「350石」
「超マイナー武将じゃないですか!」
そんなひどいこと言うなよ。自分でも自覚している。せいぜい、後世の軍記物の本に一、二回名前が出るぐらいだろう。
それでも農民に毛が生えた身分(実際、上層農民と武士の境目はかなりあいまいだった)から数人の家来がいる立場になったのはかなりの出世だ。放っておいてくれ。
しかし、ここに来たってことは……俺、死んだのか。風邪で体調悪かったしな……。
「ううむ、これで領地を治めることなんてできるんですかね……。多分ですけど、あなたの転生先、世界観が違うから計量しづらいですけど、数万石ぐらいはありますよ」
「数万石! 大出世だ! ……でも、上手くやっていける自信はないな」
「せめて、そこは俺ならできるって態度でいてくださいよ」
「そんなこと言っても、300石の武将だぞ。掃いて捨てるほどいる立場なうえに、戦場にもまともに出てないんだぞ」
それで自信満々な奴のほうがヤバいだろ。
「まあ、当面、領地が増える予定もなさそうですし、領地を安定して治めていただければ大丈夫です。じゃあ、そういうことで!」
視界が真っ白になって何も見えなくなった。
◇2 戦上手の青年領主(だったらしき男)
気づいたら、ベッドの上に寝ていた。
異世界とやらに飛ばされてきたらしい。この世界が布団じゃないというのはわかっているが、ずっと布団で寝てたから落ち着かない。
部屋に鏡はあったので見た目を確認する。銀髪で、髪は首を少し隠すぐらいか。なんか、髪が伸びてきた山伏みたいな毛量だな。少なくとも髷は結えない。まあ、そのうち慣れるだろう。
「見た目は……25歳ぐらい? いや、もっと若いか。20歳頃か。この年で数万石の所領を持ってるならたいしたもんだな」
建物は石造りらしい。火事には強そうだなと思いながら、出窓があったので外を見る。なんか天守の中に入って暮らしてるみたいだ。
ちょっとした丘の上にこの建物は建っているらしい。丘の城というところか。丘の下には所領と思われる土地が広がっている。
かなり荒れていた。
「おい……なんだ、これ……。今年の年貢、壊滅的じゃないのか?」
農地らしきところにはいくつも焦げ跡のようなものが見える。
その先の小高い山のふもとにある寺院らしきところも焼け焦げた建物跡が見えた。おそらく木造の倉庫かなんかが焼けたらしい。
と、ドアがどんどんと叩かれた。
音の大きさからして、絶対に男だ。
「入れ」
俺がそう言うと、すぐにドアが開く。30過ぎの騎士らしき姿の男だ。多少、服が汚れているのはご愛敬だ。
「イルディア様、ご回復なされましたか! 本当によかったです!」
ああ、俺はイルディアっていうのか。
「俺はケガでもしてたのか? ああ、ちょっと記憶があいまいでな……」
「イルディア様は敵を追撃中に、敵が放った毒矢に当たって、少し熱病のような症状になっておられまして……」
ああ、そこでイルディアという奴は実質一回死んで俺の意識が入ってきたってことか。
となると、とりあえず現状を把握しないことには始まらないな。
「なるほどな。悪いが熱病のせいで、記憶がだいぶ抜けてるんだ。一回聞けば思い出せると思うんで、ざっと話してくれないか」
「え、ええ……それはかまいませんが、安静にしておられなくて大丈夫ですか……? イルディア様が不調とわかると、反乱を起こそうとする者も出てきかねない状況ですし」
「ん? そんなに危なっかしい情勢なのか? あ、それと、お前の名前も思い出せん」
「ラジエルです」
そのラジエルの話によると、このイルディアという男は若いくせにずいぶん勇猛果敢な男で、わずが15歳で当主になり、その5年後、自分の領地に隣接するこの子爵領を奪ったらしい。敵は完敗して、この城まで置いて逃げていったそうだ。
まあ、その追撃で毒矢に当たってるわけで、イルディアもしっかりしろとは思うが。
この城はエランクール城という。縄張りは確認しないとわからないが、城の本丸部分にあるこの石造りの居館は悪くない。少し肌寒いが生活もできる。
イルディアの身分は子爵というらしい。まあ、前世の俺の立場とそんなに大差ない気はする。同格の奴の土地を奪ったなら、まあ、謀反ということにはならないだろう。
で、問題はそれからだ。
「出窓から外を見たんだが、ずいぶん荒れてるな。これは奪った敵の土地の中でも辺境か?」
「いえ、このエランクール城は前領主ドニの居城です。ここが中心地に当たります」
つまり、敵の拠点を荒らしまくったということか。
女神のような奴が誰か送り込もうとした理由がわかる。いかにも揉めそうだ。
「敵の様子は? 今も近くの山にでも籠もってたりするのか?」
「いえ、ひとまずこの周辺からは完全に追い払いました。掃討戦の中でイルディア様が毒矢で負傷されたものの、戦闘自体はこちらの勝利です。正直なところ、これでイルディア様が亡くなっていたらと思うと、ぞっとします……。その地位の継承候補者もいないのです」
まあ、指揮をとらなくていいのはよかった。
俺はもっぱら後方支援の立場だったから、最前線で戦えと言われてもよくわからない。何十人を率いて戦うのがやっとだ。
俺は再度、分厚い石の出窓から外を見る。
少し離れた低い山や丘からうっすら煙のようなものが上がっている。
火事ではないな。煮炊きかなんかの煙だ。
「なあ、本当に敵は追い払ったんだろうな? 煙が見えるんだが。敵が潜伏してるんじゃないのか?」
「いえ、あれは逃げ込んだこのあたりの農民たちです。我々を恐れてみんな山に籠もってしまいました」
淡々とラジエルは言う。
最悪だ。つまり、領民から我々は嫌われてるってことだ。
「せいぜい農具ぐらいしか武器も持ってないような連中です。たとえ、敵に地の利があるとはいえ、叩き潰すことは可能です」
「悪い、頭痛がしてきた」
「えっ! まだ熱病から回復しきってなさらないんですね……」
「そういう意味ではない。お前らの発想がバカすぎるんだ。そんなことだと、領地が増えてもすぐに滅亡するぞ」
こいつら、本当に統治というものをわかってない……。
領民が誰もいない土地をどうやって維持するつもりだ?
戦争は勝って終わりではない。新たに手に入れた土地をどう管理するか考えないといけない。我々は傭兵ではなく、領主なのだ。
イルディアが戦争特化の脳筋野郎ということはわかった。
「ちなみに検地……土地台帳はあるか?」
「いえ、ありません。それぞれの土地を割り当てられた騎士ごとにどれだけ小麦を納めるかのの規定はありますが、このへんは新たに手にした所領ですのでそういったものも何もないですね」
まあ、農民がみんな山に籠もってるようでは検地もクソもないな。
俺の前世の言葉で言うと、逃散ってやつだ。
「明日、農民たちにあいさつに行く。お前も同行しろ」
「えっ? 農民に? それは殲滅に行くという比喩でしょうか?」
「違う、本当にあいさつだ」
本当は代理の奴を派遣したいけど、元イルディアの家臣団じゃろくなことにならない気がするんだ……。
たいして偉くない事務中心の武士の生き方を教えてやる。
◇
翌日、俺は最低限の護衛だけをともなって、村の一つが「逃散」している丘に上がっていった。
「なっ? あんた、その服の紋章、新しい領主様じゃねえのか?」
「えっ、こんな少人数でここまで来たって言うのか? 何考えてんだ……?」
警備担当の屈強な農夫二人が混乱した顔をしていた。
そうだろうな。侵略者の張本人がのこのこ出向いてくるとは思わないだろう。
というか、横にいるラジエルもまだ信じられていなかった。
「あまりにも命知らずですよ、イルディア様……。生贄に来ているようなものです……」
「そこまで彼らも愚かじゃない。向こうも交渉する気はある」
「でも、村全員で丘の上に逃亡したわけですよ」
「だからだよ」
農民は抗議の意思を表明するために村から逃げだすことがある。別に逃亡して違う村を目指すとかではない。村一個がそのまま移住できるわけはないからだ。
本当に逃亡が目的なら、こんな手近な丘にとどまらず、個々人や家族単位で逃げないといけない。
つまり、こいつらは条件次第なら村には戻ると言ってるわけだ。
なら、交渉はできる。
◇3 中小武士だった男のやり方
俺とお供のラジエルと兵士三人は、丘の上まで連れていかれた。
事前に話がいっていたのか、村長らしき男がひざまずいている。
その周囲には多数の村人たち。
憎しみの表情、不安そうな表情、単純な困惑。いろんな感情が顔から漏れている。
「村長のゲネルです。イルディア様……なぜ、あなたが直接ここに……」
村長のゲネルが不思議そうに尋ねる。ハゲ頭で眉毛も白くなっている。村長というか長老という印象だ。
「謝罪することがあると思って来た。農地の一部が俺の兵に火をかけられて焼けたな。蔵の小麦も奪われたものがあったあったと思う。それに関しては俺が軍令を徹底できてなかったせいだ。だから、謝罪させてもらう」
田畑を勝手に刈り取ることも略奪することも戦では日常茶飯事だ。俺の前世でもそうだった。
しかし、それは敵との戦いがまだまだ長引く場合だ。自分の領地に編入できそうな土地で無法を働けば、そのあとの統治が難しくなるのは当たり前のこと。
イルディアってやつは拠点を移すことまで考えてた土地で農地を荒らした。そりゃ、農民も不安になる。こいつは何がしたいんだと思うだろう。
「非を認めてもらうことはありがたいですが、だったらなぜ最初からあんなことを……」
それは俺が一番知りたい!
まあ、イルディアという武人は統治という発想が本当になかったんだろう。文字も読めない武人だっているわけだし、当地も政治もろくにわからん奴だっている。15歳で当主になったのであれば、そのあたりの教育がされてなかった可能性はある。親はその年でともに死別となったらしい。
「俺が軍令を徹底できなかったせいだ。こんなにあっさり戦に勝てるとは思ってなかったので、無法を働く家臣がいても大目に見ていた。俺の落ち度だな。なので、被害の規模を教えてくれ。その分、次の徴税から減免する」
その言葉に周囲の農民から嬉しそうな声が聞こえた。
彼らは腹芸をする必要がないから、感情の出し方がシンプルだ。
「つまり、農地に戻っても構わないということですな?」
村長のゲネルが探るように尋ねる。
戻った途端に処刑されたりしたんじゃやってられないからな。
「はっきり言おう。無人の荒野を領しても意味はないんでな。君たちには働いてもらいたい。そこはずっと一貫している。矛盾してるとしたら、これまでのこちらの略奪の部分だ。その損失部分は勘案する」
「でしたら、村に戻らせていただきます」
いわゆる「還住」というやつだな。「げんじゅう」と読む地域も「かんじゅう」と読む地域もあった。
永久に「逃散」はできないから、いつ「還住」するかは交渉次第ということになる。
農民たちの安堵のため息を俺ははっきりといくつも聞いた。
こいつらも逃げたはいいが、本当に新領主が無茶苦茶な奴で、「還住」のための手続きも一切しない場合、どうしたらいいかと不安になっていたんだろう。その不安はまあまあ正解だ。
もっとも、村に戻ってもらうためだけに、頭を下げに来たんじゃない。
やるべきことはやらせてもらう。
「それで、村が落ち着いたら過去の徴税の記録があれば見せてもらえないかな。再度調査は行う予定だが、今後の参考にしたいのでな」
「あっ、それは……そうですな……探しておきます……」
村長がまずいなという顔になった。
おそらく、前領主ドニに対して過少申告をしていたな。
俺の時代でも、隠し田畑――いわゆる隠田がある場合と、土地の質が悪くてあまり収穫できないと報告してくる場合などがある。
「まあ、俺はあなたがたから見たら侵略者だ。厳しいところが厳しいのは許してくれ。ただ、一方で無法なことは絶対にしないと誓う」
俺は胸を張って言った。
「もし、村に来た徴税官が決まりになり取り立てをしてると思ったら、直接城まで来てくれればいい」
「わ、わかりました。ありがとうございます……」
村長はとりあえず同意したらしかった。
「まあ、前の領主の時よりよかったと思える統治ができるよう努力する。暖かく見守ってくれ」
俺は村長に近づくと、彼を立たせて、腰をぽんぽんと叩いた。
「ずいぶんと気安いのですな、新しい領主様は……」
農民たちだけでなく、ラジエルや兵士たちまでざわついていた。そうか、そんなに領主が馴れ馴れしくしないものなのか。
350石の武士っていうのは、こうやって農民と折衝するようなことが中心業務なんだよ。
◇
帰り道、ラジエルが不思議そうに言った。
「イルディア様がこんなに統治に気を配られる方とは思っておりませんでした」
「攻めることだけ考えればいい時期は終わったんだ。手に入った土地をいいかげんに扱えば、そこで反乱が起きて切腹させられる。肥後一国を統治できなかったと佐々成政みたいなことにはなりたくない」
「なりまさ? ひご?」
しまった。前世の知識が出てしまった……。
「異国にヒゴという州があったんだ。そこの州伯が反乱が起きた責任で処刑された故事がある」
「ああ、なるほど。イルディア様、本当に博識ですね。異国の歴史にまで詳しいとは……。一にも二にも戦うことしか頭にない方だと思っていました」
どんな奴なんだよ、イルディア。
「それにしても……イルディア様はすごいです……。リスクはあったものの、結果的に農民の復帰もこのあとの徴税の話もある程度決まってしまいました……」
「ちなみに、ほかの村にも行くからな。始まったばかりだぞ」
「えっ……。村一つが戻っただけじゃどうにもならない。ただ、俺が出向く価値があるのはわかった。それで平時への復興が加速するなら、どんどん出向いてやる」
身分の低い連中にもプライドってものはある。領主が話に来たなら向こうのプライドは満たされて、話を聞こうということになる。
ただ、身分が高すぎる武士が顔を出しにいくと秩序が失われるし、暗殺の危険もある。だから前世の俺みたいな奴が必要になるのだ。
今の俺は数万石の大名クラスなら部下にやらせたいところだけど……別にいい。どうせイルディアという人間の面目だ。多少潰して統治が上手くいくならいくらでも潰してやる。
◇
そこから俺はいくつかの山に籠もってるような村や、荒廃している村に顔を出した。
反応は似たようなものだった。領主がわざわざ来たということで、村は俺の統治を認めた。
これで無人の荒野を支配するなんてことにはならずに済みそうだ。
出かけなくていい時間は、俺は政務用の部屋に籠もっている。
幸い、城は丸焼けになったわけではないので、多少の行政文書も残っている。しかし、明らかに量が少ない。
「数万石規模といえば、数郡を支配できるその国での最有力の国衆クラスだよな。どうやらドニって前領主が脱出する時に持ち出したな」
俺に協力する気になってくれた村が行政文書を提出してくれたりもしているが、それでもまだ手探りの部分が多すぎる。まだまだ村の時のように足で稼ぐ必要がありそうだ。
「そもそも城下がしょぼすぎるんだよな……」
俺は執務室の出窓から外を見た。
丘の城のすぐ前はただの原っぱだ。なんとも格好がつかない。
俺はドアを開けて、ラジエルを呼んだ。
「はっ、お呼びでしょうか?」
「ちょっと城の近くを散歩する。絵図を描くのが得意な奴を用意してくれ」
「絵図? なぜ散歩にそんなものが?」
「城下町の設計図を作る」
◇4 中小武士の町作り
俺はラジエルと兵士数人を連れて、城下を歩く。城のある丘を少し下ればすぐに城下だ。
もっとも、城下町ではなく、ただの城下。町でもなければ、村でもない。
下級兵士が生活用に建てた掘っ立て小屋があるぐらいで、ほとんど何もないのだ。
「寂れているとか、にぎわってないとか、そういった次元の話じゃないな。本当に何もない」
「このあたりは、前領主ドニが治めていた時からこんな感じだったそうです。せいぜい領主の家臣が付近に住んでいたぐらいでした」
ラジエルが俺の説明に答える。いつのまにか、秘書みたいな役割になっている。
ラジエルはそのへんの簡単な地図を持ちながら歩いている。
「このへんの領主の城や屋敷の前はどこもそんな感じか?」
「ええ。そうですね。城の真ん前がにぎわうと反乱の相談でもしてるのではと気味を悪がる領主も多いかと思います」
「言いたいことはわかるぞ。平地の居館なら安心できないな。でも、あの城は丘の上にある。そこは心配ない」
城の守り自体は側面から矢を射かけられないとか甘いところも多いのだが、城門は割合しっかりしてるし、少数の兵士で乗っ取れる規模ではない。守るだけなら十分やれる。
「ラジエル、このへんでの商業はどうなってる? 農村しかないってわけじゃないだろう?」
「ここから10分少し歩いたところに街道が通っていまして、そこに月に3度市場が立ちます」
「ああ、三斎市みたいなものか。決まった日に市場が立つんだな」
「サンイチイチ?」
「気にするな。異国の言葉だ。とりあえず手は浮かんだ」
俺はラジエルが持っている地図をひったくった。
そして城を離れて伸びている街道の図をペンで少し消して、城の真横を通るものを足す。まさに城に見下ろされるように道が伸びる形だ。
「街道をこういうふうに変えろ。分岐点に街道はこちらの迂回路に変更になったとでも立て札を置け」
「街道を変更させるのですか?」
「別に俺の領地だ。それぐらいはできるだろ。ただ、通過するだけの商人や旅人にとったらほとんど時間のロスにもならない」
街道のルートを一部で変えたり、そもそも街道を取り囲むような形に拠点の城を作ってしまうような武士はいた。
鎌倉に政権があった時代の田舎御家人は、その田舎に屋敷を構えていればよかった。年貢を集めて、鎌倉か京に送って、余剰を自分のふところに入れておけばメシが食えた。
だが、京の足利将軍の力が失墜してからはそれだと通用しない。それぞれの武士が自分の領地という小さな「国家」の支配者という意識でないといけない。この世界にはまだ信長様や秀吉様みたいな存在は出てきてないので、小さな「国家」の支配者という意識でいいだろう。
城下町を作って発展させていかないと、いずれジリ貧になる。
刀や弓、鉄砲の技量で争うだけでいいのは2ケタの兵士同士での争いまでだ。
それから、俺は家のマークを城の前の道に足していく。
「商売をしている人間を城の前に移設した街道に住まわせろ。引っ越し費用はこちらで出す。今年の税も免除でいい。とくに鍛冶や武具の職人は城の近くにもっといてくれないと困る。食べ物ももっと城の近くで商いしてもらったほうがいい。行商を待っているのも面倒だ」
このあたりに家並みが並べば悪くない。掘っ立て小屋に毛が生えたようなものでいいから、家を並べたい。
「あの……集住政策はいいかもしれませんが……たくさんの人間が住んで暮らしていけるだけの水がこのへんにはありません」
「それも考えている」
俺は近くを流れる川の図から千を足して、城の前に引っ張ってくる。
「近くの川の分流をこっちに通す。街道の家の裏手に両側一本ずつ用水路を作る。そこまでの水量の川ではないし、用水路もそんなに深くなくても事足りるだろう。それと、いずれさらに水路を引いて、城門前を流れる水堀としても使う」
「あの……」
「ああ、ラジエル、どうした?」
ラジエルがその場で膝を突いて平伏した。
「まさか、イルディア様がここまで聡明なお方だとは思っておりませんでした。子爵の地位を継承された時からイルディア様のことはずっと見てきていましたが、不肖ラジエル、何も気づかず……。ただ、功名を挙げるお手伝いをすることしか頭にありませんでした!」
ああ、本当に人が変わってるからな……。
別に俺だって、町作りや城作りの名人ではない。
だが、こんなふうに行政文書を作れとか、こんなふうに農村とはやり取りしろといった知識の蓄積が俺の時代ではなされてきていた。小田原からは退場したとはいえ、後北条の在地支配はたいしたものだ。
だから、俺みたいにマイナーな役人じみた武士でも最低限のことはできるし、その知識でもこの領地はまだまだ改良できるとわかる。
◇
町作りに関しては俺も積極的に参加した。
場合によっては土木工事も直接手伝った。
家臣や民衆からも「領主様がそんなことまでなさらなくても!」と恐縮されたが、それが狙いだ。
「俺でも働いているんだ。お前らも休んでいられないだろう? まあ、得意不得意もあるから、無理はしなくていいぞ」
それに実を言うと、自分の体がやけに元気に動いて楽しかったのだ。
(イルディアって奴、たしかに脳筋野郎だったみたいだな。前世の俺ならとっくにへばってたはずだ。これだけ動けるなら、自分の力を過信するのもわかる)
用水路は順調にできてきた。そんなに太いものは必要ない。ちょっとした溝を用意できれば、生活には問題なく使える。
家並みもじわじわ増えてきた。
俺がこの地に来てから3か月後には城下町の原型みたいなものができた。
少なくとも村ではなく、町とは呼べるだろう。
俺はエランクール城から町の様子を眺めていた。
まあ、格好はつくな。秀長様の大和郡山のようにはいかないが。
ただ、あれは近くの奈良から店の強制移住をやった結果の面もあるし、自分がやれる範囲としてはこれぐらいだろう。
涙ぐんでいる声が聞こえると思ったら、家臣が2人揃って泣いていた。
「おい、何を泣くことがあるんだ?」
「このような立派な町が短期間でできるとは思いもよらず……」
「イルディア様はまことに名君でございます!」
生まれた時代の問題だ。
俺だって鎌倉に政権がある時代に生まれたら、近所の田畑の収穫量をどうするかぐらいしか考えなかっただろう。市場を大きくすることぐらいはできるだろうが、そこ止まりだ。
町を作って検地をどうにかするぐらいのことは見てきたからできる。
これが女神の望んでいることかはわからないが、やれるだけのことをやろう。
ふと、視線をもっと手前の城の側に向けた。
「町はできてきたし、次はエランクール城もどうにかするか」
「城ですか。この石造りの居館はそれなりに頑丈だと思いますが、部屋数も多いですが」
「いや、どっちかというと土の部分だ」
◇5 中小武士の城作り
今の城は城門を抜けて丘からゆるやかな坂を右手に回り込むように上がると、やがて石造りの居館に到着する形になっている。
なお、この場合の城は敵と戦うことを前提とした範囲全部を指す。だから、丘すべてのことだ。石造りの建物のほうは便宜上、「居館」と表記する。まあ生活しやすい天守みたいなもんだな。
この城の防御能力はお世辞にも高くない。実際、俺が入る前のイルディアが簡単に攻め落としてしまった。
丘の上にあるから高所から戦えるとはいえ、横矢掛かりすらない。戦国の世なら一番槍の功名のために突っ込んだ兵士すら無傷で居館までやってこられるだろう。
俺は町作りが一段落して手の空いた兵士を集めた。ラジエルもそこに来ている。
「少し居館へ上がっていくルートをいじる。坂の途中のこの部分、狭くしてくれ。人二人が行き違える幅にまで壁を厚くする」
「ああ、なるほど。道が狭くなれば敵軍が大挙して攻め込むことはできなくなりますな!」
ラジエルもだんだんと俺のそばにいて、学ぶものがあったらしい。それ自体は正解だ。
「それもある。だが、足を止めただけでは順番に入り込まれて終わりだ。なので、今、土を入れて塞いでいる上に、兵が立てる陣地を作る」
「あっ、そうか。道が狭くなれば、一度足は止まりますな。それなら簡単に狙い撃つことができます」
「そういうことだ。犠牲者が多数出るなら、強引な力攻めは敵もしづらい。まあ、戦死者を気にせず数万人で強引に攻めるみたいなケースは別だぞ?」
小田原合戦の前哨戦は酷い有様だった。確かに一気に北条の主要な城を陥落させられたが……とんでもない数の死者が出た。
逆に言えば、どれだけ死者が出ても平気というような戦い方をするとは北条方は想定してないから、主要な城が落とされまくることになったとも言える。天下人にしかできない戦い方だ。
そんなものと戦うことは想定してないので、この程度の小手先の城の回収でもどうにかなる。
「さて、設置するのは弓兵と槍兵、どっちがいいかな。ここは鉄砲はないからな……」
「テッポウが何かわかりませんが、火球を放てる魔導士なら数人はおります」
「火球! あ、そうか、そんなのもあるのか!」
魔導士を呼んで実演させてみたが、敵の設定で置いた古い鉄の鎧が火球を受けて、軽くひしゃげていた。
魔導士は俺の軍に十数人いた。慎重に使えば、十二分に戦力になる。
「十分だ! よし、魔導士と弓兵を置くことを考えて縄張りを考えよう。それと、魔導士が撤兵できるルートももちろん用意する」
兵士が駐屯する台地に移動できるようにする。
これに関しては新たに居館のある主郭とは別の曲輪を作ることになるが、そこまで広くする必要はないので、急造でも対応できる。せいぜい、台地を少しならして邪魔な木を切るぐらいでいい。
「この坂の部分はとりあえず、これでいけそうだな。あと、城門手前の石の居館に至るあたりだが、屈曲の回数を増やす。ふもとと往復する奴は面倒だが防御力を増やすためだから、我慢してくれ」
「わざと曲げて進行速度が遅くなったところを、やはり同じように魔導士や弓兵、槍兵を置いて上から狙うわけですな」
やはりラジエルも俺の考え方がだいぶ身についてきたな。
「そういうことだ。横から矢で狙える場所だから『横矢掛かり』と言う。人間は正面の攻撃はまだ対処しやすいが、横からだと防御しづらい。曲がる箇所が多いと高所で待機している敵に狙われる」
「感覚的にはわかっておりましたが、そういった言葉は初めて聞きました」
「それと、この通路のところ、ちょっと掘ってくれ。できれば人間が一人はまるぐらいの深さだといいな。それより浅くてもいいが、どうせだんだん土が溜まって浅くなる」
「それは……敵も通りづらくなりますが、お城に用事のある者が通れません」
「普段は木の橋をかけるから問題ない。で、敵兵が攻めてきたら木の橋を引き上げるか、あるいは叩き壊して撤去する」
「橋がなければ深い溝になって、立ち往生するわけですな。そこを遠距離からの攻撃で狙い撃てる。仮に溝に入って、這い上がって進もうとしても……槍で突き殺されて終わりです」
「そうそう。そういうことだ」
堀切という、山の城で多用される極めて基本的な戦術だ。
尾根沿いに城の中心部へ向かっていて、急に穴が空いたような溝が作られていたら、当然通れない。無人ならゆっくり穴の中に入ってよじ登ればいいかもしれないが、真ん前に敵兵がいたらこんなものでも十分に致命傷になる。
まあ、規模の小さい城を維持するための小手先のテクニックだ。
「それと、居館が視界に入る前に、ちょっとした坂があるな。ああ、そこだ」
せいぜい、大人一人分もない高さを上がっていく坂だ。底を上がると、後は完全な平坦地で、居館が眼前に見えてくる。
「ここは坂ではなく、石の階段にしたい。それと、道の両側も巨石を置いて、石垣のように見せたいな」
「はあ……。もちろん可能ですが、あまり意図が見えません。防御力もあまり上がらない気が」
「わからないか。たしかに防御性能という面では大差はない。答えは荘厳だ。ようは権威付けだな」
「権威ですか。イルディア様がずっと『不要だ、強ければそれで敵はひれ伏す』と言っていたものです……」
俺は笑ってしまった。本当にイルディアという男は極端なほどの武人だったらしい。
「たしかに敵に攻め込む時には、力の強弱ですべてが決まるな。しかし、領内の人間は汚らしい奴、立派に見える奴、どちらに従いたいと思う?」
律義にラジエルは考える。こいつも単純だが、悪い奴ではない。俺が鍛えていけば、きっと成長するだろう。
俺の時代でも茶の湯も連歌も能も、最初は全部ひどい有様だったのに、こつこつやって上手になった奴は何人もいた。
「たしかに、立派な者のほうに従いたいと思いますな。汚らしい者に服従すると自分すら落ちぶれた気になってしまいます」
「それが人間というものだ。だから、城は防御力だけでなく、見栄えも必要になってくる。特にここの坂を過ぎると、すぐに居館が見えるだろ。ここはいわば居館のエントランスだ。ここが少し豪華になるだけで全体の印象も変わる」
「あの……走り書きでけっこうですので、今日の要点をまとめて渡していただけないでしょうか? 二度は同じことを聞かずに済むように学習したいと思います。ほかの臣下に教えることもあるかもしれませんし」
「心得た」
イルディアは政治には向かないが、人を見る目はあったなと思う。家臣たちはちゃんと俺についてきてくれる。
俺も少しはイルディアに感謝しないとな。
「それと、ふもとの城門のあたりな。水堀も本格的に作りたい。深くなくてもいいんだ。川を渡ると人間っていうのは結界の先に進んだ気になって、なんとなく厳粛な気持ちになる。後、ふもとの城門も本格的に改修したい。城門っていうのはまさに城の顔そのものだからな」
「いっぺんに言わないでください! メモが間に合いません!」
◇6 中小武士の合戦
俺の領地経営はおおむね成功したらしい。
俺がイルディアになってから2年間で俺の作った城下町は発展してきたし、商人の往来も以前より増えた。近辺ではエランクールが最大の都市だとも言われている。
家臣からも、地元の人間からも賢人領主と呼ばれるようになってきた。おだててるだけだとは思うが、悪い気はしない。
そんな折、重臣のラジエルが俺の居室のドアをノックした。ノックの仕方で誰かわかる。
「イルディア様、大切な話がございます」
「なんだ? そろそろ妻を決めろという話か? それなら、同格の領主たちの中でちょうどいい姫君がいないからタイミングが合わないと言ってるだろう」
「そのことではございません。いえ、その件もいいかげんはっきり決めていただくべきかと歩思いますが……今回はその件ではありません」
深刻な空気なので、俺は居室のドアを開けた。
ラジエルを部屋に入れる。ここが密談をするには一番いい場所なのは確かだ。
「謀反人か? あるいは敵の領主か?」
「後者でございます。完全に弱体化していた、この土地の旧領主ドニが兵士をかき集めているという噂が。イルディア様の所領の辺縁で反乱を起こすかもしれません」
「で、敵の数はどれぐらいだ?」
「おそらく500ほどでしょうか。ただ、遺臣がそんなにいるとは思えませんので、大半は傭兵のような出自のはっきりしないものでしょう。この二年、周辺で争いがなかったので傭兵は仕事にあぶれておるのです」
俺の側の兵力は、元の本領の側にも兵を駐屯させておかないといけないし、まあ用意できるのは500ぐらいか。
「そうか。では、城下の商人や寺院に貴重品は固く蔵などにしまうように伝達しておけ。あと、戦争中は俺の城の区画に逃げ込んで構わないことも伝えておけ」
ラジエルは不思議そうな顔をしていた。
「それも重要ではありますが……まずはどのように敵を打ち倒すか考えるべきなのでは?」
「いや、今回の戦いで敵は完璧に敗北する。二度と領地の奪還もできなくなるだろう」
俺は自信たっぷりに言った。
「この城は500の兵では絶対に落とせない」
◇
ドニは五代にわたり、エランクール周辺を支配してきた一族の末裔だった。だから、この土地は自分たちのものだ、それを取り返すだけだと思っていた。
「皆の者、今回攻めるのは昔、我々が支配していた城だ。城の中の縄張りもすべて頭に入っている! 一気に攻め込んで、城を奪い返してやろう!」
「「おおおおおおっ!」」
長い赤髪のドニが叫ぶと兵士たちも荒々しい声でこたえる。
長年慣れ親しんだ城だ。どうとでもなる。はっきり言って手前で持ちこたえられず攻め込まれれば、裏口から逃げていくしかないのだ。それはドニが痛いほどわかっていた。
その逆をやるだけだ。
ドニの軍隊はまっすぐにかつての自らの居城に向かった。潤沢な食糧はないので、先手必勝で城を落とす必要があった。
だが、城の真ん前まで来て、ドニはひるんだ。
「こんなところに水堀があったか……?」
城門の前には堀ができている。かかっていたとおぼしき橋は取り払われている。
「溺れるほどの深さではない! 進め! 城門をこじ開けて、坂をよじのぼれ!」
ドニが命じて、兵が進んでいく。
実際、せいぜい腰ほどの深さの堀で、ゆっくり進んでいけばどうということはない。
「なんだ、子供だましだな! 恐るるにたらず!」
すると、城門のそばの櫓から重装備の鎧をまとった男たちが現れる。
男たちは火球を放ち、水堀を渡る兵士たちにぶつけていく。
兵士たちが悲鳴も出さずに吹き飛ばされていく。
「か、かわせ! なんとかかわせ!」
「ドニ様、堀を渡る最中で、動きが緩慢なんです! どうしようもありません!」
何人も兵士が撃ち倒されたものの、なんとか前線の兵士30人ほどが金属の城門の前までやってきた。
その門をこじ開ければあとは一気に坂を駆け上がって石造りの居館まで殺到するだけだ。
魔導士の一人が門の手前の地面に火球を放つ。
その時までは前線の兵士たちも攻撃は外れたぐらいに思っていた。
次の瞬間、火が兵士たちの足下を伝った。
「この足下、油だらけだぞ!」
「あちい! あちい! 死ぬっ!」
前線の兵士たちが火の海に囲まれる。それを見た後続の兵士たちは水堀で立ち止まる。
だが、立ち止まっていると火球や矢が飛んでくる。
「おい……。何だ、何が起きてるんだ……」
ドニは呆然と立ちすくんでいた。自分の知っているはずの城がまったく別物になっている。こんな時、どんな命令を下せばいい?
「す、進め! 火は必ず消える! 同じ手はこれ以上使えん! 城門を目指せ!」
大半が傭兵なので、ドニが気弱なところを見せれば、すぐに散っていってしまうだろう。それではどうしようもない。強気なところを見せないといけない。
兵士たちは続々と浅い水堀に腰を沈めて進んでいく。
と、遠くから轟音が聞こえてきた。
増水した水が兵士で充満している水堀に向かってくるのだ。
「み、水だっ! 洪水だっ!」
「た、助けてくれっ!」
「やめろ! 密集してて逃げれねえよ!」
兵士たちは増水した水に流されていく。各所で悲鳴が上がる。城門にまともに取りつく前に多数の兵士が消えていた。
ドニはなんとか溺れずに済んだものの、地獄絵図のような光景に立ちすくんだ。
自分の兵士が重い鎧のまま水死体となって漂っている。
まだ入り口である城門すら抜けていないというのに……。
しかし、ここで退いたらすべてが終わりだ。城門の前で多数の犠牲者を出して逃げていった領主についてくる者など誰もいないだろう。
ドニは突撃する決断を下すことにした。
「私が先に進む! だからお前らも進め! 城門さえ突破すれば道は開ける! ここで長年私は暮らしていた。この城も庭のようなものだ!」
総大将がゆっくりと水かさが引いてきた水堀を進むので、兵士たちもまた態勢を立て直してきた。
「水堀も渡れたぞ。そうだ、たいした幅でも深さでもないし、過剰に怯える必要はないのだ」
いつのまにか櫓の上にいた武装した魔導士や弓兵の姿も消えている。城門での防御を諦めたのか。
そんな中、ついに城門が開く。ゆっくりと門の左側だけが前に動く。
「開いたぞ! 突き進め!」
ドニも声を上げて、殺到する兵士たちの波に続く。城門に入ってしまえば、その先は石造りの居城まで坂を上るだけ――
城門の先が以前と違う。左も右も様子がおかしい。
やけに白い。漆喰だ。漆喰の壁でできた門がようやくこじ開けた城門の両側についている。正面は元々岩壁なので、四角い箱型の内部に兵士たちが充満した状態になっている。
と、白い漆喰の壁の門の上から重装備の兵が現れた。
彼らはどばどばと何か液体をまいていく。
(あっ、これはまさか油では……)
そして、門の上の兵士が火のついた薪を地面に投げていった。
ブオオオオオオオオ! ブアアアアアアアッ!
真っ赤な歩能が箱型の区画に密集している兵士たちを包んだ。
炎の爆ぜる音か悲鳴かわからない音が響き渡った。
総大将のはずのドニが焼死したことで、城を奪還する目的の兵士たちは散り散りに撤退した。その兵士たちも掃討戦で多数が討ち果たされたという。
◇
いやあ、 枡形の門が防御に向いているとは聞いていたが本当だったか。
俺は決着のついた戦場を馬に乗って見聞している。周囲はラジエルほかの兵士が囲んでいる。
「それにしても、まさか最初のところだけで殲滅できるとはな。本当はなんとか攻め込めると思わせておいて、登り坂の途中でもっと仕留める予定だったんだが」
「イルディア様、本当に完璧でございます……。これで城が奪還されることもありえないでしょう」
「ラジエル、それにしては浮かない顔だな」
「イルディア様が軍略にもお詳しいとは思っておりませんでした。軍神もかくやという戦績。はっきり申しまして少し怖いぐらいです……」
俺は馬上で首を横に振る。
「俺は生来、臆病者だ。だから、楽して勝てる方法を試しただけだ。今回は水攻めも思ったよりうまくいったな」
秀吉様が「水攻めはそこまで巨大な堤を築かなくても使える」とおっしゃっていたが、本当だった。史上に名高い備中の水攻めも想像されているよりはるかに少ない土木量で実行できたという。
今回はとにかく出鼻をくじけば、それでよかった。敵の大半は傭兵だ。ならば、二の足を踏む作戦を並べることで、ドニに無理にでも進むしかないように仕向けてやればいい。総大将が動かないと士気を維持できなくさせるわけだ。
「城下の被害はどうだ? 敵が攻めた以上、多少の略奪はされただろう?」
「おおむね、無事のようです。初日で決着してしまいましたので」
「そうか、被害のあった商家は調べて俺に報告してこい。まあ、地元を略奪した領主を信頼する者などいないから、これで完全に連中は終わったな」
城下に出たあたりで、神官姿の男がこちらに向かって歩いてきた。
「馬上でけっこうでございます。お話をお聞きいただけませんか?」
神官姿の男が言った。
「わかった、聞こう」
「私は隣の州を治めるマーマス伯爵の使いの者です。伯爵がぜひ縁談を進めたいと。伯爵の腹違いの妹君をイルディア子爵のところに嫁がせたい――そう伯爵はおっしゃっております」
周囲の兵士の反応を見る。「よい縁談だ!」「イルディア様がそれだけ認められたのだな」といった声がした。
国持ち大名から縁談が来たと考えれば悪くないな。
「ありがたいお話だ。悪いが、戦の処理で少し留守にするつもりでな。タイミングの悪い話で申し訳ないが、城に先に行ってくつろいでいてほしい」
「はい。実を言うと、戦に勝ち合いそうで怖かったのですが、マーマス伯爵が『この程度の戦で苦戦するようなら引き返してこい。イルディアという子爵が名望の通りなら完勝するはずだ』とおっしゃっておりまして……」
人を見る目はありそうな伯爵だな。
「あまり買いかぶられると困るが、さすがに今回の戦は負けはせんな」
ひとまず、領主としての出だしは成功だろう。
後は大きな領主に潰されないように少しずつ立身していかないとな。
◆終わり◆
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