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*4* 異世界ファンタジー

 ヘルローズ・エーリューズニルと名乗る、輝くような金髪に青い瞳、長い睫毛に白い肌。薄く色付いた頬とプックリ艷やかな唇を持つ、控えめに言っても美少女な彼女は、この城で3年もの間を一人で生活してきたのだと屈託のない表情で話す。

 「幼い頃は、師匠たちがいて、民たちがいて、義父(ちち)がいて…私は本当に大切に愛されて育ってきました。だから、そんな皆のお墓を護りながら、みんなが遺してくれた生活を続けています。聖獣たちもいるし、孤独ではなかったのだけれど…久しぶりに人と話せて、私は嬉しいみたいです。はしゃいでいます。我に返ったら恥ずかしいですね。」

 彼女の言葉に嘘はないのだろう。

 不思議と信用ができるのは、彼女が作ったスープの味が、凄く手間暇のかかった優しい味だったからかもしれない。

 決して、美人だからではない。

 …多分。

 「食材とかはどうしてるの?」

 「中庭に畑があります。昔、農民たちが作ったのを残してくれたので。あと、裏の森の中に半永久的に使える罠がいくつかあったり。あ、お婆さんたちに仕込まれたので、パン作りも得意なんですよ。」

 話を聞く限り、食材に困ることはないらしい。そして、料理好きとみた。

 女子力高い美少女…可愛い。

 「お針子だったお婆さんが将来の為にと、作り置きしてくれたドレスなども沢山あるので、衣食住に困ったことはないのです。私は本当に恵まれています。」

 老齢だった国民たちがへルローズのために残して逝ったものが城中にあることを理解する。

 そしてへルローズ自身にも様々な知識を遺したことが解るし、彼女自身もそれを理解しているようだ。

 俺が着ている服は、今は亡きロキサスが着るはずだった物らしい。

 「しまっておいても仕方がないですし。使って貰った方がお婆さんも喜ぶはずですから。」

 国民たちがヘルローズを可愛がる理由が良くわかる。

 「君は、本当に沢山の人たちに愛されて暮らしていたんだね。…その愛情が今でも君を助けているなんて…凄く、素敵だと思うよ。」

 寂しくないはずがない。

 誰かを恋しく思わないはずがない。

 母親を亡くした俺がそうだったように。

 祖母を亡くした俺がそうだったように。

 それでも『沢山貰った』思い出たちを【幸せ】だと言えるその強さが、俺には眩しいと思った。

 「ヘルローズは、とても強くて優しい、素敵な女性だ。」

 俺の言葉に、頬を染め照れ笑いする彼女を愛しいと思った。



 ヘルローズの看病の甲斐があり、俺は目を覚ましてから3日もすると、体力が戻ったことを自覚する。

 寝てばかりいるのも飽きるし、何より、申し訳ない気持ちになるため、へルローズに簡単な仕事をさせて欲しいと申し出た。

 「体調も戻ったし、俺にも何かさせてくれないか?ただ飯食らいでは居心地が悪いんだ。」

 「でしたら…」

 彼女に案内されたのは、この城の蔵書室だった。

 室内に入るなりカビの臭いや、インクの臭いでむせ返る。

 目の前に広がる光景は棚に入り切らない書籍や書類の束が散乱する、何者かが暴れた後の物置のような有様だった。

 「ゴホッゴホッ」

 「あ、今空気を入れますね!」

 ヒルローズは部屋の片隅にあるハンドルに走り出す。

 どうやら、あのハンドルを回すと壁の上方についている空気取りの窓が開くようだ。

 「ああ、力仕事だから俺がやるよ。」

 へルローズから仕事を奪うようにハンドルを回し始めると、不思議と指先がチリチリと静電気が走るような感覚を覚えつつ、力を入れなくてもするするとハンドルは回り始めた。

 「力は必要なかったんだね?」

 「ふふっ。それはバルドルさんの魔力量があるからですよ?普通の人なら魔力量に応じて重くなるのです。」

 へルローズの説明を聞き、先程まで指先がチリチリしていた感覚は、魔力が吸われていたからだと知り、少し楽しくなった。

 異世界に召喚されて、沢山の驚きや発見はあったが、ここに来てやっと『ファンタジー感』を実感出来る余裕が生まれたことに気付いたからだった。

 「そっか、魔法のある世界なんだよな〜。」

 俺の呟きを聞いたへルローズが不思議そうに首を傾げる。

 そんな姿さえ可愛いのは、俺は既に彼女に惚れているのかもしれない…と一瞬思うのを本能的に止めた。

 「バルドルさんが元いた世界は、どんな所だったんですか?」

 へルローズの疑問に、俺は以前の生活を思い出しながら答えつつ、床に散乱した書籍たちを集め出す。


 魔法はないけど、科学や化学が発展した世界だったが…よく考えてみれば、ほんの200年やそこらで発展させた人間たちの偉業が詰まった世界だったと振り返る。

 鉄の塊を水に浮かべたり、空を飛ばせたり、映像を映したり、声を届けたり…。

 よくよく考えてみれば、脳や心臓の手術って神業ではないか?裸眼で目視出来ない小さな血管さえも繋ぎ合わせて元通りにしてしまえるのだから。あの世界の医者はもはや神だったのかも…んなわけあるか!?これは…ホームシックのようなものだろう。

 「なんだか、凄く夢のような世界ですね!キラキラと光る街や、音楽が流れる生活なんて、想像出来ないくらい素敵なんでしょうね。」

 「………人間は、どんなに素晴らしい物でも慣れてしまえば当たり前になるんだ。当たり前はそのうち飽きられてしまって、どんなに素敵でも時代遅れだと捨てられて忘れられていくんだ…。」

 かつての俺もそうだった。

 そうであることに気付けないくらい、新しい技術が発表されれば、古い物は捨て去ってしまうような…薄情な奴だっだ。

 中学生の時に、祖母(ばあ)ちゃんに強請って買ってもらったスマホがそう…。あれから何台買い替えたのだろう。新しい機能が付いたと聞けば欲しがって…欲しがったくせに、大して使いこなせないままに飽きてしまう。

 「でも…お話を聞いていると、新しい技術?の元は今までの古い技術だったりしていますよね?それって、子どもが大人になるみたいに、物も成長しているってことではないんですか?」

 へルローズの言葉に息を呑む。

 「君は…本当に賢いね…。」

 俺のなんてことない、バラバラな時間軸の取り留めのない話を聞いて、そこまで分かる人間がいるなんて。

 そうだ。技術の発展にはそれまでの試行錯誤と歴代の遺物がある。

 テレビが白黒からカラーになり、ダイヤル式からボタン式になりリモコン式になったように。ブラウン管が液晶になったように。

 「物も成長している…か。」

 俺自身、今ある物を大切に扱う気持ちが希薄になりがちだったことに、嫌悪感を抱いていたのかもしれない。

 自己嫌悪というやつだ。


 「この部屋は、義父や師匠と一緒に過ごした思い出の場所なんです。あそこにある傷は、酔った義父が転んで頭をぶつけた跡で、この棚の落書きは師匠が調べ物をしていた際に、紙がなくて咄嗟に書いたメモ。このカーペットのここだけ色が違うのは、私が花瓶を落としたから。」

 懐かしむ様子で話すへルローズの言葉に合わせて、それぞれの場所に視線を移す。

 壁の傷…というより、ほぼ穴が空いているんだけど、先代の王はどんだけ石頭だったんだ?棚の落書き…落書き?木製の棚の木目に沿って書かれたそれは、模様のような棚との一体感がある。花瓶を落としたら赤いカーペットが白いカーペットになるのだろうか?花瓶の中身って水だよな?しかも少し溶けた痕がないか?

 本能的な判断で、異世界ファンタジー感を深掘りしないことに決めた俺は、無言で部屋の整理に没頭することにした。


 エーリューズニル城での生活の中で分かったことがいくつかあった。

 この国はヘルローズが生まれるより前に、国の特殊な気候で飢えに苦しむ国民を助ける為に、子供や若者たちを中心に隣の国へ亡命させた結果、年寄りばかりの国になった。国王の采配で、吹雪からも守られる結界(シールド)を施した城の中に新たな村が作られた頃、赤ちゃんだったヘルローズがこの国に流れ着いた。ヘルローズを見つけた国民たちが当時の国王だったロキサスに懇願し、ロキサスの養子として国民全員に可愛がられて育ったものの、老齢の国民たちは徐々に命を落としていった。

 とうとう6年前に前王ロキサスも息絶え、最後の重臣で、ヘルローズの魔法の師でもあった男も3年前に死んだ。

 城の近くにみんなの墓があるらしく、ヘルローズの日課は結界(シールド)を作る魔道具に魔力を込め、墓参りをし、畑を耕し、森にかけた罠を見に行き、食事の支度をしながら城内の掃除や洗濯をこなし、最近では俺の世話まで追加され…

 「ヘルローズは働きすぎだよな。」

 まだ18歳だというヘルローズが、28歳の俺よりも働いている姿は、痛々しい。

 寂しくなかったのではなく、寂しさを感じる余裕がなかっただけじゃないのか?

 無言で俺を見つめてくる白いフクロウのような聖獣に話しかけるも、返事はない。

 …当たり前だよな。

 聖獣とはいえ、鳥だもんな。

 俺は息を一つ吐くと、ヘルローズの仕事を減らすべく、毎日畑に向かうことにした。

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