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*3*  エーリューズニルの王女

 『かろうじて勇者』は、いくつもの山や谷や街や海を越えて、約1年かけて目的地である『ヘルヘイム』らしき土地に到着した。


 当初5人いたはずのパーティーメンバーだったが、ミズガルズ国を出て3か月。アースガルズ神国の夜の街で、ヘルモーズ王子が脱退。

 『私は魔王討伐なんてどうでも良い。そんなことより!この花街を端から端まで制覇したい!』

 王子のたっての希望ならば仕方がない。不敬罪になりたくはないと考えた俺たちは、王子とはアースガルズ神国で別れた。

 この時、ヘルモーズの頭上には桃色の丸と『色欲中毒』文字が浮かんでいた。


 その2ヶ月後に立ち寄ったエルフ族の国、アルフヘイム帝国にて、突如ノルンが

 『忘れていたけど、爺さんが死にそうって連絡受けてたし、実家に帰るわ。』

 と言い出したため、「家族は大事にした方が良い」と言ってノルンと別れた。

 灰色の丸と『ハイペテンエルフ』を頭上に掲げたノルンが去って数時間後に、ミズガルズ国王からテュールが賜わった金貨入れが無くなっていることが発覚した。


 それから3か月半後に海沿いの国ニザヴェッリルで、テュールは運命の出会いをし、別れた。

 興奮したテュールによると、『幻の鍛冶場』と呼ばれる、武器職人なら誰でも憧れを抱く『炉』があったのだそう。

 彼は青い丸のままで、ただの『武器職人』に成り下がっただけだった。

 …変な称号になっておらず、俺は内心ほっとした。


 ちなみに、魔術師ヘイムダルは、いつの間にか居なくなっていた。…きっと第二王子ヘルモーズの護衛か何かでついてきただけだったのではないかと俺は思った。


 こうして、『かろうじて勇者』のパーティーは1年も保たずに解散したことになる。

 メジャーデビューを目指して集まったという、大学時代の友人が所属していたバンドより早い解散だった。


 召喚された俺には、この世界に帰る場所があるわけでも、行きたい場所があるわけでもないので、とりあえず当初の予定通りに北の大地ヘイムダルを目指すことにした。

 魔王討伐は無理だけど、この世界で出会った人たちを思い出した時、『もしかして…魔王より、この世界の人たちの方がヤバいんじゃないか?』と思えたからだ。

 小学生の時に母親を事故で亡くし、母子家庭だった俺は祖母に引き取られて育った。そんな祖母も俺が大学を卒業して間もなく他界した。老衰だった。

 内定を貰っていた大手商社への就職を諦め、祖母の葬儀が終わってから再度、就職活動をし始めた俺を拾ってくれたのが、俺の永遠のライバルにして、恩師である社長だった。

 そんな社長の言葉を俺はこの旅の途中、事あるごとに何度も思い出した。

 『流士。本当に悪い奴は善人の仮面を被っているもんだ。1時間も話せば、どんなに分厚い仮面を被っていたとしても分かる。自分本位なことを、さも誰かのためだと言い張るから。案外、本物の善人ほど悪い噂を立てられたりもするのも、こういう悪人共が善人の足を引っ張りたいからかもなぁ。』

 この世界で出会った人たちの中で、俺が『この人は善人だ』と思えた人は唯の一人もいなかった。

 ヘイムダルへの船を出してくれる人などいるはずもなく、なけなしの金で買った小さなおんぼろ船を自分で改修し、海を渡り(潮に流され)ながら何度も考えた。

 ミズガルズ国に戻るのは正直、勘弁だ。花街のあるアースガルズ神国にも興味を持てなかった。エルフの国であるアルフヘイム帝国ではエルフ族からの差別発言に心を(えぐ)られたし、ニザヴェッリルの国全体に漂う臭いは慣れる気がしない。

 「魔王だって話せば分かる奴かもしれないよな。本当は善人で、悪人共に勝手な悪い噂を流されただけかもしれないし。氷に覆われた国なら臭いもないだろう。とにかく、行くだけ行ってから考えたって遅くはないんじゃないか?」

 そうしてたどり着いた、地図では『ヘイムダル』と書かれた大地に降り立った俺は、見渡す限り雪と氷に覆われた景色の中で、既に路頭に迷っていた。


 「参ったな…。どう考えても凍死する未来しか想像出来ない事態だ。」

 アニメやゲームなら、一目瞭然で見えるはずの魔王城が見えない。

 視界は吹雪で遮られ、この世界の防寒具は全く寒さを防いでいない。

 既に膝から下の足の感覚を失いつつあり、容赦なく雪が吹き付けてくるもんだから、顔が痛い。

 魔法を使いたくても、吹雪と寒さで削られていく体力の消耗の激しさのせいで、魔力を出せない。

 垂れた鼻水と涙が凍っていくのが本能で分かる上に、目の前にちらつくステータス画面の表示が赤く点滅し、警告音を鳴らしている。

 「いつの間にか、【称号】に『異世界料理人』が追加されてやがる…。」

 警告音が脳内に響く中で、俺は意識を手放した。




 召喚された世界で死んだら、俺の魂は何処に行くのだろう。

 元の生活に戻る?

 それとも母親や祖母のいるあの世に行くのか?

 どっちでも良いけど、そういや俺の住んでた、祖母(ばあ)ちゃんから引継いだ家はどうなっているのだろう?

 ゴミも溜めちゃってたし、もしそこに俺の死体があったりしたら…とんでもなく迷惑な孤独死じゃん。

 孤独死した家を掃除する…特殊清掃員だっけ?来るのかな…。変な薬撒かれて、うちが事故物件になるのかぁ。

 うわぁ〜。祖母(ばあ)ちゃんにあの世で説教されるの確定じゃん。

 「…祖母(ばあ)ちゃん、…ごめん。」

 「……ここにお婆さんは居ませんよ。」


 ………!?


 あれ?

 「俺、死んでない?」

 「生きてます。」

 俺の疑問に1つ1つ答えてくれる声の方を向けば、黄金に輝く長くフワフワした髪を無造作に束ね、白い肌に赤みを帯びた頬、長い睫毛と大きな青い瞳をした…天使がいるのならこんな感じだろうな…と誰もが思うだろう美少女が、くすっと笑いかけていた。

 「あなた、雪の中で凍っていたんですよ?私の聖獣が見つけて、3日間お湯に浸けて十分に解凍してから心臓を動かしたので、まだ無理をしないで下さいね。」

 ん?

 3日かけて解凍?

 心臓を動かした?

 それは…つまり、少なくとも3日間は死んでたってことか?

 「何で俺は生きてるんだ?!」

 理解が追いつかずパニックになる俺に、天使のような少女は同じ言葉を繰り返した。

 「3日間お湯に浸けて十分に解凍してから心臓を動かしたので、生きてますよ。」

 ………。

 ああ…そうか。この世界ではこれが常識なんだな。

 「…そっか、ありがとう。こんな俺をここまで運んだ上に、手間をかけさせてしまったね。」

 心から申し訳ないと頭をさげれば、天使のような少女は首を横に振る。

 「助けられる命なら助けることは、人として当たり前です。私はあなたが助かって良かったと思っています。」

 「…マジで天使なのかな?」

 俺は3日間死んでいたせいか、召喚されてからずっと目の前に見えていた、ステータス画面がないことに気付いたものの…毒舌な言葉が並ぶそれが見えないことに安堵した。

 よく考えれば、勝手に他人の個人情報が見えていた時点で、プライバシー保護法違反だったんだよな。

 勿論、そんな法律がこの世界にはないけれど…俺自身が後ろめたい気持ちになるのだ。

 それに、目の前の彼女のステータスが『魔女』だの『悪女』だの書かれていたら…きっと俺は悲しみの果てに涙が止まらずに脱水症状を引き起こす自信がある。

 あんなものは、見えない方が良い。

 

 「何か食べられそうですか?…と言っても、簡単な野菜のスープとパンくらいしかありませんけど。」

 「ありがとう。頂くよ。」

 俺の応えを聞いた『天使のような少女』は「少し待ってて下さいね」と言い残すと走って出ていった。

 一人残された部屋の中を、ふと横たわったまま見回してみる。

 以前、しばらくの間住んでいたミズガルズ国の王城の客間と、なんとなく似ているのは…この世界の建造物だからだろうか?

 いや…ここまでの旅の途中で立ち寄った宿屋はこんな感じではなかった。

 壁に壁紙が貼られていて、年代物の絵画が飾られていたり、暖炉に火が灯っていたり、テーブルの上にはお茶のセットが用意されていたり…なんとなく感じる高級感漂うここって、城じゃないのか?

 俺はヘイムダル国に入国したはずだ。

 ヘイムダル国の王城なのだとしたら…そこは魔王城ってことになるよな?

 え?じゃあ、ここに魔王がいるってことで、さっきの天使のような少女は…魔王に使えるメイドか何かか?それとも、魔王に連れ去られて来られた、何処かの姫君とか?

 いやいやいや。

 連れ去られて来たなら、あんなに自由に動けないだろう?

 魔王に監視付きで軟禁されているとか、地下牢に閉じ込められているとか…するはずだよな?

 じゃあ…、やっぱりメイドか?


 そんな疑問だらけの推察をしている間に、先程の天使のような少女が食事の乗ったカートを押して戻ってきた。

 「お口に合うと良いんですけど。」

 そう言って、ベッド上で上半身を起こした俺の脚の上に、湯気の立つ食事が乗ったお皿をトレーごとセッティングしてくれた。

 「スープはまだ熱いので、ゆっくり召し上がってくださいね。」

 微笑みながらそう言うと、部屋のテーブルの上に準備されていたティーセットでお茶を淹れ始める少女に問いかけた。

 「君はここで働いて長いの?」

 熱々の根菜が煮込まれたスープを口に運びながら、くるくるとよく働く天使のような少女の大きな青い瞳が少しだけ見開かれたように見えた。

 「えっと、私はこの城の主ですので…働いているのとは違うと思います。」

 思いもよらない回答に、(むせ)る。

 「え?この城の主?」

 「はい。…とは言っても、この城…いえ、この国にいる人間は私だけですので、主と言っていいのか分かりませんが。ここに住んでます。」

 少し恥ずかしそうに微笑む姿は、もう『天使のような魔女』でも良いような気がしてきた。

 「待って、この国ってヘルヘイム国だよね?え?魔王は?魔王ロキって何処に行ったの?」

 「この国はエーリューズニルですよ。3年前に義父である前王ロキサスが死んで、今はその養子である私が王女ということになります。」

「え…エーリューズニル?」

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