自転車こぎ太郎 〜ぼくは20年ぶりのヒーロー〜
このお話は、長いあいだ物置で眠っていたママチャリ「こぎ太郎」が、再び家族の役に立ち、そして小さな命を救うまでを描いた物語です。へこたれない心と勇気を感じていただけたらうれしいです。
〈ものがたり〉
町のはずれの小さな家の物置に、一本のくもの巣がずーっと張られたままになっていました。
そのくもの巣の下には、古いママチャリが一台。
名前は 自転車こぎ太郎。
むかしむかし、こぎ太郎は大活躍の自転車でした。
毎朝、ママといっしょに幼稚園へ子どもを送り届け、
帰りには買い物袋をいっぱい乗せて、家まで走りぬきました。
けれどある日、ママは新しい自転車を買いました。
「こぎ太郎、いままでありがとうね」
そう言われて、こぎ太郎は物置の奥へ。
そのまま 二十年。
明かりも届かない物置の中で、こぎ太郎はずっと静かに眠っていたのです。
ある夏の午後、物置の扉がギイッと開きました。
開けたのは、この家の息子で、すっかり大人になった 洋一。
「おや? ここに自転車なんてあったのか」
洋一はほこりまみれのこぎ太郎を見つけ、持ち上げて庭に運び出しました。
タイヤはぺちゃんこ、チェーンはさびだらけ。
でも洋一は、子どものころ、毎日この自転車のカゴに乗っていたことを思い出し、
「なおしてみるか」と工具を手にとったのです。
ガチャガチャ、キュッキュッ。
こぎ太郎は、とても気持ちよさそうにしていました。
また走れるかもしれない。
そう思うと、胸がドキドキしました。
ちょうどそのころ、洋一の家の バッテリー付きの高い自転車がこわれてしまいました。
「どうしようかな」
洋一が首をかしげていると、奥さんの さつきが言いました。
「私、運動しろってお医者さんに言われてるから、この古いママチャリを使おうかな」
こうしてこぎ太郎は、二十年ぶりに道へ戻りました。
最初の日、さつきはこぎ太郎にまたがると、
「よーし、幼稚園まで行ってみよう!」と元気よくこぎ出しました。
風がほっぺたにあたって気持ちがいい。
こぎ太郎は、二十年前と同じように、心の中でガッツポーズしていました。
さつきは毎朝、こぎ太郎に子どもを乗せて幼稚園へ向かいます。
帰りには買い物袋をカゴにのせて走ります。
「こぎ太郎、今日もお願いね」
「まかせておくれ!」
こぎ太郎が返事をしているように感じ、さつきは思わず笑ってしまいました。
そんなある日――
こぎ太郎に、二十年ぶりに“大事件”が訪れるのです。
その日は、朝から少し風が強い日でした。
さつきが子どもをカゴに乗せ、幼稚園へ向かっている途中。
突然、子どもが言いました。
「ママ、ぼうしが飛んじゃった!」
見ると、子どもの帽子が風にあおられ、道の向こうに転がっていきます。
その先には―― 大きな道路。
「危ないから待って!」
さつきが声をあげた瞬間、小さな影が横から飛び出しました。
近所の小学1年生の男の子・カンタが、帽子を追って道路へ駆け出したのです。
そのとき、
ブォォォン――!
角からトラックが現れました。
さつきは、思わず叫びました。
「カンタくーん、止まって!!」
しかし、カンタは帽子から目を離せません。
——どうする!?
さつきも動けません。
その瞬間、こぎ太郎は 自分でハンドルを切った のでした。
「つかまってて!」
そう言っているように、ぐんっと前へ走り出します。
さつきは驚きましたが、ハンドルにしっかりしがみつきます。
こぎ太郎は全力でペダルを回し、
カンタと道路の境目に、キキィッと音を立てて飛び込みました。
前輪がカンタの前にスッと入り、
カンタの進路をふさぎ、ギリギリのところで止めたのです。
トラックは、こぎ太郎のすぐ横をザァッと音をたてて通りすぎていきました。
「……あ、あぶなかった……!」
カンタもさつきも、おどろきで足がふるえるほどでした。
カンタのお母さんもすぐに駆けつけてきて、
「助けてくれて本当にありがとう!」と何度も頭をさげました。
さつきは、こぎ太郎のハンドルをそっとなでながらつぶやきました。
「こぎ太郎、あなた……動いたよね?」
こぎ太郎は、何も言いません。
でもハンドルがふるふるっと震えた気がして、
さつきは「やっぱりね」と微笑みました。
その日から町では、こんなうわさが流れるようになりました。
「古いママチャリが、子どもを助けたんだって!」
「ええっ、ほんと!?」
こぎ太郎は、ちょっぴり照れくさそうにキュウッとブレーキ音を鳴らしました。
それからもこぎ太郎は、毎日さつきと子どものために走り続けています。
洋一はバッテリー付き自転車で通勤し、家族みんなが元気に暮らしています。
二十年の眠りから目を覚まし、
誰かを助けるヒーローにまでなったこぎ太郎。
今日もどこかで、
「よし、がんばるぞ!」
という頼もしい声が、聞こえてくるようです。 おわり
こぎ太郎は、どんなに時間がたっても、誰かを助けたいという気持ちを忘れませんでした。古いものにも大切な力があります。この物語が、身近なものを大切にする心につながれば幸いです。




