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第四話 腐った秩序



朝。


曇った空から、雨のような湿気が降っていた。


外庭の空気は泥と汗の匂いで重い。


囚人たちは昨日と同じように列を作り、石を運ぶ。


レインは列の中ほど、前を歩くエルドの背中を見ていた。


骨ばって、細い。


歩き方にぎこちなさがある。


昨日の疲れを引きずっているのだろう。


(悪くない。脆い奴の方が、動かしやすい)


作業場の隅では、黒い囚人服の男たちが群れていた。


彼らはこの監獄の古株。


力も、言葉も持っている。


誰が生き残るか、誰が消えるかを決める“非公式の支配者”たちだ。


鞭の音が鳴る。


倒れた囚人の背中に、赤い筋が増える。


誰も助けない。


その横を看守が通り過ぎる。


見ても、何も言わない。


(……これが、この牢の秩序か)


ルールは単純だ。


暴力が支配し、沈黙が安全を守る。


それ以外の手段は、ここでは無力。


だがレインにとって、それは最高の環境だった。


力のない場所ほど、言葉が強くなる。


そして、信じた者から死ぬ。


昼。


配給の時間。


桶に入った粥が配られる。


熱くも冷たくもない、味のない灰色の液体。


エルドは隣でそれを受け取り、少しだけレインの方を見た。


「……ありがとう」


「何がだ」


「昨日……声をかけてくれた」


レインはわずかに目を細めた。


「気にするな。退屈しのぎだ」


エルドは少し黙り、それでも小さく笑った。


(こういう笑いは脆い。希望のかけらを掴もうとしている顔だ)


その時、向こうの列で揉め事が起きた。


黒服の囚人が、粥を奪ったのだ。


押し倒された若い男の頭が石に当たる。


血が広がる。


看守は……動かない。


黒服の男が笑った。


「文句ある奴は言ってみろ」


誰も動かない。


空気が一瞬、硬くなる。


レインはエルドの方を見ず、小さく呟いた。


「名前、知ってるか。あの黒服の」


「……あれはヴォルグ。ここのまとめ役だ。看守と繋がってる」


「なるほど。じゃああの血は、税金みたいなもんだな」


エルドが眉をひそめた。


「税金?」


「払うやつがいなきゃ、支配は成り立たない」


エルドは何も言わなかった。


ただ、わずかに背筋を伸ばした。


その動きだけで、レインには十分だった。


(恐怖は行動を止める。だが、理解は人を縛る)


(ヴォルグを倒す必要はない。彼の“支配の原理”を使えばいい)


夕方。


作業が終わり、囚人たちは再び列に並ぶ。


足音、呼吸、沈黙。


その中に、微かな異音が混じった。


金属の落ちる音。


レインが横を見ると、エルドの鎖が外れていた。


看守がすぐに気づく。


「何やってる!」


鞭が振り下ろされる。


だがレインは、ほんの一瞬だけ体をずらした。


鞭の先が空を切り、地面を打つ。


「すみません、監督。こいつ、手首の環が緩んでました。俺が気づいて……」


「お前が?」


「はい。外れたままだと危ないと思って」


看守は眉をしかめた。


数秒の沈黙。


やがて、短く吐き捨てる。


「……次は気をつけろ」


去っていく。


エルドは息を詰め、震えた声で言った。


「今の……助けてくれたのか?」


レインは表情を変えなかった。


「助けたわけじゃない。目立たれると、こっちまで巻き込まれる」


「それでも……ありがとう」


「礼はいい。その代わり、明日一つ聞かせろ」


「な、何を」


「ヴォルグが看守とどんな取引してるのか。それだけでいい」


エルドは口を閉ざしたまま頷いた。


レインは視線を前に戻した。


何もなかったかのように歩く。


頭の中では、既に次の盤面が描かれていた。


(暴力の支配には、支えがいる。その支えを知れば、崩せる)


(ヴォルグの背中には看守。その看守の背中には……誰がいる?)


夕暮れの光が壁を染める。


誰もが黙って歩く中で、レインだけが小さく呟いた。


「……そろそろ、嘘を使う頃だ」

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