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最終話 灰の夜明け

炎が壁を這い、


天井を支えていた梁が軋みながら崩れ落ちた。


煙が視界を奪い、囚人たちの叫び声が渦を巻く。


レインは腕で口を覆い、


視界の端で倒れた看守を確認した。


まだ息はある。


その鍵束を奪い取ると、隣の牢の錠を開ける。


「エルド、来い!」


「マジかよ……本当に行くのか!?」


「行くしかない」


鉄格子が軋みを上げて開く。


熱風が通路を吹き抜け、


その向こうで爆発音が続けざまに鳴り響いた。


「脱走だ!」


誰かが叫んだ。


次の瞬間、牢の奥で暴動が弾けた。


囚人たちは鎖を振り回し、


倒れた看守の装備を奪って走り出す。


レインはその群れを避けながら、


冷静に通路の奥を見据えた。


(……ここで群れに乗れば、外に出る前に殺される)


「エルド、右だ」


「右? 出口は逆だろ!」


「出口は“見せかけ”だ。


本当の抜け道は、“火が広がる方”にある」


エルドが目を見開く。


「お前、そんなもんどうやって——」


「構造を見てた。


煙の流れが上に向かわない箇所がある。


つまり“空気が引かれてる”。


換気用の抜け道があるはずだ」


二人は焼け落ちた天井の下をくぐり抜け、


崩れた壁の隙間へと滑り込んだ。


煙の層を抜けた先は、狭い石造りの通路。


壁には古い刻印が残り、


地上へと続く風の流れが微かに感じられた。


「……まさか、こんな場所が」


「多分、昔は輸送用の通路だ。


記録上は塞がれてる。


だが——“記録”を信じるのは馬鹿の仕事だ」


レインが微笑む。


その口元には、久々に“生きる男”の熱が宿っていた。


一方その頃、上階。


ハルド看守長は煙の中を走っていた。


部下が叫ぶ。


「管理局の兵が来ています! 指揮権を奪われます!」


「構うな、レオンを隔離室へ運べ!」


「しかし——!」


「命令だ!」


ハルド看守長は立ち止まり、


燃え落ちる天井越しに空を見上げた。


炎の向こう、朝日が灰の雲を割って差し込む。


(……この混乱は、計画されたものだ)


「上の連中が何を隠そうとしてる……?」


思考を断ち切るように咳き込み、


煙の中へと再び踏み出した。


地上への通路を抜けたレインたちは、


焼け焦げた外壁の裏手に出た。


冷たい風が頬を撫でる。


空は灰に覆われ、朝日は霞んでいる。


「……出たな」


エルドが息を吐く。


「マジで脱出しちまった」


「違う。


“逃げた”だけだ。


ここからが本当の勝負だ」


レインは燃え落ちる監獄を見つめた。


その目には炎よりも冷たい光。


(ブロス、見てるか……


あんたの嘘と、俺の真実。


どちらが長く生き残るか、見届けてくれ)


灰の夜明けが訪れた。


それは自由の兆しではなく、


“嘘のない戦い”の始まりを告げる光だった。


……灰色の風が吹き抜ける。


レインとエルドは、焼け落ちた監獄を背にして歩き出した。


だが、そのときだった。


背後でガサリ、と瓦礫の音。


レインが即座に身構える。


煙の中から、ぼろぼろの囚人服を着た男が這い出してきた。


「……おいおい、マジでお前らだったとはな」


声を聞いて、エルドが目を丸くする。


「グレン……!? 生きてたのか!」


「死ぬかよ。煙の流れが変わった時点で、


“ここが抜け道だ”ってピンときたんだ。


……泥棒の勘ってやつだな」


グレンは肩で息をしながらも笑っていた。


「看守が逃げ出すより先に飛び込んでやったら、


まんまと外に出られた。運がいいぜ」


レインは短く息を吐く。


「運だけじゃない。


勘ってのは“生き延びたい奴”だけが持つ本能だ」


グレンがニヤリと笑う。


「お前もそうだろ、詐欺師さん?」


「詐欺師じゃない。“生存者”だ」


レインがそう言って前を向いた時、


朝の光が灰を割って差し込んだ。


「行こう。


この国が何を隠してるのか、確かめに」


グレンが肩を竦める。


「まったく……とんでもねぇ奴らに関わっちまったな」


だがその口元には、どこか誇らしげな笑みがあった。

読んでいただきありがとうございます。レインの物語はここで一度完結とさせていただきます。

新作も現在制作中です。

そちらもぜひ読んでみてください。

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