第二十話 欺きの種
翌日の昼下がり。
鉱石搬送の作業中、レインは汗で汚れた手を拭いながら、
周囲の会話を聞き逃さぬよう耳を澄ませていた。
囚人たちは低い声で囁き合っている。
「レインが犯人を知ってるらしい」
「看守が刺したって噂もあるぞ」
「馬鹿言うな、看守がそんな真似をするか」
狙い通りだ。
“真実”という名の毒が、静かに広がっていく。
(焦るな。獲物は自分から口を滑らせる)
レインはわざと黙り込み、
囚人たちの好奇の視線を受け流すように動いた。
その時、背後から声が飛ぶ。
「おい、詐欺師」
振り向くと、そこにレオンが立っていた。
無表情のまま、腰に手を当てている。
「作業を怠けるな。
……それとも、何か企んでるのか?」
「企むのが俺の仕事みたいに言いますね」
「実際そうだろう?」
レオンは睨みつけながらも、
声にはどこか焦りがあった。
(図星を突かれたか……。
動揺してる。やっぱり“あいつ”だ)
レインは軽く首を傾げて笑う。
「そういえば、レオン看守。
ブロスのこと、ご存じなんですか?」
「なに?」
「傷の角度が上からだったって。
……あんたが見たのかと思いまして」
レオンの眉が跳ねた。
「誰から聞いた」
「ただの噂ですよ。
でも——“見た人がいる”なら、それは貴重な証言だ」
レオンは一歩踏み出す。
「囚人風情が……何を探ってる」
「真実です」
レインの声は低く、静かだった。
「あなたの焦り方を見れば、
“俺の話が図星”だとわかります」
「貴様……!」
怒鳴りかけたレオンの腕を、
別の看守が掴んだ。
「やめろレオン、囚人に手を出すな!」
「こいつは——!」
「落ち着け! 看守長の命令だ、手を出すな!」
その名を聞いた瞬間、
レオンの顔色が変わった。
(……ハルド看守長も、動いてるか)
レインは何も言わず、
スコップを持ち直して再び作業を続けた。
だが、その唇の端には確かな確信が宿っていた。
夜。
牢の中、エルドが小声で囁く。
「わざと刺激したのか?」
「そうだ。反応を見たかった」
「で、確信したのか?」
「……あぁ。
“レオンは誰かを恐れてる”。
つまり、あいつの背後に本当の黒幕がいる」
「黒幕?」
「ブロスが言ってた“上の者”だ」
レインは天井を見上げた。
「ただ、今はまだ動けない。
奴らは必ず“次の一手”を打つ。
俺はその瞬間を待つだけだ」
エルドが息を呑む。
「お前……何をする気だ」
レインは笑わずに答えた。
「詐欺師の基本だよ。
“信じるふり”をして、“疑いを植える”。
——欺きの種は、もう撒いた」
その夜、風が牢の隙間を抜け、
松明の炎が揺らいだ。
その光の中で、
レインの瞳は静かに輝いていた。




