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第二話 獣たちの静寂


牢の扉が開く音で、時間の流れを思い出した。


「起きろ!」


低い声と同時に、鎖の音が連鎖する。


鉄の鍵が回る音が、やけにゆっくり聞こえた。


レインは目を開け、すぐには動かない。


動作を半拍遅らせる。


囚人の中で“異常に反応が早い者”は目立つからだ。


棒が格子を叩く。


「生きてんなら動け!」


言われてからようやく体を起こし、膝をつく。


その間、視線だけを横に走らせる。


隣の牢では、髭面の男が寝藁を抱えて立ち上がった。


無言だ。


目が合いかけた瞬間、男はわずかに目を逸らした。


(……睨み合い禁止、ってことか)


列を作らされ、通路を進む。


狭い石壁に、灯りが等間隔に掛けられている。


油の臭いが鼻につく。


火を扱う者は看守だけだ。


歩きながら、レインは数を数えた。


通路の曲がり角が三つ、階段が一つ。


外に出るまでに扉が四つ。


鍵はすべて異なる形をしていた。


(作りは雑だが、統制は取れてる。管理してる奴が一人じゃない)


外庭に出る。


空は曇っていた。


厚い雲の隙間から、光が鈍く落ちている。


風が土の匂いを運び、囚人の汗と混じって重たくなる。


囚人たちは無言で石を運び、木槌を打つ。


鞭が音を立てるたび、誰かの背中がのけぞった。


倒れても誰も助けない。


助けた方が次に殴られる。


(統率じゃない、恐怖で保ってるな)


レインは一番後ろの列につき、黙って石を持ち上げた。


重量、角度、腰の動き。


何人かは力任せに動き、すぐに息を上げている。


効率の悪い動作。


彼は、ただ観察する。


(利き手の癖、足の開き方、目の焦点。体の動きには“生きる意志”が出る)


(ここの連中は、ほとんどがそれを失ってる)


作業の合間、看守が通りかかった。


無精髭の太った男。


鞭を肩にかけ、口の端で唾を吐く。


「よぉ、新入り。喋れるか?」


レインは答えず、ただ視線を下げた。


「聞こえねぇのか?」


再び声が落ちてくる。


ゆっくりと顔を上げた。


「……はい」


「元気そうで何よりだ。初日で動けりゃ上等だ」


看守が笑いながら去る。


その背中を、レインはじっと見た。


右腰に鍵束、左腰に小型の短剣。


腰回りが重い。片足を引きずっている。


(……片膝、古傷。走れないタイプだ)


周囲の囚人たちは、誰も看守を見ない。


誰も何も言わない。


この場所では、沈黙がもっとも安全な言葉だった。


だが沈黙は、レインにとって“会話”と同じだ。


彼は沈黙の中に、秩序の形を見る。


午後になると、雨が降った。


石の地面に水が溜まり、冷たさが足元を這い上がる。


囚人たちは作業を続けた。


雨が止んだ頃、空気が一層重たくなる。


「止めろ!」


看守が叫び、列が止まる。


倒れた男がいた。


顔色は白く、唇が青い。


看守が靴でその肩を叩いた。


反応はない。


「こいつ、昨日も具合が悪かったやつだろ」


「はい、監督。息が荒いと……」


「連れてけ」


無造作に引きずられ、地面に血が残った。


レインは一度だけ、その跡を見た。


(死にかけの人間を“外”に運ぶ……処理場があるな)


看守の指が血で濡れ、近くの囚人の服を掴んだ。


「おい、お前、これ拭け」


命令された男は何も言わず、膝をついて血を拭った。


その指先が震えている。


(恐怖に慣れてねぇな。新入り同士か)


作業が再開される。


誰も何も言わない。


雨の跡が地面に残る。


空には太陽がない。


その沈黙の中で、レインは一つの確信を得た。


——この牢の中では、命よりも情報の方が動く。


血を拭いた囚人を、遠くから見た。


腰の動き、手の震え方、目の焦り。


あれは何かを隠している。


(……こいつ、何か知ってるな)


レインはその男の顔を覚えた。


何も話さない。何も仕掛けない。


ただ、覚える。


罠の形を知るために。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

少しでも印象に残る場面や言葉があれば幸いです。


感想・レビュー・ブックマークなど、

どんな形でも応援していただけると今後の制作の励みになります。


――次の話でも、彼はまた“何か”を欺くでしょう。

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