第十九話 沈黙の秩序
翌朝。
監獄はいつになく静かだった。
囚人たちは誰もが口を閉ざし、
鉄格子越しに交わされる視線さえ、恐れを含んでいる。
ブロスが倒れ、今も生死の境を彷徨っている——。
その話が広がるたび、
「誰がやった」「なぜだ」という囁きが増え、
やがてその矛先は、またしてもレインに向いた。
「詐欺師のくせに、看守長に気に入られてる」
「昨日も呼び出されてたろ」
「口先で裏切りを売ったんだ」
(……予想通りだ)
レインは壁に背を預け、
言葉よりも“耳”で世界を測る。
噂は生き物だ。育つ方向を間違えれば、自分を喰う。
(ブロスの言葉を信じるなら——
この中には、“上の者”と繋がってる奴がいる)
だが、敵の顔は見えない。
疑いは既に囚人たちの間に浸透しており、
不用意に動けば自分も潰される。
その時、通路の向こうで看守の怒声が響いた。
「二列に並べ! 労役の準備だ!」
作業場は鉱石を砕く坑道。
湿気と鉄の匂いに混じって、
囚人の息と怒号が飛び交う。
レインはスコップを動かしながら、
視線の端で周囲の様子を観察していた。
その中に——一人、違和感がある。
若い看守。名前はレオン。
ここ数日、彼の動きが妙に不規則だった。
休憩時間でも周囲を見回し、
同僚とほとんど口を利かない。
(あいつか……?)
午後。
坑道の奥で、囚人の一人がスコップを落とした。
甲高い金属音。
その瞬間、レオンが異常に反応した。
腰の剣に手をかけ、辺りを警戒する。
「……過敏すぎだな」
エルドが横で囁く。
「お前、何か見つけたのか?」
「まだ。
けど、あいつは“自分が狙われてる”と思ってる顔だ」
「逆に言えば、何か隠してるってことか」
レインは小さく頷いた。
夜。
牢に戻ったレインは、
鉄格子越しに小声でエルドと話していた。
「明日、あいつの動きを確かめる」
「どうやって?」
「信頼を作るんだよ。
——今度は、敵の中で」
エルドが笑う。
「やっぱり詐欺師だな」
「違うさ。
今回は“真実”で釣る」
「真実?」
「『俺がブロスを刺した犯人を知っている』」
エルドが息を呑む。
「おい、それは……」
「嘘じゃない。
“知ってる”とは言ったが、“名前を知ってる”とは言ってない」
レインの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
(これで、誰が反応するかが見える)
鉄格子の隙間から差し込む月光が、
彼の瞳を淡く照らした。
その奥には、静かな光——計算と決意の光があった。




