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第十八話 声なき証言



夜が明けきらないうちに、


監獄の中庭にはいつもより多くの兵が立っていた。


囚人の数名が呼び出され、鉄鎖を鳴らして列を作る。


レインはその列の中で、


遠くの塔から漂う焦げた匂いに鼻をひそめた。


(火薬の臭い……? いや、治療用の焼き布か)


空気が重い。


昨夜の取調べ以降、看守たちの間でも緊張が走っていた。


そして、囚人たちの間では一つの噂が流れている。


——ブロスが生きている。


——だが、まだ何も喋れない。


レインの胸がわずかに高鳴った。


(やっぱり……生きてたか)


その時、看守長の声が響いた。


「レイン。お前だ。出ろ」


周囲の視線が一斉に向く。


グレンが眉を寄せて囁いた。


「気をつけろ。もう一度やられたら終わりだぞ」


レインは短く笑い、


「終わりかどうかは、話を聞いてからだな」


とだけ返した。


取調室。


昨日と同じ机、同じ松明。


違うのは——その奥に担架があることだった。


そこに、ブロスが横たわっていた。


顔色は悪いが、確かに息をしている。


胸には包帯、腕には焼き跡。


生命の線は細く、それでも切れていない。


ハルド看守長が壁際に立ち、


冷ややかな声で言った。


「奇跡だ。医師が“助からん”と言ったのに、生きてやがる」


「……いいことじゃないですか」


「いいかどうかは、これから決まる」


ハルド看守長はレインを見据える。


「奴が意識を取り戻した。


そして、お前に会いたいと言った」


レインの呼吸が止まる。


「俺に?」


「あぁ。何を言うつもりなのかは知らん。


だが、看守の前での面会を許可する」


ハルド看守長が頷くと、


医師がそっとブロスの口元に水を含ませた。


かすれた声。


それは、呼吸と痛みの合間を縫うようにして漏れた。


「レイン……そこに……いるか」


「いる。無理すんな。喋らなくていい」


「……お前……」


ブロスは、血の気を失った唇を震わせた。


「“嘘をつくな”って……言っただろ」


レインは目を伏せる。


「聞いたよ。あんたの最後の言葉、皆がそう言ってた」


「……違う……」


ブロスの目が、薄く開かれた。


焦点が定まらず、それでも真っ直ぐにレインを見ていた。


「“お前が嘘をつく”じゃない……


“嘘をつくな、レイン”だ」


取調室が静まり返る。


ハルド看守長が眉を上げた。


「どういう意味だ、それは」


ブロスは苦しげに続ける。


「俺を……刺したのは……“上の者”だ……


だが、レインを……巻き込みたくなかった……


だから……“嘘をつくな”って……言ったんだ」


レインは固まっていた。


自分が見抜いていた“矛盾”が、今ようやく裏付けられたのだ。


だがその代償に、ブロスは命を削っていた。


「やめろ、もう喋るな!」


医師が止めに入る。


だがブロスは最後に、


震える手でレインの方を指した。


「——“誰を信じるか”は……お前が……決めろ」


その言葉を残し、彼の腕が落ちた。


医師が慌ただしく動く。


ハルド看守長が短く命じた。


「心拍を保て! まだ死なせるな!」


レインはただ、その光景を黙って見ていた。


指先に、微かに震えが残っていた。


その夜、牢に戻ったレインは壁にもたれ、


静かに天井を見上げた。


(……あんたの言葉、ちゃんと聞いたよ)


(嘘をつくな、か)


鉄格子の向こうで、エルドが声をかける。


「どうだった?」


「……ブロスは、俺を庇ってた」


「庇って、あんな傷を?」


「そういう人間だった。信じる相手を選べない人種だよ」


エルドが低く笑った。


「お前と、どこか似てるな」


レインは何も返さなかった。


ただ、自分の胸の中に芽生えた小さな違和感——


“利用”と“信頼”の境目が、音を立てて崩れていくのを感じていた。



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