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第十七話 取調室の影


夜。


重い鉄扉が開く音が、石壁に低く響いた。


灯りは一つだけ。


取調室の真ん中、古びた木の机の上に置かれた松明が、


小さく炎を揺らしている。


レインは鎖で椅子に固定されていた。


両手首は擦り切れ、乾いた血がこびりついている。


扉の向こうから足音がした。


入ってきたのは、看守長ハルド。


背が高く、瞳は鋭い。


だが怒りよりも冷徹さを帯びている。


「よく眠れたか?」


「眠れるわけないでしょ」


「だろうな」


ハルドは机の上に分厚い書類を置く。


それは、牢内での全記録だった。


噂の発生、労役中の事故、囚人たちの動き。


そして──ブロス襲撃の記録。


「……ブロスはまだ意識が戻らん」


その一言に、レインの指が微かに震えた。


「生きてるのか」


「あぁ、皮肉なことにな。


腹を裂かれながらも、まだ息がある」


「助かってよかった」


「喜べる立場か?」


ハルドは冷たく笑った。


「奴の口が開けば、お前がどういう男かすぐわかる」


レインは黙った。


炎が揺れ、壁に影が広がる。


「……俺は何もしていない」


「そう言うと思った。


だが、“何もしていない”奴ほど厄介なんだ」


ハルドは書類を開き、一枚の紙を机に叩きつけた。


「ブロスを見つけた時、奴はこの言葉を吐いたそうだ。


——“あいつは嘘をつく”」


レインの心臓が一度だけ跳ねた。


「……ブロスが?」


「あぁ。


その言葉の意味、わかるか?」


レインは俯き、短く息を吐く。


「嘘をつく、か……俺の存在そのものだな」


「認めるか」


「認めても意味がない。


俺が嘘をついてるとして、


あんたは“どの部分”を嘘だと決めつけてる?」


ハルドが一瞬だけ眉を動かした。


レインは続ける。


「“俺が犯人”という結論に合わせて、


言葉の全部を嘘だと決めるなら、


俺が何を言っても同じだ。


——それは取調べじゃなく、処刑だ」


ハルドは机を拳で叩いた。


松明が大きく揺れ、影が暴れた。


「言葉で人を操るのは得意らしいな。


だが俺は違う。真実はひとつだ」


レインは静かに目を細める。


「“ひとつ”だと信じる人間ほど、


嘘にすがりやすい」


数秒の沈黙。


ハルドの眼差しが揺れた。


レインはその一瞬を逃さず、声を落とした。


「ハルド。


ブロスを刺したのは囚人じゃない」


「証拠はあるのか?」


「ない。でも、矛盾はある。


腹の傷は上から斜め。


あの牢の柵越しじゃ角度が合わない」


ハルドの目が細くなる。


「……それを誰から聞いた」


「見た。


血の形も、足跡も、


“外側から”じゃなく“内側から”の切り口だった」


沈黙。


ハルドが机の端を握る。


「つまり、看守の中に裏切りがいると?」


「そうだ。


俺を囮にして、何かを隠してる」


松明が音を立て、火の粉が散る。


ハルドの表情が変わった。


怒りでも憎しみでもない。


迷い。


「……もしそれが本当なら、


お前を処刑して終わりにした方が楽だな」


「楽な選択肢を取るのは、


いつも“嘘を信じる側”の人間だ」


その瞬間、ハルドはふっと笑った。


「お前、ほんとに詐欺師だな」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


取調べが終わった。


扉が閉まる直前、ハルドが振り返る。


「……ブロスの命は、まだ繋がってる。


もし目を覚ましたら——次は、お前と話させる」


レインは答えなかった。


ただ、心の奥でひとつだけ確信していた。


(ブロスは、生きてる。


それに——何か、伝えようとした)


静寂の中、松明の火がパチ、と弾けた。


その音が、まるでブロスの意識がまだどこかで燃えているかのように聞こえた。

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