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第十六話 疑念の檻


朝が来た。


空気が濁っていた。


湿気ではない。


人間の不信が染みついている。


ブロスは戻らなかった。


生きているのか、死んだのかも誰も知らない。


ただ、看守たちの顔つきが変わっていた。


——疑いと警戒。


鉄格子越しの視線が、刃物のようにレインを刺す。


「なぁ、昨日の夜……」


「聞いたか? 看守に近づいてたらしい」


「ブロスの名を呼んでたんだとよ」


噂は早かった。


そして、今回は止められない。


“秩序”を作るために使った仕組みが、今はレインを貫いていた。


(あぁ……そうだよな。


噂ってのは、誰にでも牙を向ける)


昼の労役。


グレンが小声で近づく。


「なぁ、あんた本当にやってないんだよな」


「やってたら、こんな顔してない」


「……まぁ、そうだな。普通ならもう喋ってる」


「普通じゃねぇのは俺の方だろ」


レインは微笑んだが、その目は笑っていなかった。


作業の途中、看守の怒鳴り声が響く。


「列を乱すな! 詐欺師の真似事は終わりだ!」


周囲の囚人たちが一斉に距離を取る。


空気が冷え、鉄の匂いが濃くなった。


その時、通路の奥に影が見えた。


長身の男。


看守長、ハルド。


無言で歩み寄り、レインの前に立つ。


「お前がレインか」


「そうです」


「ブロスに何をした」


「何も。……彼が倒れた時、俺は牢の中にいた」


「囚人の言葉なんざ信じられるか」


ハルドは棍棒を抜き、レインの顎を持ち上げた。


「詐欺師の舌を、切り落としてやろうかと思ったが……」


レインはその目をまっすぐ見返した。


「舌を切るより、耳を貸した方が楽ですよ。


今は誰も“話を聞く者”がいないでしょう?」


ハルドは動きを止めた。


数秒の静寂。


棍棒を引き下げると、吐き捨てるように言った。


「今夜、取調室で話を聞く。


——逃げようなんて思うなよ」


去っていく足音のあと、グレンがぼそっと呟く。


「お前……本当に死ぬかもしれねぇぞ」


「死ぬなら、“信じられたまま”死にたいね」


レインは壁にもたれ、乾いた笑いを漏らした。


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