第十四話 三日の猶予
**一日目 — 静けさの種**
朝の空気は湿って重く、曇天の隙間から光が落ちていた。
レインは黙々と石を運んでいた。
その背中を、数人の囚人が盗み見る。
(噂はもう回ったな。
——“あの囚人、看守と繋がってる”)
意図的に否定もしない。
否定すれば不自然に見えるし、
噂は否定された瞬間に“確信”へと変わる。
午前中、ヴォルグの取り巻きが一人、わざとレインの前に石を落とした。
挑発。
だがレインは一瞥もせず、崩れた石を積み直した。
無抵抗。無反応。
その様子を見て、周囲の囚人がそっと距離を取る。
昼の見回りのとき、ブロスが列を確認していた。
昨夜より、明らかに現場が静かだ。
報告書に書くほどではないが、
“体感的な秩序”が違う。
ブロスは無言でメモを取った。
【労役中の口論:0】
それだけ書き、松明を揺らして去った。
**二日目 — 小さな事故と小さな信号**
午後。
労役場で囚人が一人、積み上げた石を崩し、足を挟んだ。
叫び声。看守の視線が集中する。
ブロスが駆け寄ろうとしたその瞬間、
レインの声が飛んだ。
「誰も動くな!」
周囲の囚人が一斉に硬直する。
レインは崩れた石の向きを見て、短く指示した。
「上の三つだけ外せ。下は支えになる」
囚人たちが言われた通りに動くと、
足を挟まれていた男が救い出された。
ブロスはその様子を見ていた。
命令を出したわけでもない。
レインはただ“全員が従う空気”を作った。
作業が再開されたあと、ブロスは小さく声をかけた。
「……今の、どうやった?」
レインは手を止めずに答えた。
「見てただけだよ。誰が動けるか、どこが崩れるか」
「見てただけで命令できるもんか」
「命令じゃない。“必要”を言っただけだ」
ブロスは黙ったまま立ち去ったが、
その夜の巡回記録の片隅に、ひとことだけ書き加えた。
【事故対応:囚人間の協調有】
**三日目 — 見える秩序**
夜明け前。
ブロスは記録の束を見直していた。
——口論減。事故減。作業進行率安定。
どれも微妙な数字。
けれど、“たった三日”でここまで揺らぎが生まれるのは異常だった。
通路の奥では、囚人たちが列を整えている。
その中心に、レイン。
誰も彼に命じられたわけではない。
ただ、“あいつのいる方が安全”という共通認識が、
この牢の空気を変えつつあった。
昼休憩、エルドがレインに近づく。
「……お前、もう十分じゃないか?」
レインは水をすくって喉を潤した。
「十分? まだ始まりだよ」
「看守まで巻き込んで、何を作る気だ」
「“静けさ”だ」
エルドは眉をひそめた。
「静けさ、だと?」
「人は、静けさの中で初めて考える。
恐怖も、希望も、言葉もな。
静けさを作れば、考える時間が生まれる。
考える時間を持った奴は、次に“誰かを信じる”」
エルドは黙り込む。
レインの言葉が、どこか不吉に響いた。




