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第十二話 信頼の代償


昼の鐘が鳴る。


湿った空気が石壁にこもり、鉄の匂いが鼻を刺した。


囚人たちは作業を終え、水桶の前に並ぶ。


レインは列の最後尾で、淡々と順番を待っていた。


その背後から、低い声がした。


「……お前、やりすぎたな」


振り向かなくてもわかった。ヴォルグだ。


彼の声にはいつもの乱暴さではなく、妙な抑えがあった。


「俺はな、出しゃばる奴が嫌いなんだよ」


「俺もだ」


レインは静かに返す。


ヴォルグの眉が動いた。


「へぇ、言うじゃねぇか」


「“出しゃばる奴”ってのは、ただ目立つだけの馬鹿のことだろ。


俺がやったのは、“全体の流れを整えた”だけだ」


その一言に、周囲の囚人たちが息を呑んだ。


言葉を間違えれば殴り殺される空気の中で、


レインの声は妙に冷静で、よく通った。


ヴォルグの笑い声が響いた。


「整えた、ねぇ……お前、いい口を持ってんな」


「言葉は武器ですから」


「だったら、その口、潰してやるか?」


棍棒がレインの胸元に押し当てられた。


レインは微動だにせず、ただ目を細める。


(今だ。引くな。怯えるな)


そのとき、後ろから別の声が割って入った。


「やめろよヴォルグ。


看守が戻ってくるぞ」


グレンだった。


わざと大きめの声を出し、あえて看守の耳に届くようにした。


ヴォルグは舌打ちし、棍棒を離す。


「……チッ、覚えてろよ」


奴が離れたあと、


レインは軽く息を吐き、グレンに視線を向けた。


「助かった」


「助けたわけじゃねぇ。……あんた、ほんと危ねぇ奴だな」


「危なく見えるなら、それでいい」


「……どういう意味だ」


「信頼ってのは、怖がらせた奴の方が早く手に入る」


グレンは目を伏せ、何かを飲み込んだように黙った。


そのやり取りを、少し離れた作業場でエルドが見ていた。


昼の光が細い格子の隙間から差し込み、


レインの横顔を照らしている。


(……こいつは“守られながら支配してる”)


エルドはそう思った。


言葉ひとつで敵を遠ざけ、味方を引き寄せる。


その計算の正確さに、恐怖すら覚えた。


レインは気づいていた。


自分がヴォルグに憎まれた瞬間、


同時に一部の囚人に“頼られる存在”になったことを。


だが、それがどんな結果を呼ぶか、


彼自身もまだ知らなかった。


夕暮れ。


労役が終わり、囚人たちがそれぞれの牢に戻る。


鉄格子が閉まる直前、エルドがレインに声をかけた。


「なぁレイン。お前、“信頼”の次に来るもんが何か知ってるか?」


レインは振り向かずに答えた。


「裏切りだろ」


「……そう思うか?」


「思うじゃない。経験済みだ」


鉄格子が音を立てて閉まった。


闇の中で、レインの唇が静かに歪む。


(だから俺は、裏切られる前に仕掛ける)



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