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第十一話 約束という罠



夜が明ける。


空気は湿り、壁からは雨の残り香が滲んでいた。


囚人たちが次々と起き上がり、咳をしながら鎖を鳴らす。


通路の奥から、看守が鉄の棒で格子を叩いた。


「起きろ、虫ども。労役の時間だ」


レインはゆっくりと立ち上がる。


眠気はない。


——いや、“眠れなかった”のだ。


エルドと交わした言葉が、頭の中で何度も反響していた。


(信頼は作れない。けど、必要とされる存在にはなれる)


そう、今の牢では“力”よりも“役割”の方が重い。


誰かが信じたくなる“言葉”を差し出せば、


その瞬間、相手の心は繋がる。


レインは朝の作業に加わりながら、無言で周囲を観察した。


ヴォルグは相変わらず中央の席を陣取り、取り巻きを従えている。


昨日の噂の余韻が、微妙な距離感を生んでいた。


誰もが互いを見て、黙っている。


そんな中、ひとりの囚人が足を滑らせ、積んでいた石を崩した。


看守がすぐに駆け寄り、怒号が飛ぶ。


「何やってやがる、クズが!」


「す、すみません! わざとじゃ——!」


看守が棍棒を振り上げた、その瞬間だった。


レインの声が響いた。


「待て」


その声は決して大きくなかった。


けれど、空気が一瞬止まるほどに“通る声”だった。


看守が振り返る。


レインは落ち着いた目で言った。


「そいつ、昨日から熱がある。


動かせば倒れる。作業が遅れたら、報告に響くだろ」


看守は眉をひそめた。


「……なんだ、てめぇは医者か?」


「いいえ。ただの観察好きです」


周囲の囚人たちが息を潜める。


看守の顔が歪むが、数秒後には棍棒を下ろした。


「……チッ。いいから作業を続けろ」


看守が離れたあと、助けられた囚人が


かすかにレインを見上げた。


レインは微笑まなかった。


ただ一言だけ、静かに告げた。


「次からは、俺の後ろにいろ」


囚人は戸惑いながらも、小さく頷いた。


——“信頼”の原型は、ここから始まる。


彼の中に浮かんだ構図は、昨日と同じく明快だった。


(言葉で縛り、行動で解かせる。


それが“約束”ってやつだ)


そのやり取りを、


少し離れた作業台からエルドが静かに見ていた。


光のない瞳の奥に、


わずかな興味と警戒が入り混じっていた。


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