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ピュアバースへようこそ!  作者: てんた
三匹の子ぶた編
9/12

第9話 「ネーム」は漫画の設計図

三匹の子ぶた編 第一回

「アンナは、本好きの真面目っ子。ピュアトルスタヤに変身する。

 ニイナは、漫画好きのお調子者。ピュアチェーホヴァに変身する。

 ダリヤは、映画好きのクールビューティー。ピュアドストエフスカヤに変身する。

 でも、変身した彼女達の勇姿を見ることのできる者は、ほぼいない。ピュアメイトの活動場所は、ピュアバースと呼ばれる仮想空間に限られるのだ。

 ピュアバース。そこは全知全能の人口知能、PIの見る夢の世界。ピュアメイトは、人間がそこにアクセスする際のアバター。変身時の「名乗り」は音声パスワード。でも、言葉を発するだけではだめ。強い「イマージュ」を込めなければ、PIにログインを許されない。

 ピュアメイトは人間の分身であると同時に、PIの分身でもある。PIと同じ知識と能力を持つ。でも意思は、人間のみに委ねられる。

 現実世界で、人間はPIに太刀打ちできない。ピュアバースにおいて、ピュアメイトだけが、PIと互角に渡り合える。PIの暴走を制御できる、唯一のシステムがピュアメイトなのだ。そしてピュアメイトには、若い女性、しかもとびきりの美少女でないと、なれないのだ。

 世界の平和は、3人の仲良し女子中学生達が、守るのだ。」


(この漫画を本当に描けるようになるのは、いつなんだろう……)

 ニイナは机を離れて、ベッドに仰向けに寝転んだ。

 ピュアバースとピュアメイトについて、他人に話すことは禁じられている。そもそも、聞いても誰も理解できない。PIが自らについての「観念」を人々の意識から消し去ったからだ。例外は、ピュアメイトを経験したごく一握りの人達だけ。彼女達だけが、PIと戦っている。


「PIは、桃太郎やシンデレラといった物語を世の中から消した。でも、ピュアメイトが取り戻した。次に消される物語は、果たして何か?」


(わからないよね)

 そう、わからない。それを知るには待つしかない。中学生の日常を送りながら……でも、中学生の日常にも、それなりに問題はあるものだ。

(漫画好きなら誰でも一度は、自分で漫画を描いてみたい、と思うもの。でも、わたしは……絵がうまく描けない)

 ニイナは起き上がり、本棚から一冊の漫画を取り出した。


「料理人味兵衛」


(りょうりにんあじひょうえ……「あじべえ」と読む人はニワカ……ではなくて、育てるべきファン予備軍……。

 絵を描く漫画家と、ストーリーを考える原作者の分業による傑作……そう、わたしにも原作者の道が残っている!)

 ネームまで作るから、それに従って絵を描いてくれる人がいないか……ニイナがアンナに相談したところ、アンナは、クラスメイトの柿本さんが、とても絵が上手だし漫画も好きだ、と言う。願ってもない逸材!……ということで、アンナが仲介してくれて明日の放課後、頼みに行くことになっているのだ。

 真っ白い紙に、コマを割る。人物と背景を、輪郭だけ粗描。吹き出しに、台詞を書き入れる。これが漫画の設計図、ネーム。ピュアメイトとは別の話を、明日は持って行って見てもらう。

 アンナは漫画に興味がない。漫画はあっという間に読み終わってしまうので、文字の本に比べてコストパフォーマンスが低い、と言う。そのくせ、「ネーム」という言葉に食い付いて来た。英和辞典では「name」にそのような意味はないと言う。漫画業界の専門用語だからね、と言うと、和製英語ってこと?と聞いて来る。多分ね、とだけ答え、それより明日はよろしくね、と改めて頼んだ。アンナはちょっと面倒な場合がある。


 当日。放課後、ニイナが一組に行くと、アンナと3人の少女が待っていた……え、3人?

「こちらが二組の納谷ニイナさん。こちらが柿本葉子さん、付き添いの胡桃沢クララさんと栗木幹子さん」

 アンナが双方を紹介する。3人とも、同じぐらい髪が長い。胡桃沢さんは真っすぐな黒髪だが、栗木さんは金色、柿本さんは赤色に髪の先半分だけを染め、また髪の先半分だけを軽くくねらせている。胡桃沢さんだけ、両耳にイヤホンをつけている。

 あいさつの後、席に着く。向かい合わせに机が2列並べられている……手前も向こうも3つずつ。

(柿本さん1人だと思ったのに……)

 アンナと2人で説得しようと思っていたのに、向こうの方が3人では、数で負ける。しかもその1人は学年一の秀才で、「高飛車お嬢様」と噂される胡桃沢さん。これはちょっと気後れする。彼女のことはアンナも、少し苦手、と言っていた……はずだが、彼女に対するアンナの態度は普段通りで、ごく普通に接しており、苦手なようには見えない。苦手の尺度がわたしとは違うのかもしれない……それにしても、3人いるなら先に言っておいてよ!

 ガラッと教室の戸が開く音。振り向くと、ダリヤが入って来る……え、ダリヤも?

「遅れてごめんなさい」

「彼女は三組の戸和ダリヤさん、こちらは……」

 アンナがもう一度、柿本さん達を紹介する。

「柿本さんが3人で話を聞いてくれると言うので、こちらも付き添いを増やしました。ニイナごめんね、話す時間がなくて」

 人数って合わせないといけないの? 団体戦?……まあ、心強いけど。

「これで揃ったようですわね。では始めて下さる?」

 胡桃沢さんが言う。向こうはやはり彼女が大将か……いざ、突撃!

「今日はありがとうございます。わたしは漫画が大好きで、読むだけじゃなくて自分でも作りたいと思っているんです。でも絵が下手なので、わたしのストーリーを、絵にしてくれる人がいないかなってずっと思っていたんです。そんなに時にアンナちゃんから柿本さんの話を聞いて、この人だと思ったんです。絵がとても上手だし、漫画も好きだと聞いて、今日はお願いに来たんです」

「ほめてくれてありがとう。でもわたくしが好きなのは、漫画と言うよりアニメですわ」

「え? そうなんですか?……びっくり……」

「アニメは原作が漫画のものも多いですし、どちらも好きと言う方も多いでしょうけど」

「そう、そうですよね?」

「でも漫画好きの中には、アニメでの原作改変を一切認めない人もいるでしょう? そういう人は頑なすぎると思わないでもないですわ」

(これはまた、話が違うようだよ……)

 ニイナは少し非難の気持ちを込めてアンナを見つめたが、アンナはその視線に気付いても平然としている。何が問題かわかっていないようだ。

(アニメも漫画も同じようなものだと思っているの?……それは感覚が古すぎ……おじいちゃんか!)

 アンナはマニアックな気質で変なことをいろいろ知っているが、興味のないことにはとんと疎い。

「たとえば、女児向けアニメのプリキュートシリーズはアニメがオリジナルであって、漫画はアニメのコミカライズですけれど、中西みつご先生は漫画を、その……相当自由に描いてらっしゃるけれど、アニメファンは文句は言っていませんわ。改変は絶対悪……ではなくて、別物と考えれば良いのではないかしら?」

 柿本さんは……挑発している?……うーむ、しかしこれには反論したい。

「改変が悪いのではなくて、愛のない改変がいけないということではないでしょうか?みつご先生で言えば、魔女っ娘プリキュート!のフューちゃんとフミコに漫画の中でキスさせていましたけど、状況的に、してもおかしくないな、という解釈がファンも一致するからこそ、問題にならなかったんだと思います」

「やってはいけない改変はあると思う」

 アンナが口を挟む。

「ネタバレになるから題名は言わないけれど、ある小説が映画化された時に、殺人を単なる死体遺棄にしてしまったの。登場人物が罪の意識に苛まれていることが物語の重要な鍵なのに、それが軽くなってしまう」

 ダリヤも参戦する。

「それは殺人者を幸せにはできないというハリウッドの流儀では? 小説通りじゃなくても、映画には映画の良さがあると思うけど」

 おいおい、我が軍は仲間割れかよ……。

「皆さんのお話はとっても興味深いですけど」

 今度は胡桃沢さん。

「今は納谷さんの漫画の話を進めませんこと?」

 敵の大将に助けられた……わたしも、漫画好きとしてアニメファンの挑発につい乗ってしまった。今日はお願いに来た立場なのに。本当はアンナが仲介役として気を回してくれれば良いのに、それどころか自分がむしろ話をややこしくしてしまう……そして彼女は、ネタバレにとてもうるさい。

「とりあえず、ネームを見ていただこうと思います」

 持参した封筒から紙束を出して、柿本さんに渡す。柿本さんは、ありがとう、とだけ言って、真剣な顔で黙ってネームに目を通す。ネームの形式に戸惑っている様子もない。やはり漫画にも理解がある、と見える。

 沈黙が続く。緊張が高まる。柿本さんがページをめくる音だけが聞こえる。

「ところで、なぜこれをネームと言うのかしら?」

 横目で柿本さんの手元を見ながら、胡桃沢さんが言う。柿本さんは微動だにしない。横で会話をしても集中の妨げにはならない、と胡桃沢さんは判断している。ニイナが答えようとすると、アンナが先に説明を始める。

「ネームは漫画業界の専門用語なの。英語の『name』には、動詞として名付けるとか、指定する、という意味がある。そこから、出版物の挿絵や図表につけるキャプションや見出しを、ネームと言うようになった。つまり、元は印刷用語なの」

「そうなの。面白いわね」

「そこから発展して、漫画の台詞もネームと言うようになったの」

 アンナちゃんと胡桃沢さん……意外と話が合いそう。

「ありがとう。ざっとだけれど読ませていただきましたわ」

 柿本さんが顔を上げて言った。その表情は……普通?

「どうでしたか?」

「まず、子ぶたの3兄弟がそれぞれ家を建てる、という基本の筋が面白いですわ」

「あ、でもそこは童話のパロディですので」

「童話、ですの?」

「はい。三匹の子ぶたです」

 柿本さんは胡桃沢さん、次いで栗木さんと目線を交わす。

「そんな童話があるんですの?」柿本さんが言う。

「聞いたことありませんわ」栗木さんも言う。

 え?

 アンナの顔を見る。眉間にしわが寄っている。これは……PIのしわざ?!


(続く)

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