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ピュアバースへようこそ!  作者: てんた
シンデレラ編
7/11

第7話 舞踏会の王子

シンデレラ編 第三回

 ダリヤは脱衣所で服を脱ぎ、裸になって浴室に入った。体を洗って、湯船に入る。熱いお湯に、全身がひたる。天井を見上げながら、今日あったことを思い返す。

 ひげもじゃの奈田先生。美少女のアンナ、かわいいニイナ。ゴーグルをつけてピュアバースに入り、鬼ヶ島で変身トレーニング。終了後は、おやつを食べながらミーティング。

「ピュアバースに入る機会は、コントロールしなければいけない。だからここで、ゴーグルをつけて入る癖をつけてほしい。ランダムに一人で入るのは、危険がある」

 奈田先生はそうダリヤに教え諭した。仲間がいるのは、確かに心強い。

 PIは、あらゆる武道家、格闘家、運動家の動作を同時体験し、データを蓄積している。それがピュアメイトの戦闘能力につながっている。しかし、骨格、筋肉、神経系は人によって違う。ある体の動かし方を知っていても、違う体は同じようには動かない。ピュアバースでのアバターの身体を自在に動かすためには、やはりトレーニングが必要なのだと、奈田先生は言う。

 でもピュアバースでの、トレーニングではない実戦の格闘は、アンナが猿と少し戦っただけと言う。相手が人工知能なのに、肉弾戦が本当に必要なのだろうか。むしろ議論で戦う方がそれらしい、と、ダリヤは思う。ピュアメイトは変身すれば知力がPIと同じになるので、議論の練習は要らない、と先生は言うけれど、そうなのだろうか。

 塾ではなく自宅で、ゴーグルなしで眠るようにピュアバースに入ることは、あの一度きりでその後はなかった。連日のトレーニングのせいなのか、夜になると眠気が強く、眠りが深いようで、普通の夢も見ていないようだ。

 ダリヤを舞踏会に連れて行くと言っていた商人は、お父さんとは別人だった。お母さんが見せてくれた写真は、もっと男前だった。ピュアバースはPIの見る夢の世界なので、そこにピュアメイトの潜在意識が直接反映することはない。アバターとしての行動だけが、ピュアバースとPIに影響を及ぼすのだと、奈田先生は言う。しかし、PIがピュアメイトの潜在意識に入り込んでその内容を知った場合、それがピュアバースに反映しないとは言い切れないのではないか。

 アンナとニイナは、まだシンデレラの世界には入っていない。タイミングを計って、3人で行きたいと、先生は言っていた。でも、タイミングって、どうやって計るのだろう……。

 温かくて、気持ちがよい。眠い…まぶたが、自然に下りた……が、視界は閉ざされなかった。ハッとして目を開ける。浴室の白い天井に、水滴がたくさんついている。立ち上がると、ちゃぷちゃぷと水音がした。

(来た……みたい)

 浴室を出て、タオルで荒っぽく体を拭きながら、声を張り上げてお母さんを呼んだ。


 ダリヤは布団に入って、天井を見ていた。隣ではお母さんが、電話で話している。

「アンナさんとニイナさんも、自宅で準備してくれているって。ゴーグルを持って帰っているんだって」

「わたし、もう寝ていいの?」

「ええ」

 寝てはいけない、そう思っている内は、急に眠気が増すようで、ダリヤは起きているのがつらかった。戦いが始まるかもしれない、という緊張より、もう寝られる、という嬉しさが勝る。

(これでいいのかな? もっと気を引き締めないと)

 そう思いつつ、ダリヤは緊張感もなく、まぶたが下りるに任せた。


 その場所は明るかった。目の前には天井から吊り下げられた大きなシャンデリアに、太く長いロウソクが並び立って光を放ち、また壁に沿って立ち並ぶ燭台の上にも、ロウソクが明々と燃えていた。それらの無数の輝きは、向こうの壁面にも散らばって見えている……壁は一面が鏡なのか、それともガラス窓が反射して鏡のようになっているのか。その壁の中にも、そしてもちろん手前にも、大勢のきらびやかに着飾った人々が見える。その声や衣擦れの音、そしてモザイク模様の大理石の硬い床を叩く靴音が、混然となってその広い空間にわんわんと響いていた。シャンデリアを釣り下げている高い天井は、アーチ型に湾曲して、そこに描かれた空を飛ぶ天使達の絵が、ぼんやりと見える。

(これが王宮の舞踏会……)

 ダリヤは、自分がその参加者の1人であることに気付いて陶然とした。下を見ると、白く輝くドレスの裾が末広がりに広がって、足元の床も自分の足も隠している。どこからともなく漂う冷気が、広く開いた胸に直接当たって心地良い。

 しばらくすると、ざわめきが一層高まった。音に応じて顔を向ける。天井から釣り下げられたシャンデリアの列、そしてそれを挟む左右の鏡の壁の前に並んだ、人々の2つの列を目で追う。それらの尽きた果ての、数段の階段の上に置かれた大きな椅子――玉座の前に、特にきらびやかな一団が、到着したところであった。

「国王陛下の御成り――」

 声がすると、皆が一斉に礼をした。ドレスの女性達は両手でドレスの裾をつまんでしゃがむような礼をしていたが、ダリヤはうまくやれる自信がなく、頭を下げるだけで済ませた。

 一際大柄な国王が玉座に座り、その傍らに小柄な王子が立った。妃を選ぶと言うのだから、王子はそれなりの年齢なのだろうと思っていたが、見たところ子供のような体格で、顔は遠くてよく見えないものの、大人には見えない。

 と、もう一度、ざわめきが起きた。大きな剣を腰に吊った衛兵らしき男が数人現われた。後ろ手に縛られた1人の男を連れており、男は玉座の階下にひざまずかされた。ダリヤは、胸騒ぎがした。

(あれは……商人?)

 計画が失敗したのか、それとも事前に漏れたのか。彼の目論見がテロだったにもかかわらず、ダリヤはほっとするよりも彼への同情に胸を痛めた。

 しかし、先日のわたしとの約束はどうなったのだろう。わたしは彼と一緒にここに来たのだろうか。そうだとすると、仲間と見られて我が身も危ないのではないか……。

「ご報告いたします。この者の挙動が不審のため身を検めたところ、短剣を所持しており、王子を刺すつもりであったと自白しました」

 衛兵の1人が大きな声で言った。

「ご苦労であった。しかし未然に防いだのであれば、わざわざこの場で報告することもあるまい。無粋ではないか」

 王様が言う。もっともだ、と、ダリヤも思った。

「陛下、お許し下さい」

 高く鋭い声は、王子。まだ声変わりもしていないのか。

「そなたがそうさせたのか。王子よ、なぜか」

「直にこの者を尋問したかったのです。お許しいただけますか」

「聡明なそなたのことだ。考えがあるのであろう。皆よ、しばしの間、許してほしい」

 皆はまた礼をした。この先の展開が読めない。どうしたらいいのだろう、と、ダリヤは思った。切迫感がつのる。

 王子が、高く鋭い声で尋問を始める。

「あなたの娘はどこか。年頃の娘を持たぬ者は招待されないはず」

「わたしの娘は死にました。招待状は金で買ったのです」

 商人は朗々と答えた。その気概は失われていない。そして、わたしのことは隠そうとしている?

「嘘をつくな。今日は娘を連れずに門はくぐれぬ」

「嘘はついておりません」

「では、王子が嘘をついていると言うのか?」

「いえ、殿下も嘘はついておりません」

「あなたは正直なようだ。では、あなたは自分の娘ではなく、他人の娘を連れて入ったのだな?」

 商人は沈黙した。確かに、嘘はつかないようだ。

「正直に申せ。共に来た娘さえ教えれば、命は助ける」

「お断りします」

 商人は言った。王子をじっと見据えている。

「では、こうしよう」

 王子は辺りを見回して、一際鋭い声で言った。

「この中に、この者と共に来た娘がいよう。名乗り出れば、この者の命を助ける。どうか?」

 ダリヤは一瞬、躊躇した。王宮に入った時の記憶はない。気が付いた時は、もうここにいた……しかし、状況的に、わたしなのだろう。

「ここにいます」

 ダリヤは叫んで、前に進み出た。そして、玉座に向かって歩く。コツ、コツ、コツ……硬い床を踏む、足音だけが響く。辺りは静まり返っている。

 商人が振り返る。目と口を見開いた。それから、眉をしかめた。どうして名乗り出た?――そう、非難しているようだった。

 玉座の階下に達し、商人の隣に立った。王子がダリヤに顔を向ける。まだあどけない少年。

「あなたも、王子を狙っていたのか?」

「いいえ」

 正直に言う。これが最善。

「その方は、確かに王家に復讐をすると言いました。でも、通りすがりにわたしを見て、自分の死んだ娘にそっくりだと言って、そのドレスをわたしに貸し、わたしを舞踏会に連れて行くと言いました。そしてわたしに免じて、12時までにわたしが帰るなら、計画は実行しないと約束したのです。わたしはそれを信じて、ここに参ったのです」

「それは本当か?」

 王子は再び商人に視線を戻した。商人は何も言わず、動かない。じっと王子を見ている。

「本当のようだ。それなら罪は減じられよう。しかし、娘よ」

 王子はダリヤに視線を戻す。

「この者とはそれだけの関係であるのに、よくぞ名乗り出た。名乗り出ればこの者の命は助けるとは言ったが、名乗り出た者の命は保証しなかったのに」

 どうやら、何とか、うまく行った……ようだ。ダリヤは、ほっとした。ダメ押しでもう少し、王子のご機嫌を取りたい。先ほどできなかった優雅な礼をしてみよう。

 ダリヤは両手でドレスの裾をつまんで持ち上げ、右足を後ろに引き、左膝を曲げて身を沈めた……これでよかった?

 しかし、ダリヤはすぐ後悔した。王子の顔が固まっていた。表情がないまま、口が開いて白い歯がわずかにのぞいている……そんなにだめだったの?

「靴……靴を見せよ」

 王子がか細い声で言う。ダリヤはもう一度ドレスの裾をつまんで、今度はゆっくり持ち上げた。両足が……透明な靴の下に、透けて見えた。

(この靴!)

 ダリヤも、自分の今はいている靴を初めて見て、驚いたのだった。

「ガラスの靴は――」

 王子が小さな声で言う。その顔に、生気はない。

「柔軟性がない。通気性がない。吸水性がない。何より、割れたら怪我をする……ガラスの靴は、不合理」


 一瞬にして、光が消えた。何も見えず、何も聞こえない。


(続く)

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