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ピュアバースへようこそ!  作者: てんた
シンデレラ編
6/12

第6話 カボチャの馬車に乗る娘

シンデレラ編 第二回

 夜、ダリヤは布団に入った。上には消えたばかりの電灯がぼんやりと見える。目が暗闇に慣れて来ると、他にも室内にあるものがぼんやりと見え出した。ダリヤは昼間のことを考える。映画、お母さん、アンナ、ニイナ……思いは千々に乱れ、考えはまとまらない。もう眠い……ダリヤは目を閉じた。

 その瞬間、目の前がパッと明るくなった。驚いて目を開くと、室内は暗い。目を配り、首を回して辺りを見ても、何も変わったことはなく、光を放つものはない。電灯もぼんやりとしたまま。

「夢だったの?」

 何だろうとは思いつつも、危機感はない。まだ眠くてたまらない。ダリヤは再び目を閉じた。

 目の前が、白い光に覆われた。

 ダリヤは目を開け、上半身を起こした。電灯を点け、立って室内を見回した。何も異常はない。電灯を見つめる。この光ではない。

 ダリヤは布団に戻り、灯りを消した。あの光はわたしの外にはない。わたしの内側で発生している。目を閉じよ……これは異常事態、気をつけよ、と、頭では考えるものの、心は落ち着いている。なぜか恐れも不安もない。目を閉じて、あの光の下に行け……そしてダリヤは、目を閉じた。


 太陽は天頂から地に向かって沈みかけていたが、ダリヤはまともに日差しを浴びて眩しかった。太陽の下には大きな馬と大きな馬車とが、西の空を背景に黒々として見えていた。

「なぜ泣いている? お嬢さん」

 低いが通りの良い声。それは御者台の男から聞こえた。

(わたし、泣いている?)

 右手を上げて、頬に指先を走らせる。濡れている。

(なぜだろう?)

 思い出せそうで、思い出せない。

「お嬢さんも、王宮の舞踏会に行きたいのかい?」

 舞踏会……そうなのかもしれない。わたしは行かなくちゃいけないんだ……多分。

「お嬢さん、とてもきれいだね。でも、ドレスがないのかい?」

 ドレス……目線を落し、腕を上げたり下げたり、スカートの皺を伸ばしたりする。地味な胴衣とブラウス。灰とほこりにまみれている。

「ドレス……あるよ」

 ダリヤはハッ、として顔を上げた。御者台の男の顔は、逆光でよく見えない。しかし声には、どこか疲れたような、捨て鉢な、投げやりな調子を感じる。

「ほしいなら、上げるよ」

 その言葉を聞いて、ダリヤは初めて危険を感じた。しかし周りを見ても、誰もいない。建物一つない。ここは森の中に切り開かれた道。どうやってここまで来たんだろう。

「わたしは、王宮に行く。君も行くなら、乗せて上げる」

 この男は、わたしに反応がなければ、別の提案をする。注意せねば。

「もしかして、わたしを怖がっているのかい?」

「いいえ」

 ダリヤは努めて声を振るった。弱気は見せない。

「そう? こんな誰もいない森の中で、知らない男に声をかけられたら、怖くない?」

「いいえ。あなたは父に似ていますので」

 言ってダリヤは自分で驚いた。ダリヤは父親の顔をよく覚えていない。でも……こんな感じだった、そういう気もしたのだった。

 そして、その言葉はその男にも、影響を及ぼした……魔法のように。

 男は路上に下りて来て、帽子を取った。

「先ほどからの失礼な態度をお詫びする。正直に言うと、君があんまりわたしの娘に似ていたので、気安く声をかけてしまったんだ」

 男とはかなり近付いていたが、ダリヤはもう怖くなかった。

「ここを一人で歩くのは危ない。馬車に乗りなさい。王宮でも君の家でも、どこでも送ろう」

「ありがとうございます」

 男が扉を開いて、車内に誘う。でも、わたしは……どこに行けばいいのだろう。

「悩んでいるのは、ドレスがないから?」

 そうではない……のだけど……。

「さっきも言ったが、ドレスはあるんだ。正直に言うと、君に着てもらえると嬉しい」

「なぜ?」

「ドレスは娘のものだ。でも、娘はもういないから……君に代わりに着てほしい」

「娘さんはどうしたんですか?」

 男は目をそらした。そっぽを向いて、小さな声で言った。

「内乱の際に、王の軍隊に殺された。何の罪もないのに」

 ダリヤはハッとした。胸が急に苦しくなった。

「わたしは商人だが、王宮の台所にネズミが多くて困っていると聞いて、ネズミ捕りを作って納入した。次に、海の向こうからからカボチャという新奇な野菜を仕入れて、これも納めた。でも、台所止まりで王宮の奥深くまでは入れなかった。考えてみると、納めるものが悪かった。でも、市場ではネズミ捕りもカボチャもよく売れて、思いがけずわたしは金持ちになった。そうしたら、王子の妃を選ぶための舞踏会の招待状を、金で買えた。娘は死んで、もういないのに……。おかげで計画を立てられた。金さえあれば、大抵のことはできるんだね」

 男はぎろりとダリヤに目を向けた。ダリヤはまた怖くなっていた。

「復讐が正しいことなのか、わたしにはわからない。考えても、結論は出ない。やる準備だけは常にしていたところ、思いがけず、機会を得た。平民が王族に近付ける、唯一の機会。それが舞踏会。やれるようになると、是非善悪関係なく、やりたくなる。それが人間というものらしい」

 ダリヤは極度に緊張した。もう聞きたくない。でも聞かないわけにはいかない。そう思った。

「そんな時に、娘に似た、君が現われた。これも運命だ。君が舞踏会に行き、今日の内に……つまり12時前に王宮を出るならば、わたしは君に免じて何もしない。どうだね?」

 是非善悪……ことの次第がわからなければ、判断はつかない。でも、何事も起きないことは、悪いことではないはず。

「わかりました。王宮に行きます」

「ありがとう。君が娘のドレスを着たら、王子も見初めるかもしれないな」

 男は笑った。しかしその笑顔は、寂し気であった。

「でも、仮に王子に引き止められても、12時までには帰るんだよ」

「わたし……どうやって時間を知ったらいいでしょう?」

「王宮の隣に、教会がある。教会の鐘は、15分おきに鳴る。

 11時15分に一回、30分に二回、45分に三回、そして12時には四回、鐘が鳴る。三回鳴ったら、出て行きなさい」

「わかりました。でも……もしも、12時を過ぎてしまったなら……どうなるのですか?」

「偶然にも、今日が娘の命日なんだ……だからわたしは、今日の内は、何もしないことにする。でも君が、鐘が四回鳴っても王子の下にいるなら、その時は……愛する者を失う悲しみを、王は知るだろう」

 男の顔に見えた感情は、悲しみ、怒り、そして狂気。ダリヤはもう堪え切れず、叫び声を上げた。


「大丈夫。大丈夫よ」

 目の前は暗かった。まだ心臓が激しく鼓動している。しかしダリヤは、もう安心していた。お母さんが抱き締めてくれていた。

「わたし、夢を見ていたの」

「そう、全部、夢なのよ。心配しないでいいのよ」

 お母さんは言った。

「ねえ、お母さん」

「なあに?」

「どうして来てくれたの?」

「あなたが、夢を見て、うなされて、叫んだからよ」

 それはおかしい。ダリヤは思った。

「でもわたしが叫んだ時には、もうお母さんは、いてくれたでしょ?」

「ダリヤ、眠りなさい」

「眠るのが怖い」

「お母さんがいるから大丈夫よ」

「ありがとう。でも、話をしてもいい?」

「うん」

「お母さん、シンデレラって知ってる?」

「知ってる」

「本当? 今日見た映画、シンデレラだったんだよ」

 お母さんは何も言わない。お母さんはごまかしはしない。だから、黙っている。

「昼間に、男の人が来たでしょ? その人に、シンデレラの話を聞いたんじゃない?」

「あなた、眠くないの?」

「眠れない。夢も、シンデレラのお話っぽかったの」

「そう」

 また黙った。でもこの沈黙は、わたしにどう話したらいいかを考えているんだ。ダリヤはそう思った。

「起きて電灯を点けて話す? それともこのままでもいい?」

「このままでいい」

「ネイト……ううん、奈田さん、昼間の男の人ね、彼から電話が来て、ダリヤが今、ピュアバースに入っているって言うの。だから来たの」

「ピュアバース?」

「そこは夢の世界ではあるけれど、あなたの夢じゃないの」

「誰の夢なの?」

「PI。全知全能の人工知能」

 PI……ダリヤは話の飛躍について行けるか不安になった。

「シンデレラという物語を、PIは世の中から消してしまった。昼間の2人の少女が、それを取り戻そうとしている。そして、ダリヤにもそれを手伝ってほしい。それが、奈田さんのお願い。わたしは断ったけれど、あなたは自分でピュアバースに入ってしまった。あなたには能力がある。できることは、人間はしてしまうのかもしれない」

「シンデレラを取り戻す……わたしには能力がある……」

「ごめんね。わたしが十数年前、ピュアバースでピュアメイトになった。その影響が、おそらくあなたに及んでいる。わたしもゴーグルなしでピュアバースに入ったことがある。あなたもその素質を受け継いだのでしょう」

「ピュアメイトって?」

「人間がPIを制御するシステム」

「わたしも、なるの?」

「わたしはあなたを、そのために生んだんじゃない」

 お母さんはダリヤの目を真っすぐ見つめた。暗がりの中でも、その真剣なまなざしを、ダリヤは見た。

 お母さんは、なってほしくないんだ。でも、わたしは?

 ダリヤは、昼に会ったアンナとニイナのことを思い返した。あの2人が、PIと戦っている。

「でもわたしが、自分の意思でなるなら、お母さんもいい?」

「ダリヤはなりたいの?」

「シンデレラのない世界は嫌。それに、他の物語だって、なくなったら嫌。わたしにできることがあるなら、やりたい」

「遊びじゃないの。危険もあるのよ?」

「1人じゃない。あの2人がやっているなら、わたしもやる」

「そう……じゃあ明日、奈田さんの塾に行こう」

「ありがとう」

 お母さんはもう一度ダリヤを抱き締めた。お母さんに抱き締められるのは久し振り……ダリヤはそのことだけは嬉しかった。


(続く)

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