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ピュアバースへようこそ!  作者: てんた
エピローグ
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第30話 胡桃沢さんだけがいる

エピローグ

 クララが車道脇の歩道を歩いていると、向こうから幼女が、1人で走って来る。保護者らしき大人の姿は周りに見えない。横断歩道のそばまで来ると幼女は突然、右に曲がって横断歩道を渡り始めた。まだ赤信号で、車道を向こうから乗用車が走って来ている。

「止まって! 危ない!」

 クララは叫んで、走り始めた。幼女はその声が聞こえていないようで、クララの方を向くこともなかったが、急に立ち止まった。上を向いている。乗用車は彼女を迂回して通った。クララは走って行って、幼女に声をかけた。

「危ないよ! 車に気をつけてね!」

「うん。気をつける」

 信号が青に変わった。クララは幼女の手を引いて、横断歩道を渡った。そのまま、幼女と歩道を歩く。

「けど、よくストップしたね。わたしの声が聞こえたの?」

「ううん」

「じゃあ、どうして止まったの?」

「ヴァナモンドが、止まれって言ったの」

「え?」

 クララはしゃがんで、幼女のつぶらな瞳をのぞき込んだ。

「それは誰? どこにいるの?」

「お空にいる、お友達。でも、姿は見えないの。頭の中で、お話だけするの」

「いつも?」

「たまに。怖い時とか、寂しい時に、お話してくれる。あとは今みたいに、危ない時に、注意してくれる」

「そうなんだ……いいお友達ね」

 クララは立ち上がり、再び手をつないだ。しばらく歩いて、幼女が家についたと言うので、バイバイして別れようとすると、幼女がいたずらっぽく笑いながら、こう尋ねた。

「お姉さんは、魔法つかい?」

 これは、聞き覚えがある……ハーメルンの笛吹きの時の、別の幼女の言葉。クララはほほ笑んで、幼女の頭をなでた。

「違うよ。けど、どうしてそう思ったの?」

「ヴァナモンドが、そう聞いてごらんって言ったの」

 そうなんだ。ヴァナモンドが……。

「じゃあ、わたしの言うことも、ヴァナモンドに伝えて。冗談も言えるようになったのねって」

「うん。伝える。お姉さん、今日はありがとう。バイバイ」

「よろしくね。バイバイ」


 お父様達は、ピュアバースの監視を今なお続けている。けど、PI……ヴァナモンドとピュアメイト達は「最終決戦」の後、一度も姿を現わさず、その活動状況は全く把握できなくなっていた。ピュアバースが保育園か幼稚園だったとすれば、彼等はもう卒園した……その幼年期は終わったのだろう。それでもクララは定期的にピュアバースに入って、ピュアチャイコフスカヤに変身する。けど、それはまだ変身できるかの確認のためで、その後にすることは特にない。犬や雉がいれば遊ぶが、最近は彼等すら見ないことが多い。ただ、クララが変身できること自体が、PIが健在である証しなのだと、お父様は言う。ピュアメイトはPIの分身でもあるのだから、そうなのだろう。

 自分も恋をするようになったら変身できなくなるのだろうか、と、クララは考える。けど、もうPIは魂を求めていないはずだから、そういうこともないだろうと、お父様は言う。いずれにせよ、当分その心配はなさそうではある。

 ヴァナモンドは、PIの観念を人々の意識に戻した。お母様達は、PIの開発状況とその後の進展を、包み隠さずかつての研究仲間達に伝えた。けど、そこからの展開はほぼなかった。この十数年の間に、PIの研究を続けていた泥瀬研究所の人達と、PI以外のことに専心していた他の研究者達の間では、驚くほど意識に差が生じていた。後者にとってPIPは、はるか昔に成果なく終了したプロジェクトに過ぎなかった。彼等の関心は低く、PIPが実は成功していたとは認めず、PIが今もこの世に存在していることを直視しようとしなかった。泥瀬研究所の人達が、事実を隠蔽しようとしたわけでは決してない。けど、結果的には、PIの真実はほとんど世に知られることがなかった。提唱者のアーサー・チャールズ・クラーク卿も今はなく、マスコミも増子峰生という新聞記者が騒いだぐらいで、世間からはほぼ黙殺されたのである。


 クララのお母様は、お父様と正式に離婚した。それを伝えてくれたお母様をクララは抱き締めながら、わたしはお母様さえいてくれればいい、と、言った。クララがお母様の涙を見たのは、記憶の限りその時が初めてであった。そして今のところ、それが唯一である。

 「胡桃沢」はお父様の苗字で、お母様の旧姓は「勅使河原」であった。けど、苗字が変わるのは嫌、と、クララが主張したので、お母様が「胡桃沢」家の戸籍を新たに作って、クララもそこに入った。糖子先生も苗字が「胡桃沢」になったので、急に一族が増えた感じではあった。

 泥瀬研究所は、お母様が所長の胡桃沢研究所に変わった。所員がお父様と、教師を辞めて復帰した糖子先生なので、皆が「胡桃沢」姓ということになる。クララの見たところ、3人はそれなりに円満にやっているようだ。お母様がつらくないならそれでいい、と、クララは思う。クララも含めて、いまだ入院中の大おじ様の看病でも協力し合っている。

 長年、妻子を放置した揚句、捨てた父親……お父様をそう見ることもできたけど、クララは憎む気持ちにはなれなかった。これには、アンナ達によるお父様への高評価の影響がある。特にダリヤは、奈田先生みたいなお父さんがいてうらやましいと、涙ぐみさえしながら言う。クララ自身は、まだお父様への接し方に迷いがあるし、その人の良さをあまり実感できていないのだけど、少なくとも悪感情は持っていない。

 糖子先生に対してもそうで、かつては反感を抱いていたけど、今はそれはない。折々に感じられた糖子先生のお母様への対抗心も、もう見えなくなった。もう一人のお母様……と言うよりは、お姉様ができたように、クララは感じている。

 お嬢様同盟が、そのままの名前でロックバンドをやることになった。クララはヴォーカルで、フルートを少しだけ吹く。栗木さんがギターで、柿本さんがベース。ドラムスをやる人がいなかったので、経験があるという糖子先生に引率者含みで頼んだ。忙しいのでほぼライブの時しか来てくれないけど、小柄で童顔なので、黙っていると中学生で通るのも都合が良い。

 アンナ達の通っていた奈田塾は、塾生全員がテストで全教科満点を取ったおかげで、一時は入塾希望が殺到したものの、お父様は研究所復帰と同時にあっさり廃塾にした。けど、元塾生は鍵を回収されなかったので、その場所はアンナ達の溜まり場として、今も機能し続けている。クララは結局、塾生になることはなかったけど、父親の家なので鍵ももらい、バンド練習のない日には、仲間に加わっている。

 普通の中学生に戻ったアンナ達は、成績もあっという間に元に戻ってしまった。そのため旧奈田塾の集まりでは、初めは自主勉強をしていた。けど、おしゃべりに流れがちで、個々人が自宅で勉強するより、むしろ効果が薄いとわかった……もっとも、家では漫画ばかり読んで勉強しないニイナだけは、おしゃべりの合間の勉強でも効果はあったようだったけど。

 そんな時、アンナが文芸同人誌の発行を提案した。ニイナは自身の原作、柿本さん作画の漫画の掲載、ダリヤは映画評論の連載を条件に、説得された。クララは初めから賛成していた。

(アンナが目がキラキラさせて訴えている。これは逆らえない)

 クララはそう思ったのであった。

 アンナの提案により、4人でリレー小説を書くことになった。その題名は――

「ピュアバースへようこそ!」


(終わり)



※ 参考

(インターネットの図書館「青空文庫」より)

人魚の姫

 ハンス・クリスチャン・アンデルセン Hans Christian Andersen

 矢崎源九郎訳

https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/58848_67709.html

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