第27話 お嬢様同盟
最終決戦編 第二回
クララは、テスト成績の通知表にあった学年順位の「4」という数字に、ショックを受けた。そこには「1」しか見たことがなかったからである。
(わたしの点数自体は良い。これ以上の点を取った人が、3人もいるの?)
ふと目を上げると、いつの間にか前にアンナが立っていた。アンナが顔を寄せてささやく。
「糖子先生からの伝言。放課後、塾に集合」
それだけ言って、アンナは席に戻る。眉間にしわが寄っていた。
(もしかして、その3人って……アンナ達?)
アンナ達に、何かが起きている……そして、わたしには、それは起きていない。クララのショックは、別のものに変わった。
前の席の栗木さんが振り向いた。じっとクララを見つめる。けど、何も言わない。
(今の聞かれちゃった?)
アンナは、軽率だったかもしれない。多分、冷静じゃなかったのだろう。クララもまた、冷静ではない。栗木さんに、何を言っていいかわからない。
チャイムが鳴って、金平先生が教室に入って来た。数学の授業が始まる。栗木さんは結局、何も言わずに前を向いた。助かった。
栗木さんのさらに前の席にいるアンナの頭が、突然グラリと右に揺れ、次いでその体が椅子から崩れ落ちた。
「アンナ!」
クララは立ち上がり、同じく立ち上がった栗木さんを押し退けて、アンナに近寄った。横向きに床に倒れ伏したその体を仰向けにして、顔を見る。目は開いているが、焦点が定まらない。鼻から息がスースー出入りしている。
「わたしが保健室に連れて行く。クララさん、手伝って。他の人は自習」
金平先生が大きな声で言いながら近付いて来た。そして、クララを見て、今度は小声で言う。
「アンナを背負える?」
「はい。栗木さん、柿本さん、手伝って」
クララは背を向けてしゃがむ。背中に、アンナの体が乗った。重い。けど、がんばって立ち上がる。両手を後ろに回して、アンナの両腿を抱える。顔の左側に、アンナの頭部がぶら下がる。スースーという呼吸音が聞こえる。
栗木さんと柿本さんに両脇を支えられ、金平先生に先導されて、教室を出て廊下を進む。
「胡桃沢さん、大丈夫?」
「代わる?」
「大丈夫。ありがとう」
栗木さん、柿本さんと言葉を交わす。2人がいてくれて、助けてくれてありがたい。
保健室に入り、ベッドにアンナを横たえた。
「ありがとう。あなた達は教室に戻って」
金平先生が、栗木さんと柿本さんに言った。クララも2人の顔を見てうなずく。2人は出て行った。
金平先生が、保健の先生に言う。
「先生も教室に行って、アンナのかばんから、持病の薬を取って来てください。アンナの席は、今の子達に聞いて」
「わたしが? 今の子達に頼めなかったの?」
「生徒に他の子の薬を触らせられない。あなたがしないと」
保険の先生は不満げだったけど、それでも保健室を出て行った。
すかさず、金平先生がクララに言う。
「アンナはピュアバースに入ってしまった。あなたが呼び戻して。手を握って、名前を呼んで」
クララは、寝ているアンナの左手を左手で握った。顔を寄せて、アンナの耳元で呼びかける。
「アンナ! アンナ! 起きて! ここは学校、わたしはクララ! 戻って来て!」
「クララ?」
アンナがつぶやく。けど、目線はまだ定まらない。
「もっと! 呼びかけて!」
「アンナ! クララだよ! 起きて! アンナ! わたしはクララ! ここにいるよ!」
突然、アンナが上半身を起こした。目をぱちくりしている。クララはアンナを抱き締めた。
「アンナ! 戻ってきたのね? クララだよ!」
「クララ……どうしたの? 子供達はどこ?」
「子供達? ここは学校だよ?」
「学校?」
「そう、わたし達の学校だよ! お願いだからもう、わたしを置いて、一人でピュアバースに行かないで!」
「わかった」
ドアが開いて、保健の先生が入って来た。金平先生に文句を言う。
「この子、薬なんて持ってないわよ!」
「ごめんなさい。わたしの勘違いだった。けど、もう大丈夫。勉強のし過ぎで、寝不足だったみたい。親に連絡して、早退させます。それまでここで休ませて……クララさん、あなたは教室に戻っていいわ。わたしが付いているから」
「ありがとう、クララ。もう大丈夫」
アンナも言うので、クララは涙を手で拭って、保健室を出た。すると、栗木さんと柿本さんが、廊下に立っていた。
「クララ、話がある」
栗木さんが、怖い顔で言った。
「お嬢様同盟」では、苗字に「さん」付けで呼び合うようにしている……けど、それは厳密なルールではない。栗木さんは、興奮すると名前呼びに戻る。だから、今は当然、興奮している……というか、怒っている……みたい。
クララが知り合った当初の栗木さんと柿本さんは、言動が荒っぽかった。けど2人ともクララに憧れて、自分もお嬢様っぽくふるまおうとするようになった。そこから、「お嬢様同盟」が生まれた。元々がお嬢様ごっこだから、ルールも何もない。クララはそう思っている。
そもそも、クララにしても家がお金持ちでもないし、家柄がよいわけでもない。小さい頃のお嬢様ごっこを今なお、中学校でも続けているに過ぎない。それでも見た目や雰囲気、そして高い学力とコミュニケーション能力が、それをリアルに見せている。
仲間ができたのもうれしかった。2人は一番の親友だった……けど今は、そうとは言えないのかもしれない。2人には言えない秘密を、クララはアンナとニイナ、ダリヤと共有している。「お嬢様同盟」の活動はおろそかになり、アンナ達と過ごす時間が増えている。
(それを栗木さんは怒っているのかな)
クララは、栗木さんに従って誰もいない廊下を歩き、栗木さんと柿本さんと共に音楽室に入った。そこにも、誰もいない。
「ここなら誰にも聞かれない。教えてくれ。お前はアンナと、一体何をしているんだ?」
何と答えるべきか……と言うより、答えられない。それに、答えたところで栗木さんも柿本さんも、理解できない……PIについては。
金平先生の先ほどの手際を思う。小柄で自分ではアンナを背負えないから、無理はせずクララにやらせる。他の先生には一切知らせない。保健の先生もうまいこと追い出し、その隙にアンナをピュアバースから呼び戻す。それも自分ではなくクララにやらせる……その方が有効だとわかっているから。いけ好かない人だとは思うけど、適切な判断力と行動力はさすがだな、と、クララは思う。
それに比べると自分は……今は何かを言うべき時なのに、何も言えずに黙っている。この沈黙は、敗北。
「なぜ黙っている?」
栗木さんの左目から、つーっと涙が流れ落ちた。気持ちは、わかる。けど、言えないの。
「何とか言えよ!」
栗木さんは怒っている。このままでは、収まらない。アンナ達のためにも、彼女を収める必要はある。覚悟を決めねば。
「全ては話せない。けど、あなた達を信用して、秘密の一部を打ち明ける」
「秘密って何?」
「わたしとアンナは、秘密を共有する仲間なの」
「なぜアンナなんだ?……わたしじゃなくて」
栗木さんの、今度は両目から涙があふれ出た。次に発する、言葉を選ぶ……慎重に。
「わたしがアンナを選んだわけでも、アンナがわたしを選んだわけでもないの。これは、運命」
「アンナは、クララの、運命の人……なのか?」
栗木さんは、鼻をすすりながら言う。次の言葉を、少し考える。
「ニイナと、ダリヤも。この4人が仲間。あとは大人達」
「お前達、一体、何をしているんだ?」
「それは、言えない」
「結局、お前は、なんにも、言わないじゃないか……わたし、なんにも、わからない」
栗木さんはうつむいてしまった。どうする……。
「葉子は、あなたを心配してるんだ」
柿本さんが言った。
「アンナのように、あなたも倒れるんじゃないかって。何が起きているのかわからないから、とても不安だし、心配なんだ。もちろん、あたしも同じ」
クララは栗木さんに歩み寄って、彼女を抱き締めた。何か声を上げたが、抵抗はない。すぐ側にある彼女の耳元で、視線を柿本さんにも送りながら、クララは語る。
「心配かけてごめんね。それに、話せなくてごめんなさい。今だけじゃなくて、今後も、話せないかもしれない。けどそれは、あなた達を信じていないからじゃない。話せなくても、あなた達は、わたしを信じてくれる。あなた達は、わたしを見捨てないでいてくれる。そう信じているから、わたしは話さないで耐えられる。
わたし達が今していることは、とても大事なこと。そして、危険なこと。けど、心配しないで。できるの。アンナ、ニイナ、ダリヤとわたし、この4人でできるから、この4人でやるの。
これだけは信じて。いずれわたしが、あなた達を必要とする時が、また来る。その時を待って。何も聞かずに、わたしを信じて、待っていて。つらいことだとしても、やり遂げて。そのことをわたしは信じて、親友のあなた達がわたしを信じて待っていてくれることをわたしは信じて、黙って戦う。そして、必ず戻る」
栗木さんは声を上げて泣いた。クララはもう何も言わず、抱き締める腕の力を少しだけ強めた。
「葉子は、理解したよ。あたし……わたくしも、理解しましたわ。胡桃沢さんを信じて、待っていますね」
柿本さんが言った。その両目は、やはり涙に濡れている。けど、修羅場でこの物言い……この人こそ、本当のお嬢様じゃない?……クララが右腕を広げると、静かに、それでも力強く、抱き着いて来た。3人で抱き合った。
「お嬢様は、生まれや育ちではなくて、生き方。品よく、気高く、機嫌よく、そして、何にも負けない。わたし達は、お嬢様同盟」
3人で、「お嬢様同盟宣言」を暗唱した。
(続く)




