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ピュアバースへようこそ!  作者: てんた
最終決戦遍
26/26

第26話 これは当校始まって以来の事態です

最終決戦編 第一回

 糖子は校長室に入ると、校長先生に言われて向かいの席に座った。校長先生の右から教頭先生と一組の担任の先生、左から二組と三組の担任の先生方が並んで座っていて、皆が糖子を見つめている。

 校長先生が言う。

「先日のテストの結果が出ました。3人の生徒が、全教科百点満点を取りました。これは当校始まって以来の事態です」

 校長先生が口を閉じた。沈黙が続く内に、教頭先生が、校長先生と糖子の顔を交互に見る。

「金平先生は、これをどう思いますか?」

 糖子が何も言わないので、しびれを切らしたか、校長先生が問いかける。けど、なぜわたしを呼び出して、わたしに聞くの?

「百点満点はこの上ない成績です」

 糖子は答えた。これはトートロジー。内容に意味はない。質問を無視する非礼はしない、というだけ。

「不自然だとは思いませんか?」

 詳しい説明をせず、わたしに何かを言わせようとする。校長先生は、わたしを試している? 疑っている?……けど、なぜ?

「百点満点のテストで120点だったら、不自然でしょうけど」

「その3人が、誰だか知りたくない?」

 教頭先生が、いら立った様子で口をはさむ。けど、これは無視。校長先生は、余計な口出しをして情報を与えるな、と思っているはず……だけど、表情を変えず、視線も動かさない。さすがだわ。

「満点を取ったのは、一組のアンナ君、二組のニイナ君、三組のダリヤ君です。あなたはこの3人と親しいそうなので、意見を聞きたいのです」

 とうとう校長先生は言った。そういうことか。これは一大事……早く先輩に知らせないと!

「どなたか、カンニングを疑っているのですか?」

 糖子はそう言って、眉をひそめつつ、皆の顔を見渡す。3人の担任の先生方は、目を逸らしたり、目が泳いだりする。すると敵は……校長先生か、教頭先生か。

「あなたはそう考えるの?」

 教頭先生が言った。自分では言わず、わたしに言わせようとしている……姑息。

「胡桃沢クララの成績はどうでしたか?」

 教頭先生には答えず、糖子は校長先生を見て尋ねた。校長先生は右側に顔を向ける。一組の担任の先生が、校長先生に向かって軽くうなずいてから、クララに目を向けて言う。

「クララさんは平均96点、これまでと同じレベルです」

「急にクララ君より点数が良くなるなんておかしいでしょ?」

 教頭先生が言った。糖子は無視して、一組の担任の先生に向かって言う。

「クララはテストで手を抜く子ではありません。そうですよね?」

「ええ」

「今回は体調が悪いようでしたか?」

「そうは見えませんでした」

「ありがとうございました」

 糖子は校長先生に視線を戻した。

「今回のテストは、これまでに比べて難易度が低かった。そのために満点が出た……と、いう可能性はないようです。胡桃沢クララが普段通りに取り組んで、普段通りの点を取った。それがその証拠です。つまり、テスト作成に問題はなかった。そういうことになります」

「なるほど。続けて下さい」

「教頭先生の考えるように、彼女達がカンニングをしていたとしましょう」

「わたしはそんなことは言っていない」

「けど、カンニングによってできることは、普段よりほんの少しだけ点を良くする程度ではないでしょうか? 仮に教科書、参考書、あらゆる資料を持ち込み自由にしても、相当に勉強をしていない限り、満点は取れるものではありません。問題用紙と模範解答を、事前に入手して丸暗記していたとすれば可能かもしれませんが、もしそうなら問題と解答の保管者が責任を問われるでしょう」

「保管に問題はなかった。事前入手なんてできっこない!」

 教頭先生が叫ぶ。糖子は構わず続ける。

「けどその場合、文章問題の解答も、3人とも模範解答通りとなるでしょう。そうでしたか?」

 国語教師である一組の担任の先生が答える。

「違います。アンナさんの解答は説明が長く、くどいほどに丁寧でした。逆にダリヤさんの解答は簡潔で、でも的を外さない。ニイナさんの解答はユニークな表現が目立ちますが、論理はしっかりしています。いずれも、模範解答通りということはありません」

「ありがとうございます。もう一つお聞きします。アンナは不正を行うような子ですか?」

「とんでもない。アンナさんは、真面目な子です。絶対にしません」

「では、ニイナはどうですか?」

 糖子は左に視線を転じた。二組の担任の先生が言う。

「ニイナさんも、しません。そもそも、成績を上げようとする意欲が足りない。やればできる子なのですが」

「ダリヤはどうですか?」

 三組の担任の先生が答える。

「しません。少しでも不正を疑われることさえ、彼女のプライドが許さないでしょう」

「先生方、ありがとうございました。わたしも同意します。彼女達は決して不正をしません」

 校長先生、教頭先生、あなた達は、教え子のことを知らない。

「そもそも学校のテストは、授業の理解度を測るもの。教師が授業で教えた範囲から出題し、意地悪な引っかけ問題もない。授業を100%理解して、ミスがなければ正しく解答できる……それが良いテスト。満点が出るのは生徒が真面目に勉強し、教師が適切に教えて適切に問題を作り、その結果、教育が最高の成果を上げた証拠。だから教師は自分達と、生徒達をほめるべき。カンニングを疑うなんて、自分達の教育の自己否定です」

「しかし、3人が3人とも急に成績が上がるのは、解せません」

 校長先生が言った。本音を話し出した……ここからが勝負。何とか納得させないと……。

「3人は同じ塾に通っています。その成果が出たということなら、何の不思議もありません」

「そのことは聞いています。むしろそこに何か、良からぬことがないかと危惧しています」

 それでわたしを問い質そうとしたのね? これは我慢ならない。

「良からぬこととは何でしょうか? その塾で、カンニングの仕方を教えているとでもおっしゃりたいのですか?」

 校長先生も、教頭先生も黙っている。けど、その沈黙さえ、糖子には塾講師――先輩への侮辱に思える。

「先ほど説明したように、カンニングで満点は取れません。そもそもカンニングが露見せずに行われたなら、テストの実施に学校の管理ミスがあったことになります。先生方はそれを認めるのですか?」

 校長先生も教頭先生も、眉をしかめ、目が細まり、頬が上がった……苦々しい顔。けど、言葉はない……反論は、できない。

「もうご存じなのでしょうけど、その塾はわたしの家で開講されています。わたしは大家に過ぎず、塾の指導に関与はしていません。けど、講師はわたしの大学の先輩で、立派な方です。決して不正を教えるような人ではありません。

 満点は教育の成果、と、申し上げました。けど、その成果を上げたのが学校ではなく、塾の教育なのだとしたら、学校には恥なのではないですか? 先生方はそれを認めるのですか? それとも、それを認めたくないから、カンニングのせいにしたいのですか?」

 教頭先生が、校長先生に目を向けた。眉尻が下がって、消沈して見える。校長先生も、ちらっと教頭先生を見た。それから、糖子に目を戻した。

「そのようなことはありません」

 校長先生が言った。声に力はない。

「念のため、金平先生に確認したかったのです。不正の疑いがあるわけではありません。おっしゃるように、全教科満点は、先生方の教育の成果。素晴らしいことと、我々は誇りにすべきでしょう。

 むしろ、全校集会で表彰するなどして、生徒達にもそれを周知すべきでしょうか? 皆、がんばれば満点を取れる、と知れば、励みになるかもしれませんね」

 わたしを問い詰めるつもりが、今はわたしに助言を求めている?……糖子はあきれた……けど、これはまずい、とも思った。ブラフが効いてこの場は収まった……ものの、本来、校長先生の疑いは的外れではない。ことを荒立てたくはない。

「大げさなことは無用でしょう」

 平静な調子で。糖子は続ける。

「そもそも、学校教育におけるテストの趣旨から言えば、一度だけ満点を取るよりも、常に95点以上を取り続ける方が、称賛に値するはずです。それなのに、クララは表彰されたことがありません。彼女の気持ちも考えるべきです。担任の先生方から、アンナ達を個別にほめておけばよろしいのではないですか」

「それも道理ですね。わかりました。では先生方、そのようにお願いします。ありがとうございました」

 校長先生が言って、席を立った。皆、後に続く。

 糖子は校長室を後にしても、まだ胸がざわついていた。先生方を望む方向に誘導できたことに満足を感じながらも、そのこと自体に対して怒りを覚えもしたのである。

(自分達の教え子達が、世界を救うべく体を張り、そのためにその身に異常をきたしている。それなのにこの人達は何も知らず、こうも易々とわたしに丸め込まれている……)

 それはそうと、アンナ達には明らかに、ピュアメイトの副作用が出ている。しかも、十数年前のピュアメイト第一世代には見られなかった現象が……これは、先輩にも想定外のはず。一体、どうすればいいのか?


(続く)

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