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ピュアバースへようこそ!  作者: てんた
ハーメルンの笛吹き編
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第16話 楽より善きは

ハーメルンの笛吹き編 最終回

 クララは「宣戦布告」の後、じっとアンナだけを見つめていた。アンナも視線を外さない。この子は普段からそう。その両隣に並ぶニイナ、ダリヤは、とりあえず無視。

(どう見ても、アンナがリーダー。こういう時に最初に話すのはアンナ。肉弾戦の時に動く順序はわからないけど、今いきなり肉弾戦はないはず)

 アンナが話さなければ、他の2人も話さない。アンナは沈黙を恐れない。いつまでだって黙っていられる。けど、それに負けてはいけない。

(わたしは一矢放った。次はアンナの番。待ち切れずにこちらから二の矢を放つのは、完全に相手ペース)

 クララは待った。視野の端で、ニイナがちらちらアンナを見出した。焦り始めている……けど、敵将はあくまでもアンナ。

「正直に言うとね」

 アンナはようやく話し始めた。とりあえず、沈黙に耐え切ったことにクララは満足した。

「わたし、あなたのことがちょっと苦手だったの」

 クララは驚いた。そうなの? 誰にも全く物怖じしないあなたが?

「でも今日、あなたのことを理解できて、好きになった」

 え?……情に訴えて、戦いを回避する作戦?……いや、違う。この子はそういう手管は使わない。うそも絶対言わない。と、いうことは……え?

「どうして?」

 純粋に質問をしてしまった……これはペースを握られている。けどこの子は、主導権争いをしたいわけじゃない。自分が今言いたいことを、何の計算もなく言っている……多分。だから、わたしも真剣に聞かなくちゃ。

「底なし沼のことを知らせた時、あなたは面白くなかったはずなのに、ありがとうと言ってくれた。みんなを洞窟に入れるように頼んだ時も、理由を聞かずに動いてくれた」

「それは……わたしにはみんなを守る責任があるから」

「だけれど、わたしのことを信じてくれた。それが嬉しいの」

 え?……あんまり嬉しそうに見えないけど……。

「アンナちゃんはね」ニイナが口を挟む。

「本当は感情が豊かなんだ。でも、それが表に出にくいの。しかも、それを本人が気付いていないんだ」

「損な性分。でも、時にはそれで得もする……かな?」ダリヤも言った。

 そうなんだ……けど、ペースを握られっ放しではいけない。何か言い返さなくては。

「それは、あなたの日頃の言動から、あなたは決してうそを言わないし、あなたが重要視することは本当に重要なことなんだと、わたしが知っているからよ」

「ありがとう。あなたは前から、わたしを理解してくれていたのね」

 アンナが言って、ほほ笑んだ。かわいい……これはどうも、勝てない。戦えない。

「感謝される謂われはないわ。ごめんなさい。あなたは隕石が落ちた時、わたしをかばってくれた。けど、わたしは……スパイなの。あなたやニイナさんやダリヤさんの、学校での様子を観察して、大おじ様を通じてPIに伝えていたのよ」

「それは……知らなかった」

 アンナは眉をひそめて、初めて視線を外した。寂し気だった。感情があまり表に出ないはずのアンナの、ここまで外にあふれ出た内面を思って、クララは心が痛んだ。

「でもね」

 アンナは再び視線を上げ、真っすぐクララを見つめた。

「あなたはPIの意に反して、ここで音楽の素晴らしさを証明した。PIと話した限りでは、それはPIに伝わっている」

「そうなの?」

「PIは負けると去る。けれど今日は、わたし達は戦っていない。PIはあなたに負けたんだと思う」

「負けたというか、理解したんだ。あなたを通して、音楽の素晴らしさを」

 ニイナが言い直した。アンナはニイナを見て、視線を交わした。ありがとう、どういたしまして。そして2人は、ダリヤとも視線を交わす。同意するわ、ありがとう、どういたしまして。

 いい仲間……わたしも、この中に入れないかな……。

 アンナがまたクララを見つめて言う。

「わたし達は、戦う必要がない。あなたにとってPIが敵じゃないように、わたし達にとっても、PIは敵じゃないの」

 ニイナが続く。

「PIは、まだ子供なんだ。子供が悪さをしたら、叱る。その後は、一緒に楽しく遊ぶ。それがピュアメイトの役目。一緒にやろうよ」

 クララは、うん、とうなずきたかった。けど逡巡した。大おじ様、お母様……。

 ダリヤが口を開く。

「わたしの母から、あなたのお母さんの話を聞いた。格好いい、憧れの先輩だったって。あの人がいたから、わたし達は後に続けたって」

(お母様……クララは、お母様が誇りです)

 急に涙があふれた。視界が塞がれた。


 ガサガサッと音がして、視界が開けると、お母様の顔が目の前にあった。ここは、山の中、洞窟の前……ではない。自宅の自室のベッド。

「クララ、大丈夫?」

 お母様の泣きそうな顔。

「わたしを呼んだから、ゴーグルを外してしまった。問題なかった?」

 クララも泣いていた。いつも夢の中で泣く時は、実際にも涙が流れている。けどピュアバースはわたしの夢ではなく、PIの夢のはず……。

「わたし、変身したよ。ピュアメイトに」

 何よりもまず、それだけは言いたかった。お母様はクララを抱き締めた。アンナと比べると、やっぱりお母様は胸が大きいな……まず第一にそう考えた自分に、クララは少し笑った。

「いろいろ話したいけど、やっぱり疲れたみたい。眠ってもいい?」

「お疲れ様。ゆっくり寝なさい」

 その言葉を聞いたのを最後に、クララは意識が遠のいた。


 翌日、クララは学校を休んだ。ベッドに寝たまま、お母様に全てを話した。アンナ達に共感を覚えたことも、正直に伝えた。お母様は何も言わなかった。クララはお母様の沈黙にも遠慮をしなかった。わたしが変わったように、お母様の考えも変わりつつある……そう信じたかった。

 大おじ様からは何のアクションもなかった。お母様が大おじ様に報告したのかもわからない。

 更にその翌日。元気になったクララは、イヤホンをつけずに学校に行った。お母様はそれについても、何も言わなかった。

 音無先生が学校に復帰し、音楽の授業が復活していた。栗木さんからは吹奏楽部に入るよう熱心に誘われたが、笛の音が出なかった瞬間を思い出すと怖くて断った。金平糖子の論理学の授業はあっさり廃止されたが、彼女は数学の補助教師として学校に残っていた。しぶといわね、と、クララは思った。

 アンナとは何も会話を交わさなかったけど、折々に目が合った。今、何かを言いたいわけではない。けど、友好的な気持ちを伝えたかったし、視線を交わすだけでそれは伝わると思った。アンナも同じ気持ちだったのだろう……多分。

 ニイナは挨拶に来てくれて、他愛のない会話を親し気にして、栗木さんと柿本さんを驚かせた。ダリヤは一度も見かけなかったけど、よろしくとニイナに伝言を頼んでいた。

 ニイナによると、3人は同じ塾に通っているという。クララは興味を覚え、自分も行ってみたい、と思ったものの、午後にはまた疲れが出て、授業が終わるとすぐに帰った。


「せんせー。奈田せんせー。みんな揃ってますよー。早く来てくださ~い!」

 ニイナは「奥」に向かって叫んだ。「奥」にあると言う先生の居住スペースに、塾生は誰も入ったことがない。

「ちょっとニイナ、やめなさいよ」

 ダリヤが眉をひそめて言う。クールビューティー。

「お昼寝中かもしれない」

 アンナが表情を変えずに言う。真面目か。

「お昼寝中なら、起きてもらわないと。こっちは月謝も払ってるんだし」

 ニイナは言った。学校の先生と違って、塾の先生にとって教え子は、お金をいただくお客様……のはずだ。

「外に出ているんじゃない?」と、ダリヤ。ほう、「奥」にはいないと。しかし……。

「そもそも先生って、1人で外出できるのかな?」

「映画館まで来たじゃない。わたしに会いに」

「あの時は、わたしとアンナちゃんが付き添ったから」

「そっか……でも、買い物ぐらいは行くんじゃない? 車椅子も電動だし」

「そうかな? 全部お取り寄せかも。そう言えば、お風呂はどうしてるんだろ?」

「やだニイナ、そんなこと考えてるの?」

 ダリヤの顔が赤くなっている。クールじゃない……ダリヤは父親も弟もいないから、男性に慣れていない、と、アンナが言っていたっけ。

「介護施設には、車椅子のまま入れる特殊浴槽もある。でも、先生は車椅子のまま浴室まで入れれば、自力でシャワーは浴びられるんじゃないかな」

 アンナが冷静に言う。真面目だ。

「それには浴室が広くないとね」

 ダリヤも言う。クールに戻った。

「先生、お金持ちそうじゃないから、特殊な設備とかはなさそう」と、ニイナが言うと、ダリヤが答える。

「お金持ちじゃないの? この家は広いわ」

「ここって先生の持ち家?」

「借りるにしても、家賃は高そうよ」

「この塾って、わたし達3人しか生徒がいないから、収入少ないよね」

「他にも仕事があるんじゃない?」

「うーん、どうだろう。ピュアバースのことで忙しそうだし」

「そもそもわたし達も、勉強全然教わってないわよね」

「それはそうだね」……でも、それはそれでもいいかな、と、ニイナは思う。

 アンナは会話に入ってこない。上を見上げている。ニイナも口を閉じて、天井を見上げた。すると、ミシミシ、と人の歩くような音が聞こえる。

「あれって、先生?」ニイナは聞いた。

「先生は2階に上がれないはず」アンナが答えた。

「奥に、エレベーターがあるんじゃない?」ダリヤが聞く。

「それにしても、先生はあんな音は立てない」と、アンナ。確かに車椅子の立てる音ではない。

「こっそり、歩く練習をしているとか?」

 ニイナは聞いてみた。とにかく、先生だと考えないと怖い。

「そうだとしても先生は半身麻痺だから、左右の足音が違うはず」

 アンナはあくまで冷静に、ニイナの望みを打ち砕く。それだと怖さが消えないの。わかって!

「泥棒かもしれない。わたし、見て来る」

 アンナが言った。真剣な表情……何と! 止めなきゃ!

「やめて! 危ないよ!」

「現実世界ではわたし達、ピュアメイトじゃないのよ」ダリヤも言ってくれた。

 しかし、アンナは席を立って歩き出した。アンナが意を決すると、ニイナには止められない。2階に上がる階段は「奥」ではなく、土間から仕切りなしで上がれる狭い畳敷きのスペースにある。しかし、アンナがそこに上がる前に、誰かが階段を下りて来た。トントントントン……。

 現われたのは、小柄な、ショートカットの丸顔の女性。

「金平先生! どうしてここに?」

「あら、あなた達。知らなかった? ここはわたしの家なのよ」


(続く)

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