変わってしまった旦那様
結婚してから、旦那様となったジュリアン様は変わってしまわれた。
何がいけなかったんだろう。何で私たち二人はこうも変わってしまったんだろう。
私は婚約してからの記憶を辿ってみることにした。
◇
私シーナとジュリアン様は家同志の縁続きを目的として、幼い頃から婚約を結んでいた。
ジュリアン様と私は年が近いともあって、顔合わせのときからすぐに打ち解けることができた。さらに、明るい茶色の髪に綺麗な空色の瞳を持つ彼は、容姿がとても整っていた。平凡な容姿をしている私は、彼に見劣りすることがないように、化粧や服装に気を使うようになった。
彼が全寮制の学校へ通うようになってからも、頻繁に手紙のやりとりをし、互いの近況を報告しあった。
私は家で家庭教師をつけてもらっており、学校へは通っていなかったため、彼の学校での話がとても羨ましく感じた。男子制の学校であったため、浮気の心配もなかった。
在学中は長期休暇のたび、領地に戻ってきて、私に時間を作ってくれた。背丈も大きくなり、どんどん素敵になっていくジュリアン様に、家から決められた婚約者と言えど、私は恋をしていた。
そうして、彼は優秀な成績で学校を卒業し、彼の父親と同じ文官の職に就いた。そうして彼が20歳、私が18歳となったときに、私たちはめでたく結婚した。
私たちが婚約してから既に、10年以上の月日が流れていた。
◇
振り返ると、婚約期間中は、特に変わったことはなかったように思う。私のことを第一に考えてくれるような、優しいジュリアン様。
結婚してから早三年。
彼は文官の仕事がどれだけ忙しかろうが、毎日私の待つ家へと帰ってきてくれた。
私も、どれだけ彼の帰宅が夜遅かろうが、起きて彼の帰りを待った。そんな私にジュリアン様は「いつも待っててくれてありがとう」と言ってキスをする。そんな毎日を送っていた。
「シーナ、どうしたんだい?思い詰めた顔をして。」
寝室で、私の隣で寝ていたジュリアン様がこちらを見て心配そうに話かける。
「いえ、いつから旦那様、、、ジュリアン様は変わってしまわれたのか、思いを張り巡らせていたんです。」
「ええっ、変わったって、それは」
「大丈夫です。私はどんなジュリアン様でも大好きなので。けれど、いつからだったかと考えると、眠れなくなってしまって、、、」
「はあ、俺がこんな風になったのは、結婚してすぐに君が『ジュリアン様が他の同僚の女性から見向きもされなくなればいいのに』って言ったからだよ。覚えてないのか?」
「え、そんなこと言いましたっけ?」
「言ったよ。でも、シーナがそう言うなら、そろそろ鍛錬でも再開しようかな、、、」
「ま、待ってください!」そういってジュリアン様のポヨポヨの身体を抱き締める。
「私は、このぽっちゃりして大きなぬいぐるみのような抱擁力のあるジュリアン様が良いのです。前の鍛え抜かれた身体ももちろん好きでしたが、この抱き心地が無くなるなんて、もはや耐えられません!」
「シーナ、、、」
そうだった。すっかり忘れていた。あれは結婚してすぐのことだった。
◇
王城にて文官の仕事をしているジュリアン様と同じく城仕えをしている友人から、ある忠告されたことがきっかけだった。それは、ジュリアン様は若い女性から大変もてている、というもの。王城関係者の女子の間で密かに行われた人気投票で、なんとジュリアン様は結婚したい男性No.1に選ばれたらしい。
妻帯者となったにも関わらず、彼の人気は衰えず、さらには彼のファンクラブなるものまで結成されようとしているとか。
誰にでも優しい性格で、手堅い文官の職に就き、そして万人受けする整った容姿を持つ彼がモテないはずがないとは思っていた。
しかし、これまでそう言った噂は私の耳に入ってきたことが無かったため、気にも留めてなかった。
今回、この話を聞いて、私は生まれて初めて、激しい嫉妬の炎にかられた。そして、
『ジュリアン様が私以外から見向きもされなくなっちゃえばいいのに。』
と、うっかりジュリアン様に言ってしまったのだ。
今思えば、それからだろうか。ジュリアン様の食事量が増え始めたのは。
硬く筋肉質だった彼のお腹は、徐々に脂肪がつき、尖った顎は孤を描くように丸くなっていった。いつのまにか、あれよあれよと太ってしまったジュリアン様。私は彼の容姿が変わっても特に指摘することなく、これまで気に掛けることも無かった。
ちなみに、友人の話によると、ファンクラブは解散してしまったようだった。そしてジュリアン様は幸せ太りの代表格と言われ、同僚の人たちからイジられているらしい。
何故今回このようなことを思案していたかというと、話は今日の午後に遡る。物置部屋の掃除をしていたメイドが、私と彼の結婚したばかりのときの肖像画を発見し、私に見せに持ってきたのだ。
その懐かしい肖像画を見て、ジュリアン様が今と全然体型が違ってしまってることに、ようやく気付いたのであった。
◇
「確かに、結婚したてのときの肖像画と今の俺を見比べると、ギャップがあり過ぎて驚くかもな、、、」
「私はどちらのジュリアン様も好きですよ。」
「ありがとう。ううん、悩むなあ。こうやって太ることにしたおかげで、女性たちから変に絡まれることも無くなって、仕事が快適に出来るようになったんだけど。でもシーナには格好いい俺を見てて欲しいからな。」
「じゃあ、一緒にダイエットします?この大きなジュリアン様は捨てがたいですが、、、」
「いや、シーナは今のままでいて欲しいんだ。」
そう、実を隠そう、私も結婚してから、かなり肥えてしまっていた。
◇
ジュリアン様が食事量を増やされてから、何故か私の分の食事量も増えた状態で提供された。最初は食べ残していたのだけど、ジュリアン様が沢山召し上がるのを見て、気付いたら自分も沢山食べれるようになっていた。そして、徐々に身体に脂肪がつき始めたのだが、何故か誰にも自分の体型の変化を指摘されることは無く、気付けばぽっちゃり体型が自分の標準値となっていた。
今、結婚式で着たドレスは、いくらコルセットを締めたとしても着ることは出来ないだろう。
あの肖像画の二人は、もはやどこにもいなくなったしまっていた。
◇
「実は、婚約中のときから、いつも折れそうなくらいに細いシーナを心配していたんだ。ずっとシーナを健康にしてあげたいと思ってた。」
そう言いながら、ジュリアン様はふくふくした大きな手で、私のぷっくりした顔をなでる。
「徐々に肉付きが良くなっていくシーナを見て、とても嬉しかった。」
「ジュリアン様ったら、それで使用人たちに私の食事量を増やすように指示していたんですね。」
「ああ、そうだ。軽蔑した?」
「いいえ、私がジュリアン様を軽蔑するなんてことはありえません。私のことを考えてやってくれたことであれば尚更です。」
「そうか、ありがとう。大好きだよ、俺のシーナ。」
そうして、二人のぽっちゃり夫婦は、今さらながらお互いの見た目が変わってしまった理由を知った。
◇
その後二人で話し合った結果、結局二人とも痩せることは無かった。
彼らは体型まで同じの仲の良い夫婦として、周りからも羨ましがられるような結婚生活をいつまでも送ったという。
おわり
三年の間、友人や親族からも誰も何も言ってこなかったの?と自分でツッコミながら書きました。