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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
幕間:励起光子の囁きと二年の猶予 ~綾の鍛錬、晴明の探求~

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其の十四:飛翔せよ飛廉! …って、あれはカラスじゃね? の巻


「……風は北西、湿度良好、そして何よりも、天の星々の配置が、我が『飛廉ひれん』の初飛行に、これ以上ないほどの吉兆を示しておる!」

安倍晴明は、自宅の広い庭で、いつになく自信に満ちた表情で天を仰いだ。その手には、彼が心血を注いで改良を重ねてきた「星励光駆動式・紙人形型自律飛行式神・飛廉(改三)」(もはや原型を留めていないほど、様々な部品や文様が追加されている)が、誇らしげに握られている。


「雷煌鳥・零式(自爆型)」の衝撃的な(そして危険極まりない)デビュー以来、晴明は「より安全かつ安定した飛行」を目標に、飛廉の開発に全力を注いできた。

例の「星霜の霊墨・改二(悪臭風味)」で描かれた霊符はさらに複雑怪奇なものとなり、翼の形状は「空気抵抗を極限まで減らし、星励光のエネルギーを効率的に推力へと変換する」という謎理論に基づいて何度も設計変更され、そして、機体の各所には「飛行安定用の霊的バランサー(ただの小石を和紙で包んだもの)」が、絶妙な(と本人が信じている)位置に取り付けられていた。


「晴明、今日こそ本当に飛ぶのか? その紙くず……いや、飛廉殿は」

賀茂光栄は、もはや期待と諦めが半分ずつ入り混じったような表情で、晴明の様子を見守っていた。彼の隣には、「星詠み探偵団(仮)」の仲間たちが、固唾を飲んでその瞬間を待っている。

「ふっ、疑うか、光栄。今日の飛廉は、これまでの試作機とは格が違う。我が計算によれば、少なくとも一刻(約二時間)は、都の上空を自在に舞い続けるはずだ!」

晴明は、自信満々に言い放った。

(……一刻ねぇ。まあ、一瞬でも浮いたら奇跡だと思うけどな)

光栄は、心の中でそっと呟いた。


いよいよ、実験開始の時。

晴明は、目を閉じ、精神を集中させ、「星辰導きの聖杖(ただの杖)」を天に掲げ、荘厳な呪文を唱え始めた。

「……天に満ちる星励光よ、我が呼びかけに応え、大気の流れを従えよ! 地に潜む霊脈の力よ、我が元に集い、軽き翼を支えよ! そして、この形代かたしろに宿り、天空を駆ける使者となれ! いざ、飛翔せよ、飛廉・改三!!」

彼が、力強く杖を振り下ろし、飛廉をそっと空中に放った、その瞬間。


――ふわり。


飛廉は、本当に、本当に、宙に浮いた!

しかも、以前のような不安定な動きではなく、まるで意思を持っているかのように、ゆっくりと、しかし確実に高度を上げていく。

そして、風に乗るのではなく、自力で翼を羽ばたかせ(ているように見える)、晴明たちの頭上を、優雅に旋回し始めたのだ!


「お、おおおおおおおおっ!!」

晴明自身が、信じられないといった表情で、空飛ぶ飛廉を見上げている。

「と、飛んだ……! 飛んだぞ、光栄! 我が飛廉が、ついに大空を……!!」

彼の声は、感動で震えていた。

「す、すげええええ! 晴明様、やりましたな!」

「本当に式神様が飛んでる!」

仲間たちも、手を取り合って大喜びだ。


光栄もまた、目の前で起こっている光景に、言葉を失っていた。

(……ま、まさか……本当に……? いや、でも、あの動き……確かに、糸も何もついていない……。風でもない……。だとしたら、本当に晴明の術が……?)

彼の中で、長年培ってきた常識が、ガラガラと音を立てて崩れていくような感覚だった。


飛廉は、その後も数分間にわたり、晴明たちの頭上を、まるで祝福するかのように何度も旋回し続けた。その姿は、夕焼けの空を背景に、どこか神々しくさえ見えた。

「素晴らしい……! これぞ、我が追い求めてきた『陰陽の極致』……!」

晴明は、感涙にむせんでいた。


しかし。

その感動的な光景を、少し離れた場所から、一羽のカラスがじっと見つめていた。

そして、そのカラスは、何か面白いものを見つけたかのように、カァ、と一声鳴くと、一直線に飛廉に向かって飛んでいき……。


パクッ!


なんと、飛廉を器用にクチバシでくわえ、そのまま悠々と空の彼方へと飛び去ってしまったのだ!


「…………え?」

晴明、光栄、そして仲間たち一同、ポカーンと口を開けたまま、あっという間に小さくなっていくカラス(と、それに咥えられた飛廉)の姿を見送るしかなかった。


しばしの沈黙の後。

「……あ、あれは……?」

晴明が、震える声で呟いた。

「……うん、まあ、なんだ。その……カラスだな」

光栄が、何とも言えない表情で答えた。

「……カラスが……我が飛廉を……?」

「……ああ。見事に、持っていかれたな。お前の『星励光駆動式・紙人形型自律飛行式神・飛廉(改三)』、カラスにとっては、ただの『軽くて咥えやすい、巣の材料(あるいは玩具)』にしか見えなかったらしい」


「………………………………」

晴明は、その場に崩れ落ちた。

彼の数週間にわたる努力と、感動の初飛行(?)は、一羽のカラスによって、あまりにもあっけなく幕を閉じたのだった。

仲間たちは、かける言葉も見つからず、ただただ気まずそうに空を見上げている。


光栄は、そんな親友の姿に、さすがに同情を禁じ得なかったが、同時に、こみ上げてくる笑いを必死で堪えていた。

(……いや、まあ、ある意味、カラスが運んでくれたから「安定飛行」には成功した、と言えなくもないか……? いや、ないな)


結局、その日の「飛廉・改三」の飛行実験は、「カラスによる強制連行」という、何とも締まらない結末を迎えた。

しかし、晴明は決して諦めない。

「……見ていろ、光栄! 次こそは、カラスにも負けない、真の『殲滅型飛行式神』を完成させてみせるぞ! その名も、『飛廉・せん!』」

数日後、彼は早くも新たな(そしてさらに物騒な名前の)式神開発に取り掛かっていたという。


安倍晴明の、飽くなき探求心と、ちょっぴり残念な日常は、今日もまた、都の片隅で繰り広げられている。



そして、その努力が、いつか本当に「奇跡」を呼び起こす日が来るのか、それとも、ただのカラスの良いおもちゃを量産し続けるだけなのか……。

それは、まだ、神のみぞ知る、といったところだろう。

ただ、光栄の心労だけは、確実に増え続けているようだった。

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