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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
幕間:励起光子の囁きと二年の猶予 ~綾の鍛錬、晴明の探求~

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其の九:姫君の憂鬱、秘密の重さと友情の温もり


「影詠み乙女の会」の賑やかな集まりは、綾にとって、頭痛の種であると同時に、どこか心が安らぐ時間にもなりつつあった。

最初は、自分の正体がバレるのではないかとヒヤヒヤし、彼女たちの突拍子もない「影詠み様」像に眩暈を覚えるばかりだった。しかし、何度も顔を合わせ、他愛ないおしゃべりを交わすうちに、綾は、橘香子をはじめとする姫君たちの、裏表のない明るさや、純粋な優しさに触れ、少しずつではあるが、彼女たちに「友達」に近い感情を抱き始めていたのだ。


特に香子は、持ち前の人懐っこさで、積極的に綾に話しかけてきた。

「綾姫様、この間のお稽古の和歌、本当に素晴らしかったわ! まるで、月の光が言葉になったみたいで……」

「綾姫様は、どんなお花がお好き? 今度、私の家の庭に咲いた珍しいお花を持ってきてもいいかしら?」

その屈託のない笑顔と、まっすぐな好意は、常に「普通」を装い、心を閉ざしがちだった綾にとって、戸惑いと共に、温かな心地よさをもたらした。


しかし、彼女たちとの関係が深まれば深まるほど、綾の胸には、新たな悩みが芽生え始めていた。

それは、自分の「秘密」を隠し続けることへの罪悪感と、そして、本当の自分を誰にも理解してもらえないという、深い孤独感だった。


(香子ちゃんたちは、私を「藤原綾」として、そして「影詠み様」の(勝手な)イメージと重ね合わせて、慕ってくれている……。でも、もし、私の本当の姿――太古の記憶を持ち、夜な夜なシェルターでハイテク兵器を開発している五歳の姫君――を知ったら、彼女たちはどう思うだろう……?)

綾は、そんなことを考えると、胸が締め付けられるような思いがした。

きっと、今のこの穏やかな関係は、壊れてしまうに違いない。彼女たちは、自分を「化け物」か何かのように見て、恐れ、遠ざかっていくかもしれない。


ある日の「乙女の会」の集まりで、香子が楽しそうに「影詠み様の新しい噂話」を語っている時も、綾は心から笑うことができなかった。

「それでね、影詠み様は、きっと月の国の王子様と恋に落ちて、夜な夜な空を飛んで逢いに行っているんですって! ロマンチックでしょう?」

(……私、空飛べないし、そもそも月の国なんて知らないんだけど……。というか、そんな暇あったら、励起光子の制御方法の研究を進めたいわ……)

皆が楽しそうに盛り上がっている中で、綾だけが、その輪から少しだけはみ出しているような、そんな疎外感を覚えていた。


「綾姫様、どうかなさいましたの? なんだか、お顔の色が優れないようですが……」

香子が、心配そうに綾の顔を覗き込んできた。

「……いえ、何でもありませんわ、香子様。ただ、少し……考え事をしていただけですの」

綾は、いつものように穏やかな笑みを浮かべて答えたが、その胸の内は、誰にも言えない秘密の重みで押しつぶされそうだった。


(もし、この秘密を、誰か一人にでも打ち明けられたら……。そうしたら、少しは楽になれるのかもしれない……)

ふと、そんな弱気な考えが頭をよぎる。

フィラは、確かに最高の相棒だ。橘も、忠実な僕として自分を支えてくれている。

しかし、彼女たちが求めているのは、同年代の、気兼ねなく何でも話せる「友達」という存在なのかもしれない。


シェルターに戻り、綾はその日感じたモヤモヤとした気持ちを、フィラに打ち明けてみた。

「……フィラ、私、時々思うの。このまま秘密を抱え続けて、本当にいいのかなって。香子ちゃんたちに嘘をついているみたいで、すごく苦しくなることがあるのよ」

《マスター……》

フィラの声には、綾を気遣うような響きがあった。

《マスターのお気持ち、お察しいたします。しかし、マスターの秘密は、この世界の平和を守るために、そして何よりもマスターご自身をお守りするために、必要なものでございます。今はまだ、その時ではないのかもしれません》

「……分かっているわ。分かっているけど……」

綾は、膝を抱えて俯いた。


(いつか、本当に信頼できる人に、この秘密を打ち明けられる日が来るのかしら……。そして、その人は、本当の私を受け入れてくれるのかしら……?)

それは、五歳の少女にはあまりにも重すぎる問いだった。


しかし、そんな綾の心の葛藤を知ってか知らずか、翌日の「乙女の会」で、香子はいつものように明るい笑顔で綾に話しかけてきた。

「綾姫様! 昨日、お庭でとっても綺麗な四つ葉のクローバーを見つけたの! これ、綾姫様にも幸運が訪れるようにって、持ってきたのよ!」

そう言って差し出された、小さな緑の葉。

その純粋な好意に、綾の心は、ほんの少しだけ温かくなった。


(……ありがとう、香子ちゃん。今はまだ言えないけど……いつか、いつかきっと……)

綾は、心の中でそう呟きながら、香子の差し出す四つ葉のクローバーを、そっと受け取った。

秘密の重さと、友情の温もり。

その二つを胸に抱きながら、綾の心は、少しずつ、しかし確実に、成長を続けているのかもしれない。

そして、その成長こそが、やがて来るべき大きな試練に立ち向かうための、本当の「力」となるのかもしれないのだから。



嵐の前の二年間は、彼女にとって、ただ力を蓄えるだけでなく、人としての「心」を育むための、大切な時間でもあった。

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