其の八:「影詠み様」愛が爆発! 乙女の会の新作グッズ(珍品)発表会!
「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます! これより、『第三回・影詠み様を讃え、そのご功績を未来永劫語り継ぐための新作グッズお披露目会』を、開催いたしますわ!」
橘香子の高らかな宣言と共に、彼女の父である左大臣家の庭園の一角は、熱気に包まれた。
集まったのは、もちろん「影詠み乙女の会」の面々。そして、その隅っこで、綾は「また始まった……」と、遠い目をしながらお茶をすすっていた。
最近の「乙女の会」の活動は、もはや綾の想像の斜め上をいく暴走っぷりを見せており、彼女の胃痛の原因の一つとなっていた。
まず最初に発表されたのは、絵が得意な典子姫の最新作、「影詠み様、月光に舞う勇姿図屏風」だった。
それは、六曲一隻の見事な屏風で、夜空を背景に、黒衣の影詠み様が、まるで鳳凰のように優雅に舞い、手にした式符から七色の光を放っている姿が、きらびやかに描かれていた。
「まあ、素晴らしいわ、典子様! まるで、影詠み様の神々しいお姿が、目の前に浮かんでくるようですわ!」
「この光の表現、まさに『後光が差している』という言葉がぴったりですわね!」
姫君たちは、うっとりとした表情で屏風に見入っている。
(……いや、私、そんなにピカピカ光ってないし、そもそも空とか飛べないんだけど……。というか、この影詠み様、なんか羽生えてない……?)
綾は、自分のイメージがどんどん神格化(&鳥人化)されていく現実に、もはやツッコミを入れる気力も失せていた。
続いて、和歌が得意な章子姫が、自信作の長歌を朗詠し始めた。
「影詠み様の、アルビオンの黒船を退けし日のご勇姿を詠みましたの。『異国の船、黒鉄の威を誇れども、影の一閃、たちまち退く、ああ影詠みぞ、国の盾……』」
その歌は、確かに格調高く、美しい言葉で綴られていたが、内容のほとんどは、彼女の豊かな想像力によって大幅に脚色されたものだった。
「……章子様、その『影の一閃』って、具体的にどういう技なのかしら……? 私、そんな必殺技みたいなの、使った覚えがないんだけど……」
綾は、思わず小声で呟いたが、感動に打ち震える姫君たちの耳には届かなかった。
そして、いよいよ本日のメインイベント。香子による「新作グッズ」のお披露目だ。
「皆様、お待たせいたしました! わたくしが今回開発いたしましたのは……こちら! 『影詠み様とお揃い!闇夜に煌めく謎の鳥の面(子供用)』でございます!」
香子が、得意満面に掲げたのは、綾が「影詠み」として使っている鳥の面にそっくりな、しかし明らかに子供向けサイズで、しかもなぜか目の部分にキラキラ光る硝子玉がはめ込まれ、頭にはフワフワの羽根飾りがついている、何とも言えないデザインの面だった。
「まあ、可愛い!」
「これを被れば、私たちも影詠み様気分を味わえますわね!」
姫君たちは、大喜びでその面を手に取り、次々とかぶり始める。
(……いや、可愛くはないと思うし、そもそも私の面、そんなにキラキラしてないし、羽根も生えてないんだけど……! というか、これ、完全にコスプレグッズじゃないの!?)
綾は、自分のアイコンが、どんどんメルヘンチックな方向に魔改造されていくことに、もはや眩暈さえ覚えていた。
さらに、香子の暴走は止まらない。
「そして、こちらが『影詠み様応援ミニのぼり旗』! これを振って、影詠み様のご活躍を応援いたしましょう!」
「さらにさらに! こちらが『影詠み様の残り香練り香』! 影詠み様がお通りになった(かもしれない)場所に落ちていた木の葉を、わたくしが丹精込めて調合いたしましたの!」
次から次へと繰り出される、珍妙な「影詠み様グッズ」の数々。
もはや、綾の理解の範疇を完全に超えていた。
《マスター……この「影詠み様フィーバー」、もはや社会現象と言っても過言ではないかもしれません。市場調査によれば、都における「影詠み様」関連の経済効果は、先日の一件でさらに増大し……》
フィラが、シェルターから冷静な(しかしどこか楽しんでいるような)分析結果を報告してくる。
(フィラ、お願いだから黙ってて……! 私のSAN値がゴリゴリ削れていくのが分かる……!)
結局、その日の「新作グッズお披露目会」は、姫君たちの熱狂的な支持を受け、大成功(?)のうちに幕を閉じた。
そして、数日後には、都の子供たちの間で、「キラキラ鳥の面」と「ミニのぼり旗」を身に着け、「影詠み様ごっこ」をするのが大流行。さらには、一部の好事家の間では、「影詠み様の残り香練り香」が、高値で取引されるようになったとか、ならなかったとか……。
「……もう、どうにでもなーれ……」
綾は、自室の文机に突っ伏し、深いため息をついた。
自分の秘密を守るために始めた「影詠み」の活動が、まさかこんな形で都の一大ブームを巻き起こし、挙句の果てには珍妙なグッズまで生み出してしまうとは、夢にも思っていなかったのだ。
しかし、この「影詠み様フィーバー」は、綾の意図とは裏腹に、都の人々の心に、確かに明るい光を灯していた。
得体の知れない怪異への不安が広がる中で、「影詠み様」という存在は、彼らにとって、希望であり、娯楽であり、そして何よりも「自分たちの味方」なのだという安心感を与えてくれていたのかもしれない。
その事実に、綾はまだ気づいていない。
そして、この「乙女の会」のメンバーたちの、一見すると突拍子もない行動や、彼女たちが持つ「意外な才能」が、やがて綾自身を助けることになるかもしれないということも――。
嵐の前の二年。
都の日常は、今日も今日とて、ちょっぴり不思議で、ちょっぴりコミカルに、そしてちょっぴり綾の胃を痛めつけながら、過ぎていくのだった。




