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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第一章:星影の姫、密やかなる胎動

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第八話:華やかなる社交、幼き姫君たちの午後


長雨がようやく上がり、都に穏やかな秋晴れが戻ってきたある日のこと。

綾の母、藤乃は、かねてより親交のある左大臣家の奥方様から茶会に招かれていた。当然、綾も母に連れられて行くことになる。綾にとって、こうした貴族の奥方たちの集まりは、退屈な儀礼と無意味なお喋りの連続であり、できることなら避けたい行事の一つだった。


(また、着飾った人形みたいに座ってなきゃいけないのか……私の貴重な研究時間が……)

美しい絹の小袖に袖を通されながら、綾は内心で溜息をついた。しかし、母の「人とは違うところを決して見せてはなりませぬ」という言葉は、常に綾の行動を縛っている。


左大臣家の広大な庭園の一角に設けられた茶席は、秋の草花で美しく飾られ、雅な雰囲気に満ちていた。集まったのは、藤乃と同じくらいの年の奥方たちと、その娘たち。綾と同じくらいの歳の子から、七、八歳くらいまでの女の子たちが、母親の傍らで緊張した面持ちで座っていた。


「まあ、藤乃様、綾姫様もご一緒で。一段とお可愛らしくなられましたこと」

「綾も、もうすぐ四つになりますの。まだまだ幼く、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよしなに」

母親同士の挨拶が交わされる中、綾は無表情を装いながら、周囲の女の子たちを観察した。

きらびやかな衣装に身を包み、母親に言われるがままにお辞儀をする少女たち。その瞳には、好奇心や、少しの不安、そして見栄のようなものも見て取れた。

(普通の子供って、こんな感じなのかな……)

綾の脳裏には、太古の記憶にある、自由闊達に学び遊ぶ子供たちの姿が浮かび、目の前の光景とのギャップに僅かな戸惑いを覚える。


やがて、母親たちがお茶やお菓子を楽しみながら談笑を始めると、子供たちは少し離れた場所に集められ、侍女たちが見守る中、おままごとや絵合わせなどで遊ぶように促された。

綾もその輪に加わらざるを得なかったが、どう振る舞っていいのか分からず、ただ黙って隅の方に座っていた。


すると、綾より二つほど年上に見える、快活そうな少女が話しかけてきた。

「あなた、藤原の綾姫様でしょう? 私は橘の香子こうこと申しますわ。一緒に遊びましょう?」

香子は、人懐っこい笑顔で綾の手を取ろうとした。綾は一瞬身を固くしたが、ここで奇異な行動を取るわけにはいかない。

「……よろしく、香子様」

小さな声で応え、促されるままにおままごとの輪に加わる。


そこからは、綾にとって試練の時間だった。

「綾姫様は、どの役がいいかしら? お母様役? それとも赤ちゃん役?」

「この貝殻は、お料理に使うお野菜よ」

「さあ、みんなでお茶を淹れましょう!」

きゃっきゃとはしゃぐ少女たち。彼女たちの会話や行動は、綾の理解の範疇を遥かに超えていた。

(なぜ、ただの葉っぱをお金に見立てるのだろう? この人形に話しかけて何の意味が……?)

綾は、必死で周囲の子供たちの様子を真似、当たり障りのない相槌を打ち、求められるままに人形を抱いたり、木の枝で地面をかき混ぜたりした。


しかし、綾のどこかぎこちない動きや、時折見せる大人びた表情は、敏感な子供たちには何となく伝わってしまうらしい。

「綾姫様って、なんだかお人形さんみたいね」

「うん、あんまり喋らないし……でも、とっても綺麗」

そんな囁き声が聞こえてきて、綾は内心で冷や汗をかいた。

(まずい……! 「普通」じゃないって思われてる!?)


さらに困ったことに、綾の持つ不思議な落ち着きや、時折見せる的確な判断(例えば、崩れそうになった積み木を咄嗟に支えたり、絡まった紐をあっという間に解いたりすること)が、なぜか他の子供たちから妙な信頼感を生んでしまった。

「綾姫様、これ、どうすればいいかしら?」

「綾姫様がいれば、大丈夫よね!」

気づけば、綾は自分より年上の子供たちにまで頼られ、まるで小さな先生か保母さんのような立場になっていた。侍女たちも、そんな綾の様子を「まあ、綾姫様はしっかりしていらっしゃる」と微笑ましく見守っている。

母親たちも、遠巻きに子供たちの様子を眺めながら、ひそひそと囁き合っているのが聞こえてくる。

「藤原の姫様は、あんなにお小さいのに、本当に落ち着いていらっしゃるのね」

「うちの子も、少しは見習ってほしいわ……」


(違う、違うんだ! 私はただ、目立たないようにしてるだけなのに! なんでこうなるの!?)

綾は内心でパニックになりながらも、必死で平静を装い続けた。これ以上「普通じゃない」と思われたら、母にどんな顔をすればいいか分からない。

(お願いだから、早くこの時間が終わって……!)


なんとか茶会が終わり、帰りの牛車の中で、藤乃が優しく綾に語りかけた。

「綾、今日はお疲れ様でした。少し緊張していたようだけど、お友達と仲良く遊べて良かったわね」

母の言葉に、綾はただ曖昧に頷くことしかできなかった。

(仲良く……? むしろ、私の正体がバレるんじゃないかって、それどころじゃなかったんだけど……)


この日の出来事は、綾にとって大きな教訓となった。

「普通」に振る舞うことの難しさ。そして、自分の持つ知識や能力が、意図せずとも周囲に影響を与えてしまう可能性。

秘密の書庫での探求は、誰にも知られず、自分のペースで進められる。しかし、一歩外に出れば、そこには予測不可能な「他者」との関わりが待ち受けている。

(もっと……もっと巧妙に、自分を隠さないと……)

綾は、改めてそう心に誓うのだった。そして、この経験は、後に彼女が変装して活躍する際の、重要な糧となっていくのかもしれない。


一方で、綾が気づいていないことが一つあった。

それは、母親たちが綾の「落ち着き」や「聡明さ」を好意的に捉え、「うちの子もあんな風に育ってほしい」と密かに願い始めていたこと。それは、綾の意図とは全く別に、彼女の周囲の「普通」の基準を、ほんの少しだけ変え始めている兆候だったのかもしれない。

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