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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第三章 励起光子の奔流、試練の二年 ~綾と晴明、迫る刻限に備えよ~

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第十六話:都の安堵と新たな伝説、黒子たちの影詠み様フィーバー!


空の裂け目が閉じ、異形の怪異たちが姿を消してから数日。

都には、まだ緊張の余韻が残りつつも、少しずつ日常の光景が戻り始めていた。破壊された建物や道は、懸命な復旧作業が進められ、人々は互いに助け合い、この未曾有の危機を乗り越えようとしていた。


そして、都の人々の間で、新たな「伝説」が熱っぽく語られるようになっていた。

一つは、もちろん「影詠み」様の活躍だ。

「あの黒い霧の化け物が現れた時、どこからともなく黒衣の方が現れて、不思議な術で化け物を打ち払ってくださったのだ!」

「そうだそうだ! 俺も見たぜ! 手から光る札を投げつけたり、小さな紙の人形を操ったりして、あっという間に化け物を退治しちまったんだ!」

「影詠み」が怪異と戦う姿を目撃した(あるいは、そう思い込んでいる)者たちの証言は、瞬く間に都中に広まり、その英雄譚はますます神格化されていった。


そして、もう一つ。

「朱雀大路の北の方で、天を衝くような光の柱が立ったらしいぞ!」

「ああ、聞いた聞いた! なんでも、安倍のところの若い晴明様が、強力な式神を召喚して、空の裂け目そのものを封じ込めたって話だ!」

「まさか、あのようなお若い方が……。やはり、安倍の家は代々、恐るべき力をお持ちなのだな……」

安倍晴明の「思わず上手くいってしまった大活劇」もまた、尾ひれがつきまくり、彼を若き天才陰陽師として、一躍時の人へと押し上げていた。


これらの噂は、不安に怯えていた都の人々にとって、大きな希望の光となった。

「影詠み様と晴明様がいらっしゃる限り、この都は大丈夫だ!」

そんな安心感が、徐々に人々の心に広がり始めていた。


一方、この危機的状況において、人知れず大活躍していたのが、橘率いる「黒子」たちだった。

彼らは、綾(影詠み)の指示のもと、怪異が出現した直後から、都の各所で迅速かつ的確な避難誘導を行い、多くの人命を救っていた。また、怪異が去った後も、負傷者の手当てや、食料・物資の配給、そして何よりも、正確な情報(もちろん、影詠み様に都合の良いように多少脚色されたものだが)を流すことで、パニックの拡大を防ぐのに大きく貢献したのだ。


「いやー、今回の『お仕事』は、さすがに骨が折れたぜ、弥助」

秘密の地上拠点で、小吉が額の汗を拭いながら言った。

「ああ、まったくだ。だが、橘様から『影詠み様も、我らの働きを大変お喜びであった』とのお言葉を頂いた時は、疲れも吹っ飛んだがな!」

弥助もまた、満足げな表情を浮かべていた。


彼らにとって、今回の事件は、「影詠み」様の偉大さを改めて実感する機会となった。

「なあ、弥助。やっぱり影詠み様は、ただ者じゃねえよ。あの黒い霧の化け物だって、影詠み様にかかれば赤子の手をひねるようなもんだったんだろうな!」

「ああ、間違いない。それに、あの空の裂け目を閉じたっていう、安倍の若様の式神も、きっと影詠み様が裏で力を貸していたに違いねえ!」

(……いや、晴明くんのあれは、完全に偶然と謎理論の産物だと思うけど……)

その会話を、壁の向こうで聞いていた綾は、内心で苦笑した。黒子たちの「影詠み様」への信仰心は、もはや揺るぎないものとなっているようだ。


そして、その信仰心は、新たな「フィーバー」を生み出していた。

「おい、聞いたか? 今回の影詠み様の『お印』は、なんと『光る鳥』だったらしいぜ!」

「なんだと!? それはまた、霊験あらたかな……!」

「俺、さっそく『光る鳥』の刺繍が入ったお守り袋、作ってみたんだ! これで、俺も影詠み様のご加護を……!」

黒子たちの間で、新たな「影詠み様グッズ」開発競争が勃発していた。それは、もはや「影詠み乙女の会」の熱狂ぶりを凌駕する勢いだった。

中には、「影詠み様がお使いになった(かもしれない)石ころ」を高値で取引しようとする者まで現れる始末。

橘は、そんな部下たちの暴走(?)に、頭を抱えつつも、どこか微笑ましげに見守っているのだった。


(……もう、私の知らないところで、勝手に伝説が作られていくのね……。まあ、それで都の人たちが安心できるなら、いいんだけど……)

綾は、諦めの境地に至りつつあった。

自分の「なんちゃって陰陽術」が、こんなにも人々に影響を与えるとは、想像もしていなかったのだ。


しかし、この「影詠み様フィーバー」は、思わぬ効果ももたらしていた。

人々が「影詠み様が見ているかもしれない」と思うことで、略奪や暴動といった混乱時の不法行為が、明らかに抑制されていたのだ。また、「影詠み様も戦っておられるのだから、我々も頑張らなくては」と、復興作業に積極的に参加する者も増えていた。

綾の意図とは別に、「影詠み」の存在は、社会の秩序維持に貢献していたのかもしれない。


都は、まだ多くの傷跡を残しながらも、少しずつ日常を取り戻しつつあった。

そして、その陰では、黒子たちが、新たな「影詠み様グッズ」のアイデアに胸を膨らませ、夜な夜な秘密の会合を開いているとか、いないとか……。

綾の「影詠み」としての苦労は、どうやらまだまだ続きそうである。

そして、その苦労が、実は都の平和に多大なる貢献をしている(かもしれない)ことに、彼女自身はまだ気づいていない。あるいは、気づかないふりをしているのかもしれない。

なぜなら、彼女はまだ、五歳の姫君なのだから。

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