表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第三章 励起光子の奔流、試練の二年 ~綾と晴明、迫る刻限に備えよ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

77/155

第十四話:裂け目の悲鳴、都に溢れ出す異形の影


励起光子エネルギーの限定的な取り込みに成功し、亜空間シェルターのエネルギー問題に一筋の光明が見えた矢先のことだった。

都の上空、あの不吉な「空間の亀裂」が、再びそのおぞましい口を大きく開いたのだ。

しかし、今回は以前のような一瞬の出来事ではなかった。亀裂は、まるでゆっくりと傷口が広がっていくかのように、その大きさを増し、その向こう側の漆黒の闇が、都の空を不気味に覆い尽くさんとしていた。


そして、その裂け目から、何かが「落ちてきた」。

それは、明確な形を持たない、黒い粘液のような塊だったり、無数の眼球が寄り集まったような不定形の肉塊だったり、あるいは、ただただ不快な音と悪臭を放つ、霧のような存在だったりした。

共通しているのは、それらがこの世界の生き物とは到底思えない、おぞましい姿をしていること。そして、まるで飢えた獣のように、本能的に生命の気配を求めて、都のあちこちへと散らばっていったことだ。

これらは、まだ「獣牙の荒野」の知性ある魔獣たちのような、明確な意思を持つ存在ではない。いわば、異世界から零れ落ちてきた「欠片」であり、純粋な破壊衝動と捕食本能に突き動かされる、自我のない「怪異」とでも呼ぶべきものだった。


「きゃあああああっ! な、何あれ!?」

「化け物だ! 化け物が空から降ってきたぞーっ!」

「助けて! 誰か助けてくれーっ!」

都の人々は、突如として日常を侵食し始めた異形の影に、完全にパニックに陥った。

逃げ惑う者、恐怖のあまり立ちすくむ者、そして、運悪くそれらの「怪異」と遭遇し、その餌食となってしまう者……。

平和だった都の昼下がりは、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わった。


綾は、亜空間シェルターのメインスクリーンに映し出された、その惨状を、息を飲んで見つめていた。

《マスター、都の複数箇所で、高濃度の励起光子反応と共に、未確認生命体の出現を確認! その多くは、明確な知性を持たない、原始的な捕食行動を示す個体のようです!》

フィラの報告は、綾の最悪の想定が現実となったことを告げていた。


「……ついに、本格的に始まったのね。異世界からの『侵略』が……」

綾の顔には、緊張と、そして強い決意の色が浮かんでいた。

「フィラ、シェルターの全センサーを起動! 都の被害状況と、怪異の分布をリアルタイムで把握して! 橘には、前回同様、黒子たちを動員して、民の避難誘導を最優先に! ただし、絶対に無理はさせないで! 怪異との直接的な戦闘は避けるように、と厳命を!」

《了解しました、マスター!》


「そして、私は出るわ。『影詠み』として!」

綾は、黒衣を纏い、鳥の面をつけた。その手には、先日完成したばかりの「五行循環式霊力増幅装置・試作一号(改)」(エネルギー効率を多少改善し、小型化したもの)と、そこからエネルギー供給を受ける改良型の「ハイテク式符」や「カミカゼくん」が準備されている。

「目標は、人々の救助と、そして、これらの『怪異』のサンプル採取よ。正体が分からなければ、有効な対策も立てられないわ」

綾は、自分に言い聞かせるように呟いた。


転送ゲートを通り、綾はまず、最も被害の大きい朱雀大路の南門付近へと降り立った。

そこには、既に数体の「怪異」が徘徊し、逃げ遅れた人々を襲おうとしていた。

一つは、ぬるりとした黒い触手を無数に伸ばす、巨大なアメーバのような怪異。

もう一つは、鋭い爪と牙を持つ、狼に似た姿だが、その体は不気味な緑色の燐光を発している。


「させないわ!」

綾は、まずアメーバ状の怪異に向けて、「ハイテク式符」の一枚を投げつけた。式符は、怪異の体に吸い付くように貼り付き、次の瞬間、眩い光と共に高周波の振動を発する。

「ギシャアアアアッ!?」

怪異は、苦悶の声を上げ、その不定形の体を激しく震わせた。その動きが、明らかに鈍くなる。

(よし、効果ありね! この振動は、あのような流動的な体組織には効果的なはず……!)


次に、狼型の怪異に向けて、「カミカゼくん・改」を放つ。

改良されたカミカゼくんは、以前よりも格段に素早く、そして知的な動きで狼型怪異に接近し、その小さな紙の腕から、連続してプラズマ弾(もちろん、見た目は霊的な光弾)を撃ち込んだ!

「グギャアアアッ!」

狼型怪異は、予想外の反撃に怯み、後ずさる。


その隙に、綾は「まもり石くん・改」を起動させ、逃げ遅れた人々の周囲に簡易的な結界を展開し、安全な場所へと誘導する。

「大丈夫ですか!? こちらへ!」

少年の声(変声済み)で呼びかけ、人々を導く。


しかし、怪異は次から次へと、空の裂け目から降り注いでくる。

綾一人の力では、とても全てを対処しきれない。

(くっ……! きりがないわ! このままでは……!)


その時、綾の耳に、遠くから聞こえてくる、聞き覚えのある、しかしどこかいつもと違う、切羽詰まったような声が届いた。

「皆の者、怯むな! 我らが『星詠みの秘儀』をもってすれば、必ずやこの邪気を祓えるはずだ! いでよ、我が式神、天翔丸・しん!」

それは、安倍晴明の声だった。

彼もまた、この未曾有の危機に、仲間たちと共に立ち向かおうとしているらしい。

しかし、彼らが相手にしているのは、これまでの「なんちゃって怪異」とはレベルが違う、本物の「異世界の脅威」だ。果たして、彼らの「謎理論」は、この絶望的な状況に通用するのだろうか……?


都の悲鳴は、まだ止まない。



影詠みの孤独な戦いと、若き陰陽師(見習い)たちの無謀な挑戦が、今、始まろうとしていた。

世界の運命を賭けた、最初の大きな戦いの火蓋が、ついに切って落とされたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ