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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第三章 励起光子の奔流、試練の二年 ~綾と晴明、迫る刻限に備えよ~

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第八話:異次元の風穴、彼方からの囁きと「吸い込まれるモノ」


地の底深く、あるいは世界の境界が曖昧になった、名もなき空間。

そこでは、荒々しい岩肌が続き、時折、地鳴りのような低い音が響き渡る。大気は淀み、生命の気配は希薄だが、その代わりに、濃密で、どこか原始的な「力」が渦巻いていた。

ここは、「獣牙の荒野」と呼ばれる領域の一端。力こそが全てであり、弱き者は強き者の糧となる、過酷な世界。


「……おい、またかよ」

岩陰で、二つの影が身を潜めていた。一つは、熊のように太い腕を持つ、屈強な獣人のような影。もう一つは、蛇のようにしなやかで、鋭い爪を持つ、小柄な影だ。彼らは、この荒野で生きる、名もなき「狩人」だった。

彼らが見つめる先には、空間そのものが奇妙に揺らぎ、まるで傷口のように裂けた「穴」が開いていた。その穴の向こう側は、ぼんやりと霞んでいて、何があるのかは判然としない。しかし、そこからは、彼らが知るどんなものとも異なる、奇妙な「気配」が漂ってきていた。


「ああ、まただ。あの『風穴』、最近ますます大きくなってきてやがる」

熊のような影が、忌々しげに吐き捨てる。

「長老たちは、『あれは不吉の兆しだ。近づくな』って言ってるがよ……なんだか、妙に気になるんだよな。あの向こう側に、何があるのか」


「馬鹿言え。お前、この間、あの風穴に近づきすぎた『岩トカゲ』がどうなったか忘れたのか?」

蛇のような影が、嗜めるように言った。

「あのデカい岩トカゲが、風穴に吸い込まれる寸前で、急に体の力が抜けたみたいにグッタリして、そのまま……シュルシュルって、まるで魂でも抜かれたみたいに萎んでいったじゃねえか。あれ見てから、誰も近づこうとしねえよ」


そうなのだ。

この「風穴」は、ただ空間が裂けているだけではなかった。

そこからは、彼らの世界の「力」――彼らが生きるために不可欠な、荒々しい生命エネルギーのようなもの――が、まるで吸い出されていくかのような、奇妙な現象が起きていた。そして、代わりに、そこからは微弱ながらも、鋭く、そしてどこか「清浄」すぎるような、異質な「気」が漏れ出してきていた。

それは、綾が「励起光子」と名付けた、こちらの世界の法則を歪ませるエネルギー粒子だったが、彼らにとっては、ただただ不快で、自分たちの力を削ぐ、忌むべき「何か」でしかなかった。


「……確かに、あれは気味が悪かったな。まるで、俺たちの『牙』を抜かれちまうみてえな……」

熊のような影も、さすがに顔をしかめる。

「だから、長老たちも言ってるんだろ。『あの風穴は、我らの世界とは相容れぬ、異質の力が渦巻く場所だ。関われば、我らもまた、力を失い、萎んでしまうやもしれん』ってな」


「ちっ、つまらねえ。せっかく、あそこからたまに『迷い込んで』くる、弱っちい獲物がいたってのに」

熊のような影は、名残惜しそうに風穴を見つめる。

時折、この風穴から、彼らの世界には存在しない、奇妙な姿をした、そしてひどく弱々しい「何か」が、まるで吹き溜まりに集まる木の葉のように、吸い寄せられてくることがあったのだ。それらは、彼らにとっては格好の「おやつ」だった。

(おそらく、それはこちらの世界の、魔素の薄さに適応できず、さらに弱体化した小動物や、あるいは力の弱い「怪異」の残滓だったのかもしれない)


その時だった。

風穴の近くをうろついていた、手のひらほどの大きさの、羽虫のような小さな「何か」が、ふと風穴に近づきすぎた。

次の瞬間、その小さな「何か」は、まるで蜘蛛の巣に捕らえられた虫のように、抵抗する間もなく、あっという間に風穴の中へと吸い込まれていった。断末魔の叫び声を上げる暇さえなかった。


「……おっと、また一匹、お陀仏か。クワバラクワバラ」

蛇のような影が、面白そうに、しかしどこか怯えたように呟いた。

「ああいう弱っちい奴らは、あの風穴に近づくだけで、あっという間に『あっち側』に逝っちまうんだろうな。俺たちみてえな、強い『牙』を持つもんでなけりゃ、ひとたまりもねえ」

熊のような影も、どこか自分たちの強さを再確認するかのように、胸を張った。


彼らは、まだ知らない。

あの「風穴」の向こう側に広がる世界が、自分たちにとって未知の「力」と「脅威」に満ちていること。

そして、いつの日か、その「風穴」がさらに大きく広がり、彼らの世界とこちらの世界とが、否応なく繋がってしまう日が来るかもしれないということを。

今はまだ、彼らにとっては、あの風穴は「近づいてはいけない、気味の悪い場所」「たまに弱っちい獲物が落ちてくる、便利な罠」程度の認識でしかない。


「さて、こんな気味の悪い場所に長居は無用だ。もっとマシな狩り場を探しに行くぞ」

「そうだな。今日は、もっとデカい獲物を仕留めて、腹いっぱい食いたいもんだ」

二つの影は、そう言うと、風穴に背を向け、荒野の奥へと消えていった。


地の底、あるいは異次元の彼方で、獣たちは今日もまた、本能のままに生きている。

彼らの日常は、まだ、こちらの世界の住人たちのそれとは、交わることなく過ぎていく。

しかし、その境界線は、確実に、そして静かに、揺らぎ始めている。

「励起光子」の奔流は、二つの世界を繋ぐ、細く、しかし危険な糸となりつつあった。

そして、その糸が完全に結ばれる時、本当の悪夢が始まるのかもしれない。

こちら側の世界、いくつかの勢力が混在しております。それらのうち、最も粗野で力を崇拝する勢力がこのあたりを支配しておりますが・・さて。他の勢力も風穴にかかわってくるのかどうかは・・展開次第ということで。

どうなるのか、~かぐや~も知りたい。

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