第六話:星よ!雷よ!紙人形、まさかの覚醒と絶叫高笑い!
あの寂れた神社で「星励光」――綾が言うところの「励起光子」――の存在を(彼なりに)確信した安倍晴明は、それ以来、寝食も忘れるほどその力の研究と再現に没頭していた。
彼の頭の中では、あの「影詠み」が残した「印」の文様と、「星励光」のエネルギーパターン、そして陰陽五行の思想と天体の運行が、壮大な(そして支離滅裂な)交響曲を奏でていた。
「……そうか! 『印』は『星励光』の集束点を示し、我が霊力はそれを起動する『鍵』! そして、この『星詠みの霊墨』で描かれた霊符こそが、その力を増幅し、特定の『形』へと変換するのだ!」
晴明は、父の書庫で、山と積まれた和紙と格闘していた。彼は、以前よりもさらに複雑怪奇な文様を組み合わせた新たな霊符を、渾身の力(と念)を込めて書き上げていた。目指すは、もはやただの飛行ではなく、「邪を打ち砕く聖なる雷を纏いし、殲滅型飛行式神」の創造である。(ネーミングセンスも進化していた)
「問題は、この紙の人形に、いかにして『星励光』の破壊的エネルギーを安全に宿し、そして敵に向けて正確に解き放つか……だ!」
晴明は、腕を組み、唸った。これまでの「天翔丸(仮)」は、お世辞にも攻撃力など皆無だった。
彼は、まず「霊符の材質」に目をつけた。
「通常の和紙では、『星励光』の強大なエネルギーに耐えきれぬ! より霊的親和性が高く、かつエネルギー伝導率に優れた素材が必要だ!」
そうしてたどり着いたのが、「雷に打たれた古木の繊維を漉き込み、満月の夜露で清めたとされる秘伝の和紙(という触れ込みで、近所の物知り爺さんから高値で買わされた、ただのちょっと丈夫な和紙)」だった。
そして、そこに例の「星詠みの霊墨(さらに怪しげな材料が追加配合されている)」で、もはや解読不能なレベルにまで複雑化した霊符を書きなぐる。
仕上げに、鳥の形に折り上げたその紙人形の先端に、鋭く尖らせた竹ひご(「破魔の尖角」と命名)を取り付け、翼の裏には、大量の小さな鈴(「邪気払いの鎮魂鈴」と命名)をびっしりと縫い付けた。
その姿は、もはや「式神」というよりは、何かの呪いの人形か、あるいは子供の悪戯で作った奇怪なオブジェのようでもあった。
そして、ついに実験の時。
晴明は、賀茂光栄と「天狐の眼」の仲間たちを、都のはずれにある、最近「夜な夜な不気味な物音がする」と噂の古びた廃寺へと連れ出した。そこには、確かに何やら淀んだ「気」が漂っており、弱ってはいるが、間違いなく「怪異」の気配があった。
「皆の者、刮目して見よ! これが、我が魂の結晶、対妖魔殲滅式神『雷煌鳥・零式』である!」
晴明が高らかに掲げたのは、先ほどの、お世辞にも美しいとは言えない紙の鳥だった。
(……おいおい、晴明。今度は廃寺で何する気だ? その紙くず、本当に大丈夫か? なんか、鈴とかジャラジャラうるさいし……)
光栄は、もはやツッコミを入れることすら諦め、ただただ成り行きを見守るしかなかった。
廃寺の本堂の中から、確かに何かの気配がする。それは、壁のシミが蠢いたり、仏具がカタカタと勝手に揺れたりする程度の、まだ力の弱い「何か」だった。おそらく、この世界に流れ込み始めた「励起光子」の影響で、この廃寺に宿っていた古い「念」のようなものが、おぼろげながら形を取り始めたのだろう。
「……来たな、邪気よ! 我が雷煌鳥の聖なる裁きを受けるがいい!」
晴明は、目を閉じ、精神を極限まで集中させ始めた。
「天に満ちる星励光よ、我が呼びかけに応え、万鈞の雷と化せ! 地に潜む霊脈の怒りよ、我が元に集い、破魔の刃となれ! そして、この形代に宿り、邪悪なるものを塵芥へと帰せ! いでよ、雷煌鳥・零式ッ!!」
彼が、魂の叫びとも言える絶叫と共に、紙人形を廃寺の本堂へと投げつけた、その瞬間!
ズギャアアアアアアアアアアァァァァァンッッ!!!!
信じられないことが起こった。
晴明の手から放たれた紙人形は、一瞬、眩いばかりの青白い光を放ったかと思うと、次の瞬間、まるで本物の雷が落ちたかのような凄まじい轟音と共に、廃寺の本堂の入り口に激突したのだ!
衝撃で、古い木の扉は粉々に砕け散り、周囲には焦げ臭い匂いと、チリチリとした静電気のようなものが立ち込める。
そして、本堂の奥から、それまで微かに聞こえていた不気味な物音や気配が、ピタリと消え失せていた。
「…………え?」
晴明自身が、自分の投げた紙人形が引き起こした現象に、完全に呆然としていた。
仲間たちも、あまりの出来事に声も出せず、ただただ口をあんぐりと開けている。
光栄は、腰を抜かさんばかりに驚き、「お、おい、晴明……今のは……一体……?」と、震える声で尋ねるのがやっとだった。
廃寺は、静まり返っている。
先ほどの「怪異」の気配は、完全に消滅していた。
そして、晴明の投げた紙人形「雷煌鳥・零式」は……跡形もなく消し飛んでいた。おそらく、自らが放った(と思われる)エネルギーに耐えきれず、爆散してしまったのだろう。
「…………」
晴明は、しばし無言で、破壊された本堂の入り口を見つめていた。
そして、次の瞬間。
「……くっ……くくく……」
肩を震わせ始めたかと思うと、
「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
と、天を仰いで高笑いを始めたのだ!
「見たか、光栄! これぞ我が『新・陰陽道』の真髄! 我が理論は、やはり正しかったのだ! 邪を滅する聖なる雷! まさに完璧なる一撃!!」
その姿は、もはや狂気の科学者か、あるいは何かに取り憑かれた教祖のようでもあった。
「お、おい、晴明! 大丈夫か!? ちょっと落ち着け!」
光栄は、慌てて晴明に駆け寄った。仲間たちも、喜びと恐怖が入り混じったような表情で、遠巻きに晴明を見つめている。
「落ち着いてなどいられるか! これは、歴史的な瞬間なのだぞ! 我は、ついに『星励光』の力を制御し、それを『攻撃』へと転化させることに成功したのだ! これで、どんな妖魔が来ようとも恐るるに足らず!」
晴明は、完全に自分の世界に入り込んでいた。
彼はまだ知らない。
今の現象が、彼が「霊力を込めた」とされる和紙や墨、そして「破魔の尖角」である竹ひごが、偶然にも「励起光子」を一点に集束させ、瞬間的に高エネルギーを放出する「アンテナ」のような役割を果たした結果であり、その制御は全くできておらず、再現性も皆無に近いということを。
そして、その「一撃」が、廃寺の入り口を破壊しただけで、中の「怪異」を本当に滅したのかどうかさえ、定かではないということも。
しかし、この「雷煌鳥・零式(自爆型)」の一件は、安倍晴明という少年に、計り知れない自信と、そしてさらなる「中二病的探求」への情熱を与えた。
そして、その場に居合わせた仲間たちは、晴明の「神がかり的な力」を目の当たりにし、彼への信仰をますます深めることになる。
光栄だけは、(……いや、今の、どう考えてもヤバいだろ……。あれ、本当に制御できるのか……? というか、今度から晴明の実験には近づかない方がいいかもしれない……)と、一人だけ冷静に(そして恐怖に)事態を分析していた。
安倍晴明、恐るべき才能(と、それを上回るほどの勘違いと謎理論)の持ち主。
彼が、この先、どんな「ウルトラハイパー陰陽師」へと進化していくのか。そして、その力が、本当に都を救うことになるのか、それとも……。
物語は、ますますカオスな方向へと突き進み始めた。
そして、この一部始終を、遠く亜空間シェルターから観測していた綾とフィラは……。
「……フィラ、今の現象、記録した?」
《はい、マスター。詳細なエネルギーパターンと、対象A(安倍晴明)の生理的データ、及び……あの、何とも言えない高笑いを、完璧に記録いたしました》
「……そう。後で、ゆっくりと解析しましょう。……色んな意味で」
綾は、深いため息をつくしかなかった。




