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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第三章 励起光子の奔流、試練の二年 ~綾と晴明、迫る刻限に備えよ~
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第五話:残された印、星詠みの少年が見た「異質の光」


都の片隅で、安倍晴明率いる「対怪異特殊戦略部隊・天狐てんこの眼」が、珍妙ながらも真剣な「浄化活動」に勤しんでいた頃。

晴明の心の中には、一つの大きな疑問と、尽きることのない探究心が渦巻いていた。それは、あの「影詠み」が残したとされる「印」と、その術の痕跡に対するものだった。


玄幽祈祷師が逃げ出した後の寂れた神社。晴明は、仲間たちの手前、高らかに「我が結界術の勝利なり!」と宣言はしたものの、内心では、あの場所に元々施されていたであろう「影詠み」の「何か」の存在を、強く感じ取っていた。

祈祷師を追い詰めたのは、自分たちの「五行相生相剋霊的防御円陣(という名の石と塩と札)」だけではない。もっと強力で、もっと根源的な「力」が、あの空間を支配していたかのような……。


「……やはり、あの『印』だ。あれに全ての秘密が隠されているに違いない」

晴明は、再び父の書庫に籠もり、「影詠み」が現場に残したとされる「印」の写し――綾が太古のエネルギー回路図を簡略化した、あの抽象的な文様――を、食い入るように見つめていた。

それは、何度見ても、既存のどの呪符や護符の体系にも当てはまらない、異質なデザインだった。しかし、晴明の鋭敏な感覚は、その文様から、微弱ながらも、ある種の「秩序」と「力」を感じ取っていた。


(この線の流れ……この点の配置……まるで、星々の運行を地上に写し取ったかのようだ。だが、それだけではない。もっと……もっと根源的な、世界の『気』そのものを操るための『鍵』のような……)

晴明は、筆と墨を取り、その「印」を何度も何度も紙に写し、その構造を分析し始めた。

彼は、そこに陰陽五行の思想を当てはめ、易のを重ね合わせ、さらには天体の運行図と照らし合わせ……あらゆる知識を総動員して、その文様の「意味」を解き明かそうとした。


数日後、晴明は一つの仮説にたどり着いた。

(この「印」は、単なる図形ではない。これは、空間に存在する目に見えぬ『霊線れいせん』を特定し、それを結びつけ、増幅させるための『座標』を示しているのではないか? そして、その霊線を通じて、術者は自らの『霊力』を送り込み、特定の現象を引き起こす……!)

それは、もちろん綾の意図とは全く異なる解釈だったが、晴明にとっては、これ以上ないほど論理的で、かつ魅力的な結論だった。


そして、その仮説を検証するために、晴明は再びあの寂れた神社へと足を運んだ。

彼は、以前「影詠み」が「印」を残したとされる場所(実際には綾が「鬼の面」のホログラムを投影していたあたり)に立ち、目を閉じて精神を集中させた。

(もし、ここにまだ「霊線」の残滓があるのなら……私にも感じ取れるはずだ……)


深く、深く、意識を沈めていく。

周囲の音も、光も、全てが遠のいていく感覚。

そして、その静寂の中で、晴明は「見た」のだ。

それは、肉眼で見えるものではない。しかし、彼の魂の目が、確かに捉えた。

空間に、まるで蜘蛛の巣のように張り巡らされた、無数の光の糸。そして、その糸が交差するいくつかの「結び目」から、これまで感じたことのない、微細で、しかし強烈なエネルギーが、まるで呼吸をするかのように明滅しているのを。

そのエネルギーは、清浄でありながら、どこかこの世界の「気」とは異質な、まるで星の光そのものが凝縮されたかのような、鋭い輝きを放っていた。


(……これが……! これが、「影詠み」の力の源……!? なんという……純粋で、そして強大な光だ……!)

晴明は、全身に鳥肌が立つのを感じた。

それは、恐怖ではない。畏敬と、そして、未知なるものへの強烈な渇望。

彼は、この「異質の光」こそが、都で頻発する怪異の元凶である「負の気」を打ち消し、あるいは逆に、それらを引き寄せる原因にもなっているのではないかと直感した。


晴明は、この未知のエネルギーに、仮の名をつけた。

(星々からもたらされる、万物を励起する聖なる光……そうだ、これは『星励光せいれいこう』とでも呼ぶべきものだ!)

彼がそう感じた「星励光」こそ、綾が「励起光子」と名付けた、未知のエネルギー粒子の奔流だった。晴明は、その科学的な正体を知る由もないが、その本質的な「力」と「異質さ」を、陰陽師としての類稀なる才能で見抜いたのだ。


「……見つけたぞ、影詠み。お前の力の秘密の一端を……!」

晴明は、興奮に顔を紅潮させながら、その場を後にした。

彼の頭の中では、新たな「秘術」のアイデアが、次から次へと湧き上がっていた。

あの「星励光」を、どうすれば自分も感じ取り、そして操ることができるのか?

あの「印」は、そのための「鍵」となるのではないか?

そして、もしそれが可能になれば……自分もまた、「影詠み」のように、この都を覆う闇と戦えるかもしれない!


安倍晴明、若干十数歳。

彼は、綾が残した「なんちゃって」の痕跡から、偶然にも世界の真理の一端に触れ、そして、それを独自の「謎理論」で解釈し、新たな力を掴み取ろうとしていた。

それは、まさに天才と呼ぶにふさわしい直感力。

しかし、その直感が、彼をどこへ導くのかは、まだ誰にも分からない。

ただ一つ確かなことは、彼の「中二病」は、もはや誰にも止められないレベルにまで進化し始めているということだった。

そして、その進化が、やがてこの世界の運命を、大きく揺り動かすことになるのかもしれない。

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