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陰陽前夜(おんみょうぜんや) ~綾と失われた超文明~  作者: 輝夜
第三章 励起光子の奔流、試練の二年 ~綾と晴明、迫る刻限に備えよ~

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第一話:ひび割れた空、未知なるエネルギーの奔流


東寺の五重塔の鐘が不吉な音を響かせ、都の上空に現れた空間の「亀裂」。

それは、ほんの一瞬の出来事のように見えたが、その日を境に、都の空気は決定的に変わってしまった。

以前から感じられていた世界の「歪み」は、もはや隠しようもなく、人々の日常を脅かす具体的な「異常」として、その牙を剥き始めたのだ。


あれから数日。

都では、奇妙な現象がさらに頻発していた。

夜空には相変わらず不気味な赤いオーロラが揺らめき、大地は時折、まるで溜息をつくように微かに震える。井戸の水は理由もなく濁り、家畜は怯えて騒ぎ、そして何よりも、人々の心に巣食う原因不明の不安感と悪夢は、ますます深刻になっていた。

父・為時はじめ、宮中の者たちは連日対応に追われているが、そのどれもが対症療法に過ぎず、根本的な解決には至らない。


「……やはり、あの『亀裂』が全ての始まりだったのね」

亜空間シェルターの制御室で、綾はメインスクリーンに映し出された都のリアルタイム観測データを見つめながら、静かに呟いた。彼女の表情は、五歳の少女とは思えぬほど険しく、その瞳には強い警戒の色が浮かんでいる。

スクリーンには、都の各所で発生している微細なエネルギー異常の分布図が、まるで不気味なあざのように表示されていた。


《マスター、先日観測された空間の亀裂以降、都の周辺環境における未知のエネルギー粒子の流入量が、指数関数的に増大しています》

フィラが、緊張を隠せない声で報告する。

《このエネルギー粒子は、既存の物理法則では説明がつかない特異な性質を持っており、周辺の空間や物質、そして生命体に対して、予測不能な影響を与え始めている可能性が……》


「予測不能な影響……。それが、今の都で起こっている様々な怪奇現象の原因ということかしら」

綾は、唇を噛み締めた。

あの夜、綾自身も、そして安倍晴明も、確かに見たのだ。空間が裂け、その向こう側に広がる漆黒の闇と、そこにうごめく無数の赤い眼を。

あれは、決して幻ではなかった。この世界と、どこか別の「異界」とが、繋がり始めてしまったのだ。そして、その繋がりを通じて、未知のエネルギーと、おそらくは「何か」が、こちらへ流れ込んできている。


「フィラ、その未知のエネルギー粒子、詳細な分析は可能? その正体が分からなければ、対策の立てようもないわ」

《現在、全力で解析中です、マスター。しかし、その粒子は極めて不安定で、観測するそばから性質を変化させるため、同定に時間を要しております。ただ……これまでに得られたデータから推測するに、それは光子の一種に極めて近い特性を持ちながらも、通常ではありえないほどの高エネルギーを内包し、周囲の物質に強制的に『励起』状態を誘発する性質があるようです》


「光子に近い……励起状態を誘発する……」

綾は、フィラの言葉を反芻した。太古の記憶の中にも、これほど特異な性質を持つエネルギー粒子に関する記録は、すぐには見当たらない。

(もし、これが本当に光子の一種だとしたら……それは、もはや『光』というよりは、純粋な『力』そのものなのかもしれないわね……)


その時、シェルターの警報システムが、甲高い警告音を発した。

《マスター! 都の南、朱雀大路の付近で、急激なエネルギー集束を確認! これは……!》

メインスクリーンに、朱雀大路の一角を捉えた衛星映像(もちろんシェルターの技術)が映し出される。そこには、何もない空間から、突如として陽炎かげろうのようなものが立ち上り、周囲の景色がぐにゃりと歪んでいく様子が捉えられていた。

そして、その歪みの中心から、何かが「染み出して」くるのが見えた。

それは、黒い霧のような不定形の塊だったが、その塊の中から、いくつもの節くれだった「腕」のようなものが伸び、地面を掴もうとしている。


「……ついに、形を成し始めたというわけね。あの『亀裂』から漏れ出してきたものが」

綾は、ゴクリと唾を飲んだ。

それは、まだ完全な「魑魅魍魎」と呼べるほどの明確な姿は持っていなかったが、間違いなく、この世界の法則から逸脱した、異質な存在だった。


《マスター、周辺住民の避難が必要です! あの存在は、周囲の生命エネルギーを吸収して、さらに実体化を早めているようです!》

「分かっているわ! 橘に連絡を! 『黒子』たちを動員して、朱雀大路周辺の住民を安全な場所へ! そして、フィラ、あなたはあの黒い霧のエネルギーパターンを詳細に記録して! あれが、これから私たちが戦うことになる『敵』の、最初の姿かもしれないわ!」


綾の指示に、フィラと橘は即座に応答した。

地上では、橘率いる「黒子」たちが、人知れず住民たちの避難誘導を開始する。

そして、シェルターでは、綾が食い入るようにスクリーンを見つめ、フィラが未知のエネルギーの解析を続けていた。


ひび割れた空から流れ込む、未知なるエネルギーの奔流。

そして、それによって形を成し始める、異形の存在たち。

都の平和は、今まさに、音を立てて崩れ去ろうとしていた。

綾は、まだ五歳。しかし、彼女の小さな肩には、既にこの世界の運命の一端が託されようとしている。


第三章の本当の始まりは、静かに、しかし確実に、そのおぞましい幕を開けたのだった。

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