其の六:星詠みの奇跡!? 天翔丸(仮)と謎の霊力波動!
「……むう、やはり、この『霊力増幅の陣』の配置が僅かにずれているのか……? それとも、今日の月齢が『式神召喚』には不向きということなのか……?」
安倍晴明は、自宅の庭に描いた複雑怪奇な魔法陣(もちろん自作)の中心で、腕を組み、深刻な表情で唸っていた。その手には、例の鳥の人形「天翔丸(仮)」が握られている。
最近の晴明は、以前にも増して「影詠み」様の秘術の解明と、それを応用した独自の「新・陰陽道」の確立に没頭していた。彼の「星詠み探偵団(仮)」の仲間たちも、半ば呆れながらも、その常人離れした熱意と集中力には一目置かざるを得なかった。
今日のテーマは、「式神・天翔丸(仮)の完全自律飛行及び、遠隔操作による偵察能力の向上」である。
晴明の理論によれば、特定の星の配置の日に、特殊な鉱石(彼が河原で見つけてきた、ただのキラキラした石)を魔法陣の要所に配置し、術者が純粋な「霊力(という名の、気合と集中力)」を込めて呪文を唱えれば、式神は自らの意志で飛び立ち、術者の命令に従って行動するはずなのだ。
……もちろん、これまでのところ、天翔丸(仮)が自力で飛び立ったことは一度もない。大抵は、晴明がこっそり仕込んだ糸で操っているか、あるいは風に飛ばされているだけだった。
「晴明、もう日が暮れるぞ。その辺でやめておいたらどうだ? 今日も結局、ただの人形遊びじゃないか」
いつものように、様子を見に来た賀茂光栄が、呆れたように声をかけた。
「光栄か。まだだ! 今宵こそ、星々の力が我が呼びかけに応え、天翔丸が真の覚醒を遂げるはずなのだ! 見ていろ!」
晴明は、光栄の言葉など意にも介さず、再び人形に意識を集中し、何やら荘厳な(しかし意味不明な)呪文を唱え始めた。
「……古き星々の契約に従い、天空の霊気をその身に宿し、我が意のままに羽ばたけ! 目覚めよ、天翔丸ゥゥッ!!」
晴明が、渾身の力を込めて叫んだ、その瞬間。
――ピカッ!
晴明の手の中にあった鳥の人形「天翔丸(仮)」が、一瞬だけ、淡い、しかし確かに感じ取れるほどの光を放ったのだ!
そして、その瑠璃色の目(晴明が嵌め込んだガラス玉)が、まるで生きているかのように、キョロリと動いた……ように見えた。
「な……!?」
晴明自身も、そして傍らで見ていた光栄も、思わず息を飲んだ。
「い、今……光ったぞ、晴明! しかも、目が動いたような……!?」
光栄が、興奮したように叫ぶ。
「お、おお……! やはり、我が理論は正しかったのだ! 星の力は、確かに存在する! そして、天翔丸は……天翔丸は、ついに我が呼びかけに応えてくれたのだ!」
晴明は、感動のあまり声を震わせ、人形を天に掲げた。
その時、奇跡は再び起こった。
晴明の手からふわりと離れた「天翔丸(仮)」は、糸もついていないのに、まるで意思を持ったかのように、ゆっくりと宙に浮き上がり、そして、彼の頭の上をくるりと一周したのだ!
その動きは、ぎこちなく、お世辞にも優雅とは言えない。しかし、それは確かに、誰の手も借りずに、自力で飛んだように見えた。
「と、飛んだ……! 天翔丸が、本当に飛んだぞーっ!!」
晴明は、子供のように飛び上がって喜んだ。光栄もまた、目の前で起こった信じられない光景に、ただただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(……ま、まさか……本当に……? いや、でも、今の動きは……風か? それとも、何かの偶然か……?)
「天翔丸(仮)」は、数秒間だけ不安定に宙を舞った後、力尽きたようにポトリと地面に落ちた。
しかし、晴明にとっては、それで十分だった。
「見たか、光栄! これが、我が『新・陰陽道』の力だ! これで、私も『影詠み』様に一歩近づいたぞ!」
彼は、誇らしげに胸を張った。
この出来事は、晴明にとって、そして「星詠み探偵団(仮)」の仲間たちにとって、計り知れないほどの衝撃と自信を与えた。
彼らの「ごっこ遊び」は、もはやただの遊びではないのかもしれない。自分たちの信じる「理」と「力」が、本当に奇跡を起こす可能性があるのだと、彼らは確信したのだ。
そして、この「天翔丸(仮)覚醒事件」は、数年後、都に本物の魑魅魍魎が跋扈し始めた時、思わぬ形でその真価を発揮することになる。
晴明の、純粋で強大な「信じる力」と、彼が独自に編み出した(しかしどこか本質を突いている)謎理論、そして、この時に偶然か奇跡か、本当に宿ったかもしれない微弱な「霊力波動」が融合し、「天翔丸(仮)」は、本当に空を飛び、敵を翻弄し、そして時には綾(影詠み)さえも驚かせるような活躍を見せることになるのだ。
それは、綾の超科学的なアプローチとは全く異なる、この世界独自の法則に基づいた、まさに「陰陽の奇跡」と呼ぶべきものだった。
もちろん、今の晴明は、そんな未来のことなど知る由もない。
彼はただ、自分の理論が証明された(と信じている)喜びに打ち震え、さらなる「秘術」の開発に情熱を燃やすのだった。
(次は、天翔丸に『霊的ビーム』を発射させる方法を研究せねば……!)
その瞳は、もはや誰にも止められない、純粋で、そしてちょっぴり危険な輝きを放っていた。
中二病的成長は、時に、常識では考えられないような「力」を目覚めさせるのかもしれない。
そして、その「力」が、やがてこの世界の運命を、どのように揺り動かしていくのだろうか。




