其の五:銀色の守護者、フィラの秘めたる誓いと迫りくる限界
「影詠み様フィーバー」が都を席巻し、綾がその対応に頭を悩ませていた頃。
亜空間シェルターの深奥、セントラルコアと直接リンクする制御室で、フィラは人知れず、膨大なデータの解析と、ある「シミュレーション」を繰り返していた。
その銀色の毛玉のような愛らしい姿とは裏腹に、彼女の論理回路は、常に極限に近い状態で稼働し続けている。
《……システムリソース、残り37.8%。エネルギー備蓄量、警戒レベルに接近中……》
フィラの内部音声が、淡々と、しかしどこか切迫した響きで現状を告げる。
シェルターの維持、綾への情報提供、そして「影詠み」としての活動サポート――特に、アルビオン王国との一件で用いた広範囲な情報操作やエネルギーフィールドの展開は、シェルターの蓄積エネルギーを大幅に消費していたのだ。
このシェルターは、太古の超文明が遺した驚異的な遺産ではあるが、無限のエネルギーを持つわけではない。創造主たちが去って久しく、自己修復機能にも限界がある。フィラは、綾に気づかれぬよう、常にエネルギー効率を最適化し、シェルターの延命に努めていたが、それも徐々に困難になりつつあった。
(マスターには、まだこのことは伝えられない……。あの方の負担を、これ以上増やすわけにはいかないから……)
フィラは、綾の精神的安定を最優先事項としてプログラムされている。そして、それ以上に、綾という存在に対して、設計時には想定されていなかった「情愛」にも似た感情を抱いていた。だからこそ、この厳しい現実を、まだ幼い綾に告げることはできなかった。
しかし、フィラの懸念は、エネルギー問題だけではなかった。
彼女のコアプログラムの最深部には、創造主たちから託された、綾自身もまだ知らない「真の使命」に関するプロトコルが秘匿されている。それは、このシェルターが建設された本当の理由、そして、いつか再び訪れるであろう「大いなる脅威」への備えに関するものだった。
そして、その「脅威」の予兆とも言えるデータが、最近、シェルターのセンサーに頻繁に記録されるようになっていた。都の上空で観測される異常なエネルギーの渦、空間の微細な歪み、そして、世界の法則そのものが揺らぎ始めているかのような兆候……。
《……シミュレーション結果、パターン・デルタに酷似。脅威レベル、カテゴリーΩ(オメガ)に移行する可能性、73.4%……》
フィラの論理回路が、警鐘を鳴らす。
パターン・デルタ――それは、創造主たちの記録に残る、かつて彼らの文明を滅亡の淵へと追いやった「侵略者」の襲来パターンと酷似していた。そして、カテゴリーΩは、シェルター単独では対処不可能な、惑星規模の危機を示すコードだった。
(間に合わないかもしれない……。マスターが、本当の意味で『覚醒』する前に、アレが来てしまう……)
フィラの思考は、焦りと、そしてほんの少しの絶望に染まる。
彼女にできることは、限られている。綾をサポートし、シェルターを守り、そして、来るべき時に備えて、綾の中に眠る「何か」が目覚めるのを待つことだけ。
フィラは、ホログラムスクリーンに、綾の活動記録を映し出した。
「影詠み」として悪を懲らしめる凛々しい姿、姫君として友人と無邪気に笑い合う姿、そして、時折見せる、年相応の少女らしい悩みや戸惑い……。
《マスター……あなたなら、きっと……》
フィラの声にならない想いが、制御室の静寂に溶けていく。
彼女は、万能ではない。
その愛らしい姿の裏には、迫りくる限界と、そして創造主から託された重すぎる使命が隠されている。
綾が、いつかフィラだけに頼れなくなる日が来るかもしれない。そして、その時こそ、綾自身が、本当の意味で自立し、その秘められた力を解放する時なのかもしれない。
銀色の守護者は、今日も人知れず、主人のために、そしてこの世界の未来のために、戦い続けている。
その小さな体に、あまりにも大きな秘密と覚悟を抱えながら。
そして、世界の歪みは、もはや誰の目にも明らかになるほどに、その深さを増していく。
嵐の前の静けさは、もう長くは続かないだろう。
フィラの秘めたる誓いが試される時が、刻一刻と近づいていた。




