第二十三話:静かなる異変、都に忍び寄る不協和音
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かぐや。
アルビオン王国との一件が落着し、都に表面的な平穏が戻ってから数ヶ月。季節は夏を迎えようとしていたが、その陽気な日差しとは裏腹に、都の人々の間には、どこか説明のつかない不安感がじわじわと広がり始めていた。
それは、最初はほんの些細な、気にも留めないような「おかしなこと」の連続だった。
「ねえ、聞いた? 隣町の井戸の水が、ここ数日、妙に濁っているんですって。いくら汲み上げても、すぐにまた泥水みたいになっちゃうらしいわよ」
「うちの鶏も、最近どうも元気がないのよ。卵もあまり産まなくなったし、夜中にいきなり騒ぎ出すこともあるし……気味が悪いわぁ」
侍女たちの湯沸かし場での会話も、以前のような「影詠み様」の英雄譚から、こうした身近な異変の話題へと移り変わっていた。
綾は、そうした噂話に耳を傾けながら、フィラから送られてくる都の環境データを注意深く監視していた。
《マスター、都の数ヶ所で、微弱ながらも地磁気の異常な変動と、地下水の成分変化が観測されています。また、特定の周波数の低周波音波が、断続的に発生している模様です。これらが、動物たちの異常行動や、井戸水の汚染と関連している可能性が……》
「低周波音波……。人間には聞こえないけれど、動物には影響があるかもしれないわね。でも、一体何が原因なのかしら?」
綾は、コンソールに表示された複雑な波形データを見つめながら、眉をひそめた。それは、自然現象では説明がつかない、不規則で、どこか人工的な響きを伴うものだった。
父・為時もまた、政務の合間に、各地から寄せられる奇妙な報告に頭を悩ませていた。
「……東山の方では、夜な夜な森が不気味な光を発するというし、北の河原では、魚が大量に打ち上げられたという。いずれも、これといった原因は分からずじまいだ。ただの天変地異の前触れならば良いのだが……」
為時の言葉には、為政者としての重い責任感と、得体の知れない不安が滲んでいた。
そんな中、綾は「影詠み」として、いくつかの「小さな事件」の調査に乗り出していた。
例えば、ある商家で、夜中に勝手に物が動き出すというポルターガイストのような現象。調査の結果、それは家の傾きと、近くを流れる地下水脈の微細な振動が原因であることが判明した。綾は、誰にも気づかれずに家の土台を補強し、振動を吸収する特殊な素材(シェルター製)を設置することで、現象をピタリと収めてみせた。
また、ある貴族の屋敷で、夜な夜な聞こえる不気味なうめき声。これも、実は屋根裏に迷い込んだフクロウの鳴き声と、風が古い建具を軋ませる音が共鳴していただけだった。綾は、フクロウをそっと森へ逃がし、建具の隙間を埋めることで解決した。
これらの「事件」は、一見すると他愛ないものばかりだった。しかし、綾は、その背後に何か大きな「歪み」が潜んでいるような、漠然とした不安を感じずにはいられなかった。
(一つ一つは小さなことかもしれない。でも、こんなにも多くの「おかしなこと」が、同時期に、都のあちこちで起こっているのは、偶然とは思えないわ……)
一方、安倍晴明もまた、この都に漂い始めた不穏な空気を、誰よりも敏感に感じ取っていた。
彼は、星の運行や、都を流れる「気」の微妙な変化から、何かがおかしくなり始めていることを直感していた。
「……星々の輝きが、どこか濁っている。そして、気の流れが淀み、まるで重い蓋がされたかのようだ。これは、ただ事ではない……」
晴明は、父の書庫に籠もり、古い占術書や災異に関する記録を読み漁った。そして、いくつかの文献に、似たような前兆現象の記述を見つけ出し、顔色を変える。
「まさか……これは、古に伝わる『大禍の刻』の予兆……? 世界の境界が曖昧になり、異界のものが現れ出るという……」
晴明は、自分の「星詠み探偵団(仮)」の仲間たちにも、この異変について警告を発した。
「皆の者、心して聞け。近頃都で頻発している奇妙な出来事は、おそらく、もっと大きな災いの前触れだ。我々は、これまで以上に気を引き締め、都の異変を監視し、その対策を練らねばならん!」
彼の言葉に、仲間たちは真剣な表情で頷いた。彼らの「ごっこ遊び」は、いつの間にか、現実の脅威と向き合うための、真剣な探求へと変わりつつあった。
都の人々は、まだ気づいていない。
自分たちの足元で、世界の均衡が静かに崩れ始めていることを。
そして、その「歪み」が、やがて想像を絶するような恐怖となって、彼らの日常を飲み込もうとしていることを。
綾と晴明。
二人の若き天才だけが、その忍び寄る脅威の正体は掴めずとも、その確かな予兆を感じ取り、それぞれの場所で、来るべき時に備えようとしていた。
都に響き始めた不協和音は、やがて激しい嵐の前触れとなる。
その嵐の中で、彼らは何を見、何と戦うことになるのだろうか。
世界の歪みは、ゆっくりと、しかし確実に、その姿を現し始めていた。




